バーゼルワールドに代わる「アワーユニバース」とは!? 突如告知されたバーゼルワールド後継イベント

ウォッチジャーナリスト渋谷ヤスヒトの役に立つ!? 時計業界雑談通信

前回の本コラムで、メッセ・バーゼルの親会社MCHグループの運営体制が一変し、バーゼルワールドは消滅の可能性が高いとお伝えした。だが、時計業界は新型コロナウイルス危機への対応で、予想外の驚くべきスピードで動いている。筆者が「消滅する」と予測したバーゼルワールドだが、MCHグループは7月23日に、「HOURUNIVERSE(アワーユニバース)」という新しいビジネスプラットフォーム&イベントの構想を発表した。今回は、バーゼルワールド後継イベントがどのようなものになるのかについて、筆者の予測も含めて可能な範囲でご紹介したい。

渋谷ヤスヒト:取材・文・写真 Text & Photographs by Yasuhito Shibuya


バーゼルワールドに代わる「HOURUNIVERSE」

 まずは消滅必至と思われたMCHグループが主催するバーゼルワールド。そもそも出展ブランドを集められるのかという根本的な課題はともかく、バーゼルでの開催はもはやない、と誰もが考えていたし、同グループもプレスリリースでそうほのめかしていた。

 対抗イベントである「WATCHES & WONDERS GENEVA(ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ、以下W&WG)」と同じジュネーブで、あるいは同グループが会場を保有するジュネーブ近郊のローザンヌもしくはチューリヒでの開催が検討されているとの話もあった。

 しかも、前回のこのコラムでお知らせしたように、MCHグループの体制変更とそのプレスリリースにはバーゼルワールドの後継イベントに関する記述が一切なく、バーゼルでの時計イベントは完全に消滅したと思われていた。

「HOURUNIVERSE」に関する7月23日のMCHグループのプレスリリース。
https://www.mch-group.com/en/news/2020/mch-is-creating-a-new-concept-for-a-global-platform-for-the-watch-jewellery-and-gemstone-industries-houruniverse/

 しかし幸か不幸か、この悲観的な予想は裏切られた。同グループは7月23日、「HOURUNIVERS(アワーユニバース)」という365日稼働するデジタルのプラットフォームと、年に一度のリアルな時計フェア(原文はライブショウ)を、世界中から集まる時計関係者の利便性を考え、ジュネーブでW&WGが開催されるのと同時期、2021年の春にバーゼル・メッセにおいて開催すると発表した。


デジタルプラットフォームがメイン!?

 約2カ月の検討を経て、「現代のニーズに合わせて」企画されたというこのプラットフォーム&時計フェア。その中身がどのようなものなのか、まだ「2分で読める」プレスリリース1通が発表されたばかりで、詳細はほとんど不明だ。ただ使われている言葉を丁寧にチェックすると、企画者の意図は、抽象的ではあるが読み取ることはできる。

 リリースの文章の中で特に注目したいのが、見出しに使われた「拡張されたエコシステム」「365日稼働するプラットフォームと、年に1度のライブミーティング」という言葉だ。

 リリースにはさらに「これまでとは正反対の、顧客を中心に考えられたB2B2C(ビジネス TO ビジネス TO コンシューマー)のミーティングポイントである。しかも、これは時計の流通チェーンのすべてのプレイヤー、すなわち(新製品だけでなく)認定中古の小売業者を含む、伝統的な小売業者とオンライン小売業者のためのものである」という注目すべき記述がある。

バーセルワールド2019のクロージング・プレスカンファレンスでもフェアのデジタルプラットフォーム化が言及されていた。

 大いに気になるのは「オンライン小売業者」と「認定中古」という言葉が含まれていることだろう。このふたつは、これまでの時計フェアからは除外されてきた、しかもデジタルと親和性がとても高いものだ。

 これは、この構想の主体が365日稼働するデジタルプラットフォームであり、オンライン小売業者と認定中古を新たな主役に据え、新しい流通プラットフォームを構築したいという意図が読み取れる。年に1度のリアルなフェアは、あくまで「with」の扱いなのだ。

バーゼルワールドはこれまで、リアルがほぼすべてと言ってもよいフェアだった。この春、デジタルでオンライン開催されたW&WGとは対照的だ。

 ただ本当にそれができるのか。特に認定中古については、自動車と同様に多くの時計ブランドが、自前で流通経路を構築し、イニシアチブをしっかり握りたいと考えているはず。そうでなければ利益を出すことは難しいし、そもそも認定中古が「旨味のあるビジネス」として成立する時計ブランドは、ごく一部に限られている。

 ユニバースな、つまり世界統一のプラットフォーム(=市場)の構築はかなり難しいだろう。


時計文化の発信地になれるか?

 リリースの中にはもうひとつ、注目したい点がある。それは、「バイヤーと販売者、そして業界のすべてのプレイヤーの間に懸け橋を作るコミュニティ・プラットフォームであり、関係者の交流や情報共有、コンテンツの制作、トークやカンファレンスの成果を反映させることで、ブランドのその製品の認知度を高める場である」という記述だ。

ジャーナリストにとって時計フェアは、ミーティングポイントとして大きな価値がある。

 これはボジティブに考えれば、いささかキツい言い方ではあるが「これまで時計の文化的な意味や価値を軽視してきた」姿勢を全面的に改める、ということなのだろう。

 そして、年に1度のリアルなフェアは、この新しい時計コミュニティの「お祭り」として位置付けられているのだと考えられる。

 これは素晴らしいことだし、個人的にもこのワールドワイドなコミュニティを、ぜひ実現してほしいと思う。


現時点で、実現可能性は不明

スイス時計の「首都」としての地位を確立しつつあったジュネーブ。だが、アワーユニバース構想で、バーゼル&MCHグループの「逆襲」が始まった?

 とはいえ、そもそもこの構想に賛同する時計ブランドはどのくらいあるのか。

 バーゼルワールドの出展料返還をめぐるトラブルの内容、主要ブランドの多くが「ジュネーブの新フェアへの移転」を表明したことを考えれば、少なくともリアルなフェアの、しかもバーゼルでの開催は難しいと考えられる。

 だが、状況は刻々と変化している。アワーユニバースの実現を後押しするかもしれない、興味深い動きもある。

 それは、イギリスの時計業界専門ウェブサイト「WatchPro」の主筆ボブ・コーダー氏がコラムで「リシュモンはW&Wを把握(grip)した」と報じたウォッチズ&ワンダーズの主催団体である「Fondation de la Haute Horlogerie(高級時計財団、略称FHH)」のトップの交代だ。

 2021年にジュネーブにおいて、ウォッチズ&ワンダーズと共催される予定の新時計フェアに関しては、主催が同じ団体になると発表されていることもあり「ウォッチズ&ワンダーズに統合されるのでは」との観測もあった。だが、すべてをウォッチズ&ワンダーズに統合することに反対したブランドもあったと聞く。

 報道だけでは、このFHHのトップ交代が、この点に関連したものなのかどうかはまったく不明だ。

 しかし、ウォッチズ&ワンダーズの前身であるSIHHがラグジュアリーではないバーゼル・フェア(現バーゼルワールド)のカウンターとして始まったことを考えれば、高級時計ブランドがウォッチズ&ワンダーズのラグジュアリー性を従来通りに確保したいと思うのも無理はない。

 また、アワーユニバースの実現可能性については、スイス、そして世界最大の時計製造グループであるスウォッチ グループの動向も、大いに影響するはずだ。果たして、どんなかたちになるのか? 現時点では予測不可能だ。


危機脱出のカギはやはり時計フェア!?

いち早く新型コロナウイルス危機脱出を遂げたとされる中国・上海でのW&W開催を告げるFHHジャーナルのウェブサイト記事。

 新型コロナウイルス危機の影響で、スイスの時計業界の2020年前半の総輸出額は約69億スイスフランとなり、前年同期の約107億スイスフランに比して約35.7%という大幅な減少を記録した。

「今年は大規模な時計フェアの開催は不可能だろう」という多くの人々の観測を裏切って、9月9日から13日という日程で中国・上海で初のウォッチズ&ワンダーズが開催されることになったのも、収縮してしまった高級時計の需要を復活させるためには、売り上げの約半分を占める最大の市場、中国での需要を回復・拡大させるしかない。この判断からだろう。

2015年、3度目の開催となった「W&W香港」のオープニングセレモニー。結局、この年が香港での最後の開催となった。約5年を経て、舞台は中国本土の上海に移る。中央の白い服の女性が、FHHのトップを去ったファビアンヌ・ルポ氏。

 果たして、バーゼルで開催されるというアワーユニバース、そしてウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブと、同じくジュネーブで開催されるもうひとつの新しい時計フェアがどのようなかたちになるのか?

 それが確定、判明するのはまだまだ先にことになりそうだ。


渋谷ヤスヒト

渋谷ヤスヒト/しぶややすひと

モノ情報誌の編集者として1995年からジュネーブ&バーゼル取材を開始。編集者兼ライターとして駆け回り、その回数は気が付くと25回。スマートウォッチはもちろん、時計以外のあらゆるモノやコトも企画・取材・編集・執筆中。


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