会社の主導権はマードック・ファミリーに
そこで発表されたのが今回の、8月の同社の株主総会で決定される予定の、バーゼル・シュタット州、そしてメディア王ルパート・マードック・ファミリーの後継者で次男のジェームズ・マードックが率いる投資会社「ルバ・システムズ」による1億450万スイスフラン(約1億ドル=約107億2400万円)の救済策だ。
詳細は省略するが、この救済策の結果、ルパ・システムズはMCHグループの全株式の30%から最大44%を取得。おそらく筆頭株主になる。さらに半官半民会社であるために設けられていた株主の議決権制限も撤廃されるという。
また5年間のロックイン(おそらく、バーゼルに本拠を置いたままにするなど会社の運営体制の現状維持)を含めた15年のパートナーシップ契約を締結する予定だ。
つまり、MCHグループはバーゼル・シュタット州などの地方自治体が主導権を握る半官半民会社から、ルパ・システムズ=世界的なメディア企業マードック・ファミリーが主導権を持つ世界的なイベント企業へと企業の性格が一変する。
バーゼルワールド消滅は決定的か!?
時計業界関係者として、この新体制で何よりも気になるのは、バーゼルワールドの命運だ。
バーゼルワールドとは対照的なアート・バーゼルの評価を考えれば、「これでバーゼルワールドは完全に消滅する」と考えるのが順当だろう。
アート・バーゼルは今年2020年に誕生50周年を迎え、これを記念して3月に香港、6月にバーゼル、12月にマイアミビーチにおいて、それぞれ例年以上の大々的な開催が予定されていた。「出展料が高すぎる」など、バーゼルワールド同様の批判はあるものの、アートフェアの最高峰であり、富裕層ビジネスで最も注目されているイベントのひとつだ。
SJXは、今回のルパ・システムズによるMCHグループへの出資と経営権の取得は「アート・バーゼル」事業の掌握が目的だと指摘している。また、MCHグループが発表した今回のプレスリリースにも、バーゼルワールドへの言及は一切ない。
常識的に考えれば、今回のマードック・ファミリーによる救済と経営権掌握は、バーゼルワールドの消滅を意味すると考えるべきだろう。
ただ、ルパ・システムズを率い、世界の名門新聞社を傘下に持つメディア王ルパート・マードックの後継者であるジェームズ・マードックは、ハーバード大学時代に学生が作る風刺雑誌『ハーバード・ランプーン』に参加。また、友人のレコードレーベルの設立に関わるなど、音楽やアートにも関心と造詣が深いと言われる。サザビーズの事業にも関わったこともあるようだ。
「ジェームズが時計好きだったら……」。もしかしたら、何らかの時計イベントが、バーゼルではなく別の場所で、例えばオークションハウスと共同で何かを仕掛けるのではないか。残念ながら幻に終わった今年のバーゼルワールドでの「ジュネーブ・ウォッチ・オークション」の先行展示のことを考え、そんな妄想をしてしまうのは、筆者だけだろうか。
渋谷ヤスヒト/しぶややすひと
モノ情報誌の編集者として1995年からジュネーブ&バーゼル取材を開始。編集者兼ライターとして駆け回り、その回数は気が付くと25回。スマートウォッチはもちろん、時計以外のあらゆるモノやコトも企画・取材・編集・執筆中。
https://www.webchronos.net/features/43943/