カシオ「“G-SHOCK”緊急消防援助隊コラボレーションモデル」が発売された。このコラボのキーマンである神戸市の消防局員とカシオの事業戦略本部のふたりへ取材を行い、時計に託されたものを追った。
伝説と化すトリロジーモデル、最終章へ
ファッション業界を筆頭に、古今東西さまざまながコラボラティブ(以下、コラボ)が実現してきた。その目的は知名度向上やブランド力の強化、ナレッジ共有など多様だ。時計ブランドにも多くの実例が存在する。中でも特殊な事例として挙げられるのは、カシオと神戸市消防局が2015年、18年と進めてきた「“G-SHOCK”神戸市消防局タイアップモデル」だろう。そしてこのたび2020年7月17日より、仙台市消防局も加わり実質的に第3弾となる「“G-SHOCK”緊急消防援助隊コラボレーションモデル」が発表された。
関係者はこれをもってシリーズ最終作としているが、単発で終わりがちなコラボ企画を3作立て続けに成功させた実績は特筆大書すべきだろう。このシリーズがカシオ初となる公的機関との協働であったことも加えてだ。ビジネスモデルとしても稀有な成功事例、それが腕時計であったならばぜひその誕生ストーリーを知りたいところである。
神戸市消防局の敏腕広報と、カシオのヒットメーカーとの出会い
まず最初に、最新作のモデル名にもある「緊急消防援助隊」について紹介したい。これは1995年に起きた阪神・淡路大震災の教訓を踏まえて同年に総務省消防庁が創設した制度である。その目的は大規模な災害の発生時に、全国の消防機関が人命救助活動を迅速かつ効率的に行うことだ。発足から令和2年7月現在までの間に合計40回以上全国へ出動してきた。
なぜこうした機関が広報活動を行うのか。それは人々の防災意識の啓発にある。
「“G-SHOCK”緊急消防援助隊コラボレーションモデル」誕生背景を伝えるにあたり、まずひとり目のキーマンとして紹介するのが、神戸市消防局の消防士、高岡武志氏だ。
高岡氏は同局へ2010年に所属する前に、人気チョコレート菓子などで知られる民間企業の江崎グリコで商品企画を担当した経歴の持ち主。神戸市消防局へ転職後、消防局広報の役割を担って一時的に公民連携事業を推進する別部署へ異動し、そこで手はじめに前職とのつながりを活かしたコラボ商品を実現させた。実はこれが神戸市における初の公民連携による商品開発事例となった。高岡氏はその後もユニークなコラボレーション戦略の数々を打ち立て成功させている。現在も神戸市には民間企業との柔軟な連携姿勢が見られるが、高岡氏はその起点に立つ人物だったのだ。
公民連携を積極的に進めた理由を高岡氏は次のように話す。「行政機関による従来型の広報では、どうしても情報が届きにくい方々がおられます。そこで、民間企業と消防が連携した話題性の高いコラボ商品に防災情報を乗せれば、そういった方々にも届くと考えました」。有名商品の知名度を借りて広報活動を広く効果的に行おうということだ。実際に高岡氏が手を組んできたのは市民の認知度、好感度ともに高く、メディアも報じやすい素材ばかりである。加えて、この手法であれば消防局側に人件費以外の費用が一切発生しない。
実例が決して多くない公民連携による商品企画は、民間側にも話題創出性やブランド力強化といったメリットを与えられる。もちろん消防局側にとって単なる一企業への販売協力となってはいけない。行政側は想定されるさまざまなリスクを潰した上で、慎重に商品選定を行う。
複数の企業とのコラボ企画を実現し、着々と実績を築いた高岡氏。いよいよ満を持して進めたのが、1983年の誕生以来1億本以上を売り上げてきた国民的ウォッチ、G-SHOCKとのコラボ企画である。
高岡氏がカシオへ最初の電話をかけたのは2014年の年明けだった。
初めてのカシオとのやり取りを振り返りながら高岡氏は話す。「実は私からの電話を受けた最初の方からは、一度提案を断られていました。有名企業のカシオに、地方都市の消防局からの訴求力は弱かったかもしれません。それ以前に、当時まだカシオには公的機関とのコラボ前例がなく、イメージしにくい話だったのでしょう」。
この因習を打破したのが、もうひとりのキーマン、カシオの岩田聡一郎氏(事業戦略本部 時計BU 第一企画室 所属)だ。G-SHOCKのイルカクジラモデルやラバーズコレクションといったロングセラーシリーズを手掛けたほか、ステューシーやユナイテッドアローズといったファッションブランドとのコラボレーションなどを成功させてきたG-SHOCKのヒットメーカーである。
岩田氏は情報が耳に入るやふたつ返事でこの案件を引き受けたという。その理由は主に2点。まず、誕生以来「Absolute Toughness(究極のタフネス)」を掲げ続けるG-SHOCKこそ、厳しい環境下で活動する消防士に選ばれるにふさわしいという自負があったためだ。そして、岩田氏にもともと消防アイテムに対する造詣と敬意があったためである。「実はヴィンテージの古着収集が趣味で、江戸や明治時代の火消しの装束、フランスの消防士のジャケットなども所有しています。これらは実用的で非常に手の込んだ作り込みがなされており、なおかつ隊員の士気を高めるような勇ましい意匠も持っていて、プロダクトとしてとても感心していました」。消防士たちの歴代の名品にG-SHOCKが仲間入りを果たすことの喜びと価値を岩田氏は見い出していたのだ。
斯くして、3部まで企画延長される公民連携のサクセスストーリーが始まることとなる。
G-SHOCK×消防援助隊コラボレーションモデル 3部作
神戸市消防局タイアップモデル第1弾/2015年7月発売
G-SHOCK「レンジマン」Ref.GW-9400FBJ-4JR
G-SHOCKというと多くの人はまずスクエアケースの初代モデルを思い浮かべるかもしれないが、G-SHOCKは現在、さまざまな形状や機能を持つ13のシリーズを展開している。
その中でもまず岩田氏が本企画に推したのが、G-SHOCKの誇る耐衝撃構造にさらなる特化機能を加えた「マスターオブG」シリーズのひとつ、「レンジマン」だ。2013年に誕生したレンジマンは、高温多湿のジャングルや密林といった極限の環境下で活動するレンジャーやレスキューたちの利用を想定したモデルである。特別な機能として、高度や方位、気圧/温度といったミッション遂行に役立つ情報を表示する「トリプルセンサー」の搭載がある。またセンサーを操作しやすいよう大型化した3時位置のボタンと、ボタンの衝撃緩和、異物の進入防止のための独特なシリンダー型ガードといった構造も特徴だ。
岩田氏は実際に神戸の現場を訪れ、隊員たちから話を聞き、装備なども見ながらデザインを作成した。そして救助服から着想を得た鮮やかなベースカラーのオレンジと、アクセントのブルーで彩られた神戸市消防局タイアップモデル第1弾を完成させる。ストラップには救助道具のロープが描かれ、バックライト点灯時には災害時に有用な「もやい結び」のマークを浮かび上がらせるなどディテールも大いに凝った。裏蓋には神戸市消防局の消防章を刻印した。
本コラボ企画で最も必要なことは、いかに時計をメッセージの伝達装置とさせられるかということだ。発売を予定した2015年は、緊急消防援助隊の創設20周年にあたる年。その8月、神戸市内では全国の消防救助隊員が一堂に会する「全国消防救助技術大会」の開催が控えていた。広報効果を高めるため、第1弾モデルの発表はこのタイミングに合わせることした。
その結果、多くのメディアが公民連携により誕生した珍しい腕時計と、全国消防救助技術大会の模様を合わせて映し出し紹介した。第1弾モデルは緊急消防援助隊の節目を象徴するものとなり、一般ユーザーにも好評を博した。
この結果を受け、第2弾が続くこととなった。
神戸市消防局タイアップモデル第2弾/2018年12月発売
G-SHOCK「オリジン」Ref.GW-B5600FB
第2弾モデルの発売は2018年12月。この年は、1968年に発足した神戸市消防局の救助隊が50周年を迎える年だった。第2弾モデルには、彼ら救助隊の活動実績を紹介する役割が与えられた。
機種に選ばれたのは、1983年に誕生した初代G-SHOCKの系譜を受け継ぐ、スクエア型「オリジン」の5600系モデル。薄型で使いやすく、コストパフォーマンスに優れ、かつ頑丈であるとして広く知られた世界的ベストセラーだ。そのシリーズの中でも、Bluetooth®通信や標準電波受信といった新しい機能を搭載する「GW-B5600」がベースモデルに選ばれた。
この「オリジン」も、第1弾「レンジマン」と同様にボディはオレンジとネイビーの救助服カラーで彩られ、ロープやもやい結びなどのディテールもあしらわれた。ストラップ裏面には防火服の反射材をイメージしたビビッドなイエローが配色された。
ベストセラーモデルが斬新なカラーをまとったとあり、ファッション誌では多くのファッショニスタたちがこぞってこれを取り込むコーディネートを披露した。またレア物を求めるG-SHOCK愛好家にも訴求した。
2020年7月17日より発売開始
緊急消防援助隊コラボレーションモデル
G-SHOCK「レンジマン」Ref.GW-9400NFST
そして2020年、最新モデルが発売されるに至る。この年は発案者である高岡氏にとって特に大切な年だ。自らも被災した阪神淡路大震災より25年の年であり、緊急消防援助隊発足の25周年である。
高岡氏はこれまでの成果を振り返り、コラボモデルとしてはこれで一度幕を下ろすこととした。加えて、時計にさらなる役割を持たせられるよう、カシオにある提案をした。仙台市消防局とも連携することだ。仙台市消防局は、東北地方の消防を総括する局である。そして緊急消防援助隊が8854隊、3万684人という過去最大の部隊派遣を行った東日本大震災において、緊急消防援助隊として神戸市とともに戦い抜いた局でもあった。
仙台消防局はこの企画趣旨に賛同し、協力を受諾。これにより3者のコラボが実現することとなった。文末にて紹介するプロモーション動画には神戸市、仙台市両局のメッセージが載せられている。
シリーズの原点に立ち返り、機種には第1弾と同様の「レンジマン」が選ばれた。メインのボディーカラーにはG-SHOCK定番の黒を採用、そこに消防で使われる白や赤などのエマージェンシーカラーが映える。このデザインは神戸市、仙台市それぞれの消防の担当者が現場の隊員たちへヒアリングを行い、受けた多くの意見を反映して作られたものだ。取りまとめる岩田氏らカシオ側も何枚ものデザインスケッチを作成し、その要望を最大限に反映した。裏蓋には、神戸市、仙台市、それぞれの消防章が並んで配された。
いよいよ7月17日より発売を開始し、多くの人の手へと届けられている。
以上、ここまでシリーズの誕生経緯をお伝えしてきたが、あくまでも腕時計はファッションアイテムのひとつであり、ストーリーは付随するものに過ぎない。しかし、それこそが本コラボラティブの本懐なのである。消防局員たちがこの企画に託した第一の願いは人々の防災意識の啓発にあり、G-SHOCKに求めたのは着用者たちへ日常的にメッセージを届ける伝達装置となることだ。
2020年も自然災害が相次ぎ、緊急消防援助隊員たちは日々命をかけた救援活動を行なっている。G-SHOCK×消防援助隊コラボレーションモデルには、腕時計の機能を超えた存在理由が与えられている。
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