これまで多くの名作映画に腕時計が登場し、私たち時計ファンを魅了してきた。その数は実に多い。今回は、スクリーンで小道具以上の重要な役割を担ってきた特筆すべき時計を紹介しよう。
Text by Roger Ruegger
『パルプ・フィクション』(1994年)
「この時計は君が生まれたときから持っている権利だ。だからお父さんは自分が隠せるところにこれを隠したんだ」
出演俳優のジョン・トラボルタやサミュエル・L・ジャクソン、ユマ・サーマンらをアカデミー賞にノミネートさせたクエンティン・タランティーノ監督による傑作。映画では、プロボクサーであるブッチ・クーリッジ(ブルース・ウィリス)が曽祖父から受け継いだ、一家伝来の金時計が重要なシーンで登場する。その時計はランセット製の腕時計で、クリストファー・ウォーケン演じるクーンツ大尉のセリフによると、ブッチの曽祖父オリオン・クーリッジが19世紀末から20世紀初めにかけて米テネシー州ノックスビルの雑貨屋で購入し、第1次世界大戦従軍時に着用したものである。その後、息子のダンに渡り、第2次世界大戦へと参加。ウェーク島の戦いでダンは生還できる見込みがないと考え、空軍の射手ウィノキに時計を託し、妻と息子(ブッチの父)に渡してくれるよう頼む。ブッチの父はベトナム戦争中ハノイで銃弾に倒れ、捕虜収容所に抑留されるが時計をまだ持っていた。彼がベトコンから時計を隠し通すために思いついた方法は、尻の穴にそれを入れることだった。5年後、その死の床で父親は時計を戦友クーンツ大尉に預け、クーンツも同様にそれを安全に隠し通し、息子であるブッチに手渡したのである。
『インターステラー』(2014年)
「見て、彼だったのよ。ずっと」
クリストファー・ノーラン監督によるSF超大作は、主演ジョセフ・クーパー(マシュー・マコノヒー)が所有していたハミルトンの時計なしでは同じような出来栄えにならなかったであろう。時計業界のマーケティング史においても、かつてないほどのヒット商品として名を残した。地球(と銀河)を宇宙船エンデュランス号に乗って離れる直前、クーパーは10歳の娘マーフに帰還時までに費やした時間を比べられるよう、形見として時計を残す。その後クーパーは巨大な5次元空間「テサラクト」の中から、ブラックホールの特異点のデータを時計の秒針を操作することでモールス信号として娘に送り届け、人類の脱出と生き残りへとつなげた。父クーパーの着用モデルは「カーキ アビエーション」で、クーパーが娘マーフに渡した時計は「カーキ フィールド」。後者は映画ファンから「マーフウォッチ」と呼ばれ、2019年にハミルトンより発売された。
『アポロ13』(1995年)
「ヒューストン、問題が起きた」
1970年に打ち上げられた宇宙船・アポロ13号で発生した爆発事故の真実と、3人の乗組員の奇跡の帰還を映画化したロン・ハワード監督による『アポロ13』も、例に漏れずオメガのスピードマスターが登場する宇宙映画である。ケヴィン・ベーコン演じるジョン・レオナード・“ジャック”・スワイガード・ジュニアが、地球生還のカギとなる14秒を測るためにクロノグラフが使われ、これは確実にスピードマスターが担った最も重要な役割となった。
『ジョーズ』(1975年)
「もっと大きな船が必要だ!」
スティーブン・スビルバーグのクラシックなサメの映画において、リチャード・ドレイファス演じる若い海洋学者マット・フーパーの着用していたダイバーズウォッチが何かというのは、時計オタクたちにとって長年頭の痛いミステリーであった。しかしそれは、映画で活躍したスタントマンやスタント・コーディネーターらの証言により2010年にようやく突き止められる。アルスタ(Alsta)製の腕時計だったのだ。アルスタはクォーツショックの影響により1970年代後半から姿を消していたが、2014年に復活した時計ブランドである。
『007 ゴールデンアイ』(1995年)
「では007、これらの装備を無傷で戻すよう努力してくれたまえ」
『007』シリーズ第17作、MI6諜報部員のジェームズ・ボンド役としてピアース・ブロスナンが初主演した映画では、時計業界における商品露出の意味合いが新しいレベルへと引き上げられた。公開当時は人々がスウォッチの時計に熱狂していた頃である。オメガは最高のマーケティング手法の離れ業を見せ、(もともとロレックスを着用していた)ボンドに、レーザーやリモート起爆装置を備えたシーマスターを着用させることに成功したのである。作中でこの時計が何度もストーリーに深く関与するだけでなく、オメガの販売本数を大きく跳ね上げると同時に、新たな世代を顧客層として招き入れることに成功したのである。