2020年4月14日。バーゼルワールド事務局の親会社であるMCHグループは「大きな驚きを持って」ロレックス、パテック フィリップ、シャネル、チューダー、ショパールからのバーゼルワールド離脱表明を受け取った。似たようなことは、2年前の2018年7月30日にもあった。当時のCEOルネ・カムは、スウォッチ グループからの出展取りやめの意向を受けて「新しいチームと革新的なアイデアをもって取り組む矢先だったゆえ、驚きを隠せない」とコメントした。
今改めてこれまでの流れを振り返り、スイスにおける時計展示会の未来を考察したい。
Text by Roger Ruegger
主要な時計ブランド5社からのバーゼルワールド離脱表明を受けた4月14日、MCHグループは次のように発表した。「我々はこれらのブランドの出展中止は既に一定期間検討されてきたものであると結論付けている。2020年のバーゼルワールド中止に伴う出展料返還など財政的なことは検討せねばならない」。
MCHグループの反応は、ふたつの理由で注目に値した。
・ひとつは、スイスのようなコンセンサス型の社会において、時計メーカー側が今回のような対決姿勢を見せたことだ。このようなことは滅多に起こらない。スイスは歴史ある民主主義の国であり、特別な論拠もなしに橋を焼き払うような真似は好まない国家だからだ。
・もうひとつは、MCHグループがこの展開を想定し、対策を練ってこなかったことである。今回のケースでは「驚き」という要素がまるで、スイス政府から新型コロナウイルス感染拡大対策のために大規模集会が禁止された(2020年2月28日)ことと同じように取り扱われ、結果として1917年からの歴史のなかで初めて展示会を延期するという事態につながった。
出展中止を表明したうち、バーゼルワールドで長年にわたり大きな存在感を示した時計メーカーからも、次のような公式見解が出された。ロレックスのCEOであり、チューダーの役員でもあるジャン=フレデリック・デュフールは、ロレックスが1939年以来バーゼルワールドに出展してきたことを前置きしながら「私たちのバーゼルワールドへの愛着は並々ならものがあるが、近年のMCHグループによる決定の数々を鑑み、残念ながら撤退を決意することとした」と延べている。パテック フィリップ社長のティエリー・スターンにおいては「現在、パテック フィリップとバーゼルワールドのビジョンには分かち合うものがない。多くの議論がなされたが、問題は解決せず、信頼関係は失われた」と語った。
バーゼルワールドへの打撃は4月17日に続いた。タグ・ホイヤー、ウブロ、ゼニス、ブルガリの親会社であるLVMHグループが、やはり撤退の意思を見せたのだ。これはMCHグループの運営役員たちに「バーゼルワールドの継続および投資決定を数週間のうちに行う」決意をさせた。
これにより、バーゼルは103年の歴史を持つ来場者数8万人規模の大きな展示会を失うこととなった。そして同時に、ロレックス、パテック フィリップ、シャネル、チューダー、ショパールは、時計製造の中心地であるジュネーブへ時計見本市の開催地を移すこととなった。2021年4月初旬に、ジュネーブのパレクスポでFHH(高級時計財団)主催の「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ(旧SIHH)」と連携して行う予定である。パレクスポは旧SIHHのほかに、EPHJ(精密機械・金属加工見本市)、ジュネーブモーターショーなどの開催地として知られた場所である。
FHHは同時に、新しいオンラインプラットフォームを2020年4月24日に発表した。ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ公式HP上(https://www.watchesandwonders.com)において、30ブランドの2020年新作発表を行ったのである。皮肉にもMCHグループは、10年以上をかけて同様のデジタルプラットフォームを構築してきており、2020年のバーゼルワールドでさらなる発展を目指して多額の予算をかけることを決定したばかりでもあった。
端的に言うと、バーゼルワールドに残された選択肢はあまりない。
・利益をどのように生み出していくかはMCHグループにとって試練になるだろう。バーゼルを拠点とする比較的小規模な(そしてコスト高ではない)ジュエリーやラグジュアリーに特化した展示会には活路があるだろう。デジタルプラットフォームはおそらくうまくいくと思うが、バーゼルワールドをブランドとして表に出す方法ではないと思う。
・バーゼルワールドがスイス国外で別の展示会を開催することは難しいだろう。エンドユーザーが参加する「WatchTime New York」や、地域特化型の「ドバイ ウォッチ ウィーク」のようなイベントが近年台頭してきている。またウォッチズ&ワンダーズ マイアミ(または香港)といった存在もある。
・自社イベントを頻繁に行ってきたブライトリングや、2019年より「タイム・トゥ・ムーブ」をスタートさせたスウォッチ グループの6ブランド(ハリー・ウィンストン、ブレゲ、ブランパン、ジャケ・ドロー、グラスヒュッテ・オリジナル、オメガ)は、すでに独自のフォーマットを築き上げてきた。ジュネーブとスイスの他の地域の競合性から、スウォッチ グループがジュネーブ・パレクスポの展示会に合流するとは考えにくい(と同時にバーゼルワールドに復帰もしないであろう)。だが小規模な独立系ブランドは、公式・非公式に関わらず2021年開催の世界規模の展示会からの恩恵を受けようと試みるだろう。最大の疑問は新しい展示会がスイスブランドではないセイコーやシチズン、カシオなどに対してどれほどオープンなのか、そしてこの偏重をどのように解消するかである。
・LVMHグループの4ブランド(タグ・ホイヤー、ウブロ、ゼニス、ブルガリ)は、2021年に「LVMH ウォッチ ウィーク ドバイ」もしくはジュネーブでの開催を視野に入れている(2020年は「ジュネーブ ウォッチ デイズ」を8月26日から29日にかけて開催予定である)。
高級時計業界には、時計製造を促進する強力なグローバルプラットフォームがかつてないほど必要になっている。スイス時計協会(FH)の提供する数字がそれを物語っている。「2020年3月におけるスイス時計の輸出額は前年同月比で21.9%、約14億スイスフランのマイナスとなっている。4月も悪化が予想される。額面よりも減少幅が大きいのが輸出本数だ。特にステンレススティール製腕時計においては約半分まで落ち込み、約70万本減少の、月間90万本となった」。
バーゼルワールドが数年のうちで残念ながら独自の位置を守るチャンスを逃した一方、FHHなどのより精力的な機関が新たなアイデアを実現してきた。この新しい状況が時計業界の多様なプレーヤーを束ねるのに十分開かれているかどうかは注視に値する。より多くの人々がスイス第2の人口を誇る都市ジュネーブを訪れるようになり、そこがバーゼルより広い門戸を開くものであると期待したい(ジュネーブのモーターショーが、すでに約60万もの来場者を集客しているのをみると、物流的な問題はないと思える)。
https://www.webchronos.net/features/45571/