腕時計の顔ともいえる文字盤は、ブランドによって独自の様式があり、使われる素材や加工方法も実に多様だ。腕時計の魅力をより深く知るために、文字盤に使われる主な素材や装飾技術、さらにはその製造プロセスについても見ていこう。
文字盤に使われる主な素材
文字盤は文字板、ダイアル、フェイス、干支(エト)などと呼ばれ、時計の見栄えを大きく左右する。文字盤にはベース(地金)があり、これにメッキ加工や装飾を施して顔を作る。まずは地金や文字盤表面に使われる主な素材を見ていこう。
最も多いのは真ちゅう素材
「真ちゅう(黄銅)」は切削加工が容易で、文字盤の地板の素材として最も多く用いられる。銅と亜鉛の合金であり、混合比によってはゴールドに似た黄色を示す。
地金を露出させることは少なく、貴金属による電気メッキを施したり、異素材を重ねたりするのが一般的である。さらに装飾や研磨、植字などを施して文字盤が完成する。
貝などの天然素材
文字盤装飾に使われる天然素材のひとつに、真珠母貝の内側(真珠層)をスライスした「マザー・オブ・パール(MOP)」が挙げられる。
アコヤガイ、シロチョウガイ(白蝶貝)、クロチョウガイ(黒蝶貝)などをスライスし、地金に張り付けて文字盤表面とすることが多い。
複雑な色彩となるように地金を彩色したり、強度を保つために表面をコーティングしたりもする。天然素材ならではのユニークな光沢が魅力だ。
自動巻き(Cal.16)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SS(直径41mm)。100m防水。50万5000円(税別)。(問)LVMHウォッチ・ジュエリー ジャパン タグ・ホイヤー Tel.03-5635-7054
金などの特殊素材
ゴールドやプラチナなどの貴金属、ルビーやダイヤモンドなどの貴石も、高級腕時計では一般的な素材である。こういった高級素材は、ゴージャスな輝きや資産価値の向上のために用いられることが多い。
機能性の向上を目的として、カーボンファイバー(炭素繊維)やセラミックス(陶磁器)などを用いる時計メーカーも増えている。装飾技法によっては、エナメル(釉薬)を塗ったり金剛砂(こんごうしゃ)を吹き付けたりもする。
自動巻き(Cal.PF517)。29石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。18KRG(直径40.2mm)。30m防水。2250万円(税別)。(問)パルミジャーニ・フルリエ Tel.03-5413-5745
文字盤デザインの装飾や加工方法
文字盤のデザインに関わる加工方法には、地金を切削したり型押ししたりするものや、キャンバスに絵を描くようにして表面加工を施すものもある。代表的な文字盤の加工方法や装飾技法を見ていこう。
ブレゲ考案のギヨシェ彫り
自動巻き(Cal.502.3 DR1)。37石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約45時間。18KWG(直径39mm)。3気圧防水。466万円(税別)。(問)ブレゲ ブティック銀座 Tel.03-6254-7211
18世紀末まで「ギヨシェ彫り」は建築物や家具に用いられる装飾技法だった。これを文字盤装飾に応用したのは、スイス出身でフランスにおいて活躍した天才時計師アブラアン-ルイ・ブレゲである。
ギヨシェ彫りは手動旋盤によって精緻で規則的なパターン装飾を行う技法で、文字盤を見やすくするのみならず審美性を高める効果もある。主なモチーフは鋲打ちのようなクル・ド・パリ、波模様のヴァーグ、放射状に広がるソレイユなどだ。
ゴールドプレートにギヨシェ彫りを施し、シルバーメッキで仕上げるのが伝統的な技法であり、近年ではマザー・オブ・パールにギヨシェ彫りを施す例もある。
難易度の高いエナメル加工
自動巻き(Cal.581)。33石。2万8800振動/時。パワーリザーブ80約時間。Pt(直径41mm)。3気圧防水。1752万円(税別)。(問)ブレゲ ブティック銀座 Tel.03-6254-7211
「七宝」とも呼ばれるエナメル加工は、金属板に釉薬を乗せ、800℃以上の温度で焼成していく技法である。紀元前からの長い歴史の中で加工技術は多様化しており、文字盤装飾ではなお進歩を続けている。
「クロワゾネ七宝」では金線により描画面を区分けし、「シャンルベ七宝」では金属板を彫り込み、釉薬を流し込んで焼成する。
また、「グラン・フー・エナメル」は1000℃以上で焼成するため、より美しい光沢を楽しめるのが特報。複数回の焼成でガラス質が割れないよう調整し、均一な色味を表現するには高度な技術が必要となる。
エンボス加工やコンセントリック加工
エンボス加工は、プレス機などの型押しによって文字盤表面に凹凸を生み出す装飾。文字盤全体に均一なエンボス加工を施しているものは、ブロックパターンあるいはタペストリーとも呼ぶ。
コンセントリック加工は、レコードのように同心円上の溝やヘアラインを刻む手法だ。いずれも表面上はギヨシェ彫りに似た印象を持つが、加工方法が異なる。
自動巻き(Cal.3120)。40石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約60時間。SS(直径42mm)。300m防水。210万円(税別)。(問)オーデマ ピゲ ジャパン Tel.03-6830-0000
文字盤の製造工程
文字盤の製造過程はブランドはもちろん、モデルによっても異なる。ここではサブダイアルや窓表示、アプライドインデックスを採用した文字盤製造の一例を見ていこう。
加工から研磨
サブダイアルのあるモデルの場合、まず地金に何十トンという圧力をかける特殊工具により凹みを設ける。
続いて加熱と冷却を繰り返して特性の最適化を行った後、文字盤直径に打ち抜く。窓表示がある場合は、この段階で同時に窓部分を打ち抜いておく。
バリ取りや研磨を施して規定の厚みに整えたら、ギヨシェ彫りなどの装飾に入る。その後、切削や研磨を終えれば、文字盤の下地は完成だ。
転写と彩色
文字盤の下地が完成した後に彩色を行うが、多くの場合は文字盤を電解槽に浸して電気メッキを施す。こうして文字盤はニッケルイオンやゴールドイオンで覆われるが、色味の調整には熟練の技が必要だ。
彩色された文字盤には、透明のラッカー塗装を施すなどして酸化防止処理を行う。続いてシリコンラバー製の伸縮性パッドを押し付け、ロゴやサブダイアルの数字などを転写する。
ザポナージュ(透明カラーによる表面保護)とデカルク(転写)が完了した文字盤には、最後にインデックスを固定。モデルによっては夜光塗料を塗布して、文字盤は完成する。
文字盤を知ると見方も変わる
文字盤は腕時計の「顔」であり、その装飾や仕上げにはブランドの独自性が表現される。
直径40mm程度の小さな文字盤を美しく仕上げるには、加工、研磨、彩色、転写といったすべての工程で、職人たちの卓越した技術が必要なのだ。
文字盤がいかにして作られているのかを意識して、腕時計の魅力をより深く知ろう。
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