今や世界的なヒット作となった、ヴァシュロン・コンスタンタンの「フィフティーシックス」。2020年は、珍しいブラウン文字盤を追加した。といっても、これはただのブラウンではない。CVD法という新しい手法で色を付けられたものだ。
Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)
親しみやすくエレガント
フォーマルなようでカジュアルにも使える時計を、一時クロノスではインフォーマルウォッチと定義した。上手く表現できなかったので使うのは止めた(減らした)が、普通の時計のトレンドも、インフォーマルに向かいつつあるのは間違いない。老舗のヴァシュロン・コンスタンタンもこの傾向を無視できなかったようで、2018年のSIHH(現ウォッチズ&ワンダーズ)にて、ラウンドケースの「フィフティーシックス」を発表した。「親しみやすくエレガント」というヴァシュロン・コンスタンタンの説明は、言い得て妙だ。
大ヒット作、フィフティーシックスの新バリエーション
このモデルのデザインコードについては、『クロノス日本版』で鈴木裕之氏が詳細に書いた(以下のリンクを参照のこと)。正直、これを読めば他の説明はいらないと思うので、今さら詳しくは触れない。モチーフに昔のモデルを選び、そこに現代味を加えるアプローチを昇華させた点で、本作は実に興味深い。ラグの形状は1950年代風、インデックスは40年代にポピュラーだったバーとアラビア数字の混在。そしてケースサイドを太らせる手法は90年代風。パスティーシュのように見えるが、きちんとひとつのスタイルになっているのは、さすがに今のヴァシュロン・コンスタンタンである。本作が大ヒットを遂げたのも納得だ。
2020年、このコレクションは新しく18KPGケースに、ブラウン文字盤のモデルを追加した。ムーンフェイズカレンダー付きの「フィフティーシックス コンプリートカレンダー」と、3針の「フィフティーシックス オートマティック」である。同社のアーティスティック・ディレクターであるクリスチャン・セルモニ曰く「この文字盤は、メッキでもペイントでもなく、(乾湿メッキの一種である)CVD法(Chemical Vapor Deposition:化学的蒸着法)で仕上げた」とのこと。文字盤メーカーと共同開発した、とセルモニは語る。今回取り上げるのは、3針モデルのフィフティーシックス オートマティックだ。
新しい文字盤技法、CVDとは何?
ヴァシュロン・コンスタンタンは、オーヴァーシーズでカラフルな文字盤に挑戦し、果たして大成功を収めた。研ぎ上げたラッカー文字盤は、今やオーヴァーシーズのアイコンと言える。あえてツヤを残したのは、スポーツウォッチとしては異例だが、セルモニは「コンペティターとの違いを出したかったため」と述べた。文字盤でも個性を出す、というのは以降同社のお家芸になったようで、2019年には、フィフティーシックスにもブルー文字盤を加えた。昨年筆者はその詳細を聞かなかったが、これもCVD法で処理したものとのこと。
文字盤に色を付けるには、現在大きくふたつの方法がある。ひとつは塗装、もうひとつは湿式メッキだ。前者は鮮やかな色を得やすいし、色も安定しやすい。反面、塗膜が厚いため下地のニュアンスを残しにくい。後者は幕が薄いため下地を見せるに適しているが、色が安定しにくい。そこでいくつかのメーカーは、最近、乾式メッキの一種であるPVD法を文字盤処理に使うようになった。オメガが好例である。
ではなぜ、ヴァシュロン・コンスタンタンはCVD法を採用したのか。今やPVD法であっても、ブラウンを出すことは難しくなくなったし、熱CVD法は、PVD法に比べて処理温度が2倍以上もある。真鍮で作った文字盤のベースに施すと、変形してしまうだろう。ただし、最近導入されたプラズマCVD法であれば、理論上は温度を低く抑えられる可能性があり、真鍮製のベースに施しても変形はしない、もしくは最小限に抑えられるだろう。あくまで推測だが、ヴァシュロン・コンスタンタンが採用したのは、新しいプラズマCVD法ではないか?
さておき、この手法にはPVD法同様、いくつかのメリットがある。ひとつは膜が薄いのに、色を均一に出しやすいこと(あくまでメッキとの比較である)。またセルモニは「UVにも強い」と補足した。もっとも、その上に透明なラッカーを吹いたのは、いかにもヴァシュロン・コンスタンタンである。CVD処理の文字盤にラッカーを吹く必要はないが(PVD法を使っているオメガは省いている)、おそらくヴァシュロン・コンスタンタンは、高級時計らしいニュアンスを出したかったのだろう。今年のモデルは未見のため分からないが、昨年のブルー文字盤を見る限りは、そう考えて良さそうだ。鮮やかな発色と、高級感を、薄い膜で実現できたならば、今後ヴァシュロン・コンスタンタンは、様々なカラー文字盤を採用して行くに違いない。
搭載するのは安心の自動巻き、Cal.1326
文字盤以外の構成は、従来モデルに同じである。搭載するCal.1326は、元々の設計をジャガー・ルクルトのCal.8000系にさかのぼるムーブメントである。ダブルバレルを搭載するが、パワーリザーブを伸ばすためではなく、香箱の回転を上げて精度を高めるためのもの。その設計思想は、往年のロンジンL.990や、最近のリシャール・ミルに同じだ。またジュネーブシールこそないものの、仕上げなどはヴァシュロン・コンスタンタンの基準に従って手を入れられている。巻き上げはラチェット式の「マジッククリック」で、そもそも高かった巻き上げ効率を、ローターを22Kゴールドに改めることで、さらに改善している。高級機らしく、針合わせの感触も滑らかで、針飛びも起きない。細かい手の入れ方は、さすがにジュネーブの老舗である。
本作を手に取っていないため詳細は分からないが、ケースの仕上がりも、今のヴァシュロン・コンスタンタンらしく良好だろう。
面白いのはストラップである。今回採用したのは、ダークブラウンのカーフである。ステッチはスポーツウォッチ風の白。ステッチは太そうに見えるが、セルモニ曰く「ステッチは従来と変わらない」とのこと。過剰になりすぎない程度にカジュアルさを添えた試みとして好感が持てる。
今のヴァシュロン・コンスタンタンらしく、巧みなバランスが光る新しいフィフティーシックス。カジュアルを強調しつつも、品良く収めた手腕は見事と言うほかない。従来モデル同様良い時計であることは予想できるが、残念ながら未見である!実物が入荷次第、レポートはまとめるつもりだが、予定は未定ですw リクエストが多かったら書くかも。
https://www.webchronos.net/2020-new-watches/44763/