信条は"ふつうの時計屋"、宇都宮「時計・宝飾 カマシマ」釜島光顕氏に原点になった時計と上がり時計を聞く

安堂ミキオ:イラスト
2020年6月19日掲載記事

時計の賢人たちの原点となった最初の時計、そして彼らが最後に手に入れたいと願う時計、いわゆる「上がり時計」とは一体何だろうか?
本連載では、時計業界におけるキーパーソンに取材を行い、その答えから彼らの時計人生や哲学を垣間見ていこうというものである。

今回話を聞いたのは、栃木県宇都宮市にある「時計・宝飾 カマシマ」の釜島光顕氏だ。釜島氏が挙げた原点時計はシチズン、「上がり時計」はヴァシュロン・コンスタンタンのドレスウォッチである。その言葉を聞いてみよう。

今回取材した時計の賢人

釜島光顕

釜島 光顕 氏
時計・宝飾 カマシマ/取締役社長

1909年(明治42年)に栃木県宇都宮市で創業した「時計・宝飾 カマシマ」の3代目。同店の創業時の店名は釜嶋時計鋪。釜島氏は大学卒業後に東京の時計店で修業し、1981年に宇都宮へ戻りマネージャーに就任。機械式時計の再ブーム到来に合わせて、機械式時計になじみのない若者向けに「世界の腕時計展」を開催するなど独自の企画を実施してきた。2013年より現職。

「時計・宝飾 カマシマ」公式サイト https://kamashima.com


原点時計はシチズン「デジアナ」

Q. 最初に手にした腕時計について教えてください。

A. 思い入れがある最初の腕時計は、シチズンの「デジアナ」です。大学4年生のころ店を継ぐ決意をしたときに、父が譲ってくれました。当時はクォーツウォッチが出始めた初期の時代。私は時計・宝飾 カマシマに入る前に、東京・上野にあった野村時計店という老舗の大きな時計店へ3年間修業に行くことが決まっており、販売員として表に立つ人間は、お客様が欲しくなるような最新の腕時計をしているべきだということから父はこの時計を渡してくれました。大学で精密工学を専攻していた私にも、「デジアナ」の未来的で斬新なデザインは非常に好みでしたね。もちろんこれ以外にも多くの最新機を身に着けてきましたが、この1本は特別です。電池を外して、今も引き出しに保管しています。

釜島光顕

国産初のアナログとデジタルを組み合わせたクォーツ式腕時計。「デジアナ」の名称がその後他社のコンビネーション時計でも多く使われたのは、それだけ当時この製品が広く知られ、呼び方が定着したため。1/100秒計測と60分積算計のクロノグラフ機能を備える。クォーツ(Cal.8900)。月差±15秒。発売時の価格は2万5000円〜3万5000円。1978年発売。


「上がり」時計はヴァシュロン・コンスタンタンのドレスウォッチ

Q.いつしか手にしたいと願う憧れの時計、いわゆる「上がり時計」について教えてください。

A. (店の保管棚から1本を取り出し)今ここにある、ヴァシュロン・コンスタンタンの腕時計です。薄型でドレッシーな作りと、ヴァシュロン・コンスタンタンの1940年代から60年代のモデルに多く見られた「ティアドロップ」型のラグの組み合わせが良いですよね。こんな話をすると湿っぽくなってしまうかもしれませんが、実はこれは父が自分の「上がり」時計用として、後に私へ譲るために自費で購入したものです。でもあいにく、父は自分でこれを着ける前に他界してしまいました。父の気持ちを思うと、私が簡単に着けるわけにはいきません。でも、いつか自分で自分のことを認められる日がきたら着けさせてもらおうかなと思っています。

発表当時、世界最薄を誇った厚さわずか1.64mmのキャリバー1003を搭載するヴァシュロン・コンスタンタンの薄型ドレスウォッチ。1989年に発表され、主に1990年と1994年に生産された。Ref.33084/000P。手巻き(Cal.1003)。18石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約31時間。プラチナケース(直径31mm、厚さ4.54mm)。3気圧防水。生産終了。


あとがき

「時計・宝飾 カマシマ」の店舗に入ると、なつかしさで気持ちが落ち着く陳列や照明。店の中心には、初代の営業実績への謝礼としてメーカーから贈られたという大きなホールクロックが振り子を揺らしている。先代からの店の雰囲気を残す3代目店主の釜島光顕氏の信条は「ふつうの時計屋」を貫くことだ。「ブランド指定の什器を入れると、店の個性が無くなるようで、ひいては歴史を失うようだ」と釜島氏は言う。そんな同店はこれまでオリジナリティーある企画を行い話題を呼んできた。例えば機械式時計の再ブーム到来に合わせて、機械式時計になじみのない若者などにもその魅力に触れてもらおうと1992~2007年の6月に行ってきた「世界の腕時計展」だ。この時には最新モデルだけでなく、古いアーカイブモデルなども展示するなどして同店の長い歴史を活かした。また2019年に発表された松本零士×ジンの限定モデル「U1000.S MOTHER EARTH」を釜島氏がプロデュースしたことも記憶に新しい。独自の発想力の下、「ふつうの時計屋」は守られている。

高井智世


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