あくまで「緊急避難」の高級時計オンライン販売

ウォッチジャーナリスト渋谷ヤスヒトの役に立つ!? 時計業界雑談通信

以前このコラムで、パテック フィリップが欧米の正規販売店のサイトで同社の歴史上初めて「オンライン販売」を認めていることをお伝えした。今回はこの「事件」をきっかけに、高級時計のオンライン販売の是非と今後について考えたい。

バーセルワールド離脱の発表前、4月1日にFHHジャーナルに掲載されたパテック フィリップのオンライン販売に関するステートメント。
渋谷ヤスヒト:取材・文・写真 Text & Photographs by Yasuhito Shibuya


高級時計オンライン販売の是非を問う

 本題に入る前に改めて確認しておこう。パテック フィリップはなぜ、欧米の正規販売店のサイトで「一時的」であっても、自社製品のオンライン販売を認めたのか。

 その理由は、同社がロレックス、チューダー、シャネル、ショパールと共に4月14日に行った「バーゼルワールド離脱宣言&ジュネーブでの新時計フェアの立ち上げ」の告知と同じ場所、その新時計フェアの主催者となるはずの高級時計財団(FHH: Fondation de la Haute Horlogerie)のニュースページであるFHHジャーナルに、4月1日付けて掲載されている。

 そこには「新型コロナウイルス問題による都市封鎖の影響で完全休業せざるを得ず、存亡の危機にある、同社の長年のパートナーであり『家族の一員』ともいうべき存在である家族経営の正規販売店を救うため」とある。

 緊急事態宣言が全国的に宣言された後の日本とは違い、欧米の措置は強制的なロックダウン(都市封鎖)であった。その是非はともかくとして、欧米では休業が強制されていた。その代わり「自粛」というかたちで補償を渋るこの国と違い、店舗に対する休業補償が即座に行われている。だがそれでも、時計販売店がこれまでにない苦境にあることに変わりはない。パテック フィリップはこの状況に対応して、緊急避難的な措置として「オンライン販売の一時的解禁」を認めたのだ。ただし、世界的に大人気で超品薄状態になっているステンレススティール製の「ノーチラス」と「アクアノート」は販売対象外になっている。

 そもそもこの「オンライン販売」は、これまでの顧客を主に対象にしたもので、おそらく「宅配で納品して終わり」のオンライン販売ではないと考えられる。

新型コロナウイルス感染拡大によるロックダウン(都市封鎖)の影響で一時的に休業している店舗に代わり、電話によって宝飾・時計・修理の問い合わせに直ちに対応することを伝える「LONDON JEWELERS」のサイト。


誰にとっても「良いこと」はない

 とはいえ「世界最高の時計ブランド」が一時的にせよ、複雑時計も含めた高級時計のオンライン販売を認めたことは画期的な「事件」だ。

 だが、新型コロナウイルス危機が収束した後も、この「緊急避難」をきっかけにオンライン販売は常態化するのだろうか? 実店舗よりもオンライン販売の比率が高まるのだろうか? そして実店舗は、オンライン販売がメインになった雑誌や書籍のように激減し、やがて姿を消してしまうのだろうか? また、そうなることが望ましいのだろうか?

 答えは「NO」だ。それはなぜか? 高級時計のオンライン販売は、消費者、時計販売店、時計ブランドのいずれにとっても、長期的に見ればメリットよりもデメリットの方が多い。その理由をまずは消費者目線で考えてみたい。

 今年のように時計フェアや新製品の内覧会がほぼなくなってしまうと実感するが、高級時計ほど、実物を手にしなければその良し悪し、魅力がわからないものはない。どんなに広報用の画像や映像が完璧で美しくても、実物を見て期待を裏切られることが、残念ながら少なからずある。またその逆で、実物が画像や映像などのイメージを超えた素晴らしいものであることも珍しくない。