時計の性能を示す項目の中には、「石数」と記載されている部分がある。選ぶ際に重要視されにくい項目だが、意味が分かると時計選びがより楽しくなるだろう。時計のムーブメントに石が必要な理由や、石数が示す意味を解説する。
機械式時計の石数とは
ムーブメントに使用されている石は、どのような役割を果たしているのだろうか。設置されている部分や素材について解説する。
軸受けのために使われる穴石
機械式ムーブメントは、ガンギ車など回転する歯車に軸を通し、「地板」と「受け」で上と下から挟み込む構造となっている。
歯車が回転する際、軸は地板と受けに接しながら、回転・往復運動を繰り返す。接している部分に摩擦が起こると磨耗し、動作に不具合が発生しかねない。
そこで、正確な軸の動きを長く保つために、地板と受けの両方に、軸と接する部分へ軸受けとなる「穴石」を設置している。
軸以外に、アンクルの爪など磨耗しやすい部分にも、石を使用するケースが多い。
現在は人工ルビーが多い
機械式時計の軸受けには、古くからルビーやサファイアが素材として選ばれていた。それぞれ、ダイヤモンドに次ぐモース硬度を誇り、しかも、靭性(じんせい、材質の粘り強さや外からの圧力への壊れにくさを示す)ではダイヤモンドを上回り熱にも強い特性もある。
19世紀半ばに人工宝石の生成に成功してからは、ルビーやサファイアも人工石が作られるようになった。本格的な普及は19世紀の後半からだ。
現在、ほとんどの機械式ムーブメントと一部のクォーツムーブメントには、軸受けとして人工ルビーが使われている。最近は樹脂ベースの石もあるが、基本は人工ルビーだ。
石数の表す意味
ムーブメントの耐久力を増すために備えられている石は、ムーブメントごとに数が異なっている。どのような意味があるのかを知り、選ぶ際の参考にしよう。
価格で増える
時計のカタログなどに記載されている石数を見ると分かるように、時計によって石数には大きな差がある。
一般的に、高級時計に使用されている石数は、価格が高いものほど、そして製作された年代が新しくなるほど増える傾向にある。
1970年代まで、アメリカは17石を超える時計に高い輸入関税をかけていた。そのため18石以上の時計は高額品に限られた。しかし、アメリカに輸出をしなかった時計には、17石を超える時計が多い。日本のグランドセイコーは、1960年のファーストモデルでも25石だった。またオメガなどを例に上げると、アメリカ向けには17石、ヨーロッパ向けには25石など、石数を分けている場合もある。
石数の確認方法
時計ごとの石数は、カタログやWebサイトに記載されている性能の項目のうち、「石数」や「JEWELS」などと書かれた部分を見ることで確認できる。
例えば、「17石」や「石数:17」と記載されていれば、その時計のムーブメントには、17個の石が使われていることになる。
ムーブメント本体に書かれている場合があることも覚えておこう。下の画像のように受けの外側部分などに、「(54)JEWELS」のように刻印されている。
多ければ良いわけではない
ムーブメントに使用されている石は、数が多いほど耐久力が増すようなイメージを持たれやすい。
しかし、高級時計に搭載されているムーブメントには、シンプルな手巻き式や自動巻きで17個以上の石があれば、十分に役割を果たすとされている。
これまで解説してきたように、軸の回転による地板と受けの磨耗を減らすことが、石の持つ本来の役割だ。機能が増えれば石数は増える。そのため複雑機構を載せた時計であれば、100個の石を備えたモデルも存在する。
一般的には、複雑な時計ほど石数が多いと言える。石数は、時計の複雑さを判断するため参考になる。
回転式のディスクで時間を示すムーブメント。極めて複雑なため、石数は100石を超えている。手巻き。124石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約68時間。
石数とムーブメントの歴史
高級時計に使われる石数は、時代の流れとともに増えている。どのような変遷をたどってきたのか、石数の歴史を見てみよう。
初期は7石が主流だった
機械式時計の耐久性を高いレベルで保つためには、時計の心臓部であるテンプ、アンクル・ガンギ車の耐摩耗性を高めることが重要である。
良質な機械式時計に搭載されるムーブメントの場合、テンプ・アンクル・ガンギ車それぞれに最低限必要な石数の合計は7個だ。
しかし、人工ルビーが安価に買えるようになったため、1930年頃の中級機であれば15石以上の石数を持つようになった。
1930年代以降のアンティーク時計を見る場合、使われている数が15石であれば、中級機以上であると判断できる。
15から19へ増えていく
1940年代になると、17石のムーブメントが増えている。17石は、15石の質を1段階高めた石数だ。一般的には、中心にある2番車の上下に石を加えるのが定石だ。当時、スイスの高級時計に多く見られた石数だ。
15石までは、石を使用する箇所がどの時計でも決まっていた。しかし、15石以上になると、追加する石の配置は多少変わってくる。IWCの17石ムーブメントを例に取ると、2番車の地板側には石がなく、その代わりにガンギ車の軸に石が追加されている。
21石以上はメーカーのこだわり
オーデマ ピゲが2020年に発表した自動巻きクロノグラフムーブメント。機能が多いため、石数は40もある。写真が示すように自動巻きやクロノグラフの軸にも石が使われている。自動巻き(Cal.4409)。40石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。
さらに時代が進み、高級時計の贅を競い合うようになると、機能的に必要のない石を備えたムーブメントが登場し始めた。
先述したとおり、シンプルな3針モデルの場合、実質的に意味のある石数は、17個から21個程度までとされている。
1965年に発表された「オリエント・グランプリ100」は、国産時計史上最多の100石を誇る時計として話題を集めたモデルだ。しかし、多くの石は装飾として施されたものだ。同様の時計には、ウォルサムなどがある。こういった時計は、コレクターズアイテムとしての魅力はあるが、実用品として意味があるわけではない。
石数を理解すると見方が変わる
ムーブメントに使用される穴石は、地板と受けの磨耗を抑えるために、軸受けと油留まりして施されている。
石数には意味があり、最低限必要な数は7石、最大でも21石程度あれば十分と言われている。複雑時計ならばさらに石数を増やすことにも意味があるが、3針時計であれば、21石あれば十分だろう。なお時計業界の標準とされる自動巻きのETA2892A2は21石、2824-2は25石だ。
高級時計を選ぶ際は、石数にも注目してみよう。ムーブメントのグレードを確認できるだけでなく、石をどこに加えているかを見ると、各メーカーのこだわりも楽しめる。
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