どんなものにも名前があり、名前にはどれも意味や名付けられた理由がある。では、有名なあの時計のあの名前には、どんな由来があるのだろうか? このコラムでは、時計にまつわる名前の秘密を探り、その逸話とともに紹介する。
今回は、2000年代初頭の複雑時計ブームとシリコン製パーツの先駆けとなったユリス・ナルダン「フリーク」の名前の由来をひもとく。
2020年8月12日 掲載記事
ユリス・ナルダン「フリーク」
ユリス・ナルダンの「フリーク」は2001年のバーゼル・フェア(現バーゼルワールド、2021年よりアワーユニバース)でデビューした。
いま思うと、この年のバーゼル・フェアとジュネーブ・サロン(旧SIHH、現ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ)は凄かった。ご存じのように、2000年代の半ばから2010年代の初めにかけて、多くのブランドがトゥールビヨンなどの複雑機構を競うように開発した。結局は時計ファンから食傷気味とされ、シンプルへと回帰するのだが、しかしそれでも有意義ではあった。そのわずか数年で複雑機構の開発と技術は飛躍的な進化を遂げたのだから。
そして2001年は、その始まりだったのだろう。複雑機構の新作が驚くほど多数発表されたのだ。以下、主立ったものを挙げてみよう。
ブレゲのトゥールビヨン発明200周年を記念する「クラシック トゥールビヨン」――アブラアン-ルイ・ブレゲがトゥールビヨンの特許を取得した1801年から200周年を記念したモデル。そして、この「トゥールビヨン200周年」が他の多くのブランドもこぞってさまざまなトゥールビヨンを発表する大きなきっかけとなったのだ。
パテック フィリップ「スカイムーン・トゥールビヨン Ref.5002」――当時、ブランド史上最も複雑な腕時計で、初のダブルフェイス。トゥールビヨン、ミニッツリピーター、永久カレンダー、恒星時、ムーンフェイズ、月軌道、星座表など、12の複雑機構を搭載する。
ブランパン「トゥールビヨン クアトロ」――フライングトゥールビヨン、永久カレンダー、フライバッククロノグラフ、スプリットセコンドクロノグラフの4つの複雑機構を併載したグランドコンプリケーションである。
パルミジャーニ・フルリエ「トリック ウエストミンスター」――ウエストミンスター寺院の鐘と同じソ・ド・レ・ミの音色を4つのハンマーで鳴らすウエストミンスター・ミニッツリピーターにトゥールビヨンを併載。GMT表示も備える。
ジラール・ペルゴ「オペラ2」――トゥールビヨンにミニッツリピーターを併載した「オペラ1」に、さらに永久カレンダーを加えた進化版。4ハンマーのウエストミンスターカリヨンでもある。
A.ランゲ&ゾーネ「ランゲマティック・パーペチュアル」――永久カレンダーの名作として知られることになる同モデルがデビューしたのもこの年。10時位置のプッシュボタンですべての表示を1日分進めることができる画期的な機構も話題となった。
オーデマ ピゲ「ジュール・オーデマ メトロポリス 永久カレンダー」――永久カレンダーとワールドタイマーの両機能を併せ持った世界初のモデル。世界の主要24都市の時間を瞬時に表示することができる。
マーティン・ブラウン「イオス」――後にフランク ミュラー グループの一員となるドイツの独立時計師マーティン・ブラウンの自社ブランドのデビュー作。約5年の歳月をかけて開発した日の出、日の入りの時刻表示機構を搭載。販売モデルは購入者の居住地に合わせて調整される。
ハリー・ウィンストンが独立時計師を起用した複雑機構のシリーズ「オーパス」がスタートしたのもこの年。その第1弾の「オーパス 1」はフランソワ-ポール・ジュルヌによるコンスタントフォーストゥールビヨン、レゾナンス クロノメーター、5日間パワーリザーブ自動巻きの3部作として発表された。
ドイツのレザーブランドのゴールドファイルが独立時計師協会=AHCIのメンバーに製作を依頼したコレクションも大きな話題になった。選ばれたのは、スヴェン・アンデルセン、トーマス・バウムガルトナー、ヴィンセント・カラブレーゼ、ヴィアネイ・ハルター、フランク・ジュッツィ、ベルンハルト・レデラー、アントワーヌ・プレジウソの7名で、少量生産のExclusive CollectionとワンオフのOne-Of-A-Kind Creationの2作、全14モデルを発表。ことさら複雑なモデルはなかったが、これを機に独立時計師にいっそう多くの目が向けられるようになったことは意義深い。この後、アントワーヌ・プレジウソは「オーパス 2」、ヴィアネイ・ハルターは「オーパス 3」を手掛けることになった。
ほかにも、カルティエ、アントワーヌ・プレジウソ、ヨルク・シャウアーなど、本当に多数のブランドがトゥールビヨンを発表した。また、新興ムーブメントメーカーのプログレス・ウォッチ(後にSTT、現ボヴェ参加のディミエ1738)製トゥールビヨンを搭載したアイクポッド「ヘミポッド・トゥールビヨン」のSSモデルがアンダー400万円(当時税別360万円)、クロノスイス「レギュレーター・トゥールビヨン」のSSモデルがアンダー200万円(当時税別195万円)という革命的に低価格のトゥールビヨンが時計業界を震撼させたのも深く記憶に刻まれている(翌年に「なかったこと」にされたのも忘れられない)。
2019年発表。フリーク最大の特徴であるフライングセンターカルーセルを踏襲しつつも、輪列を簡潔にし、時刻調整と主ゼンマイの巻き上げをリュウズによる操作に変更することで、価格を抑えたフリークのエントリーモデル。ケースも小ぶりになり、従来のフリークとは異なる魅力を持つ。このモデルがケース素材に使用するカーボニウムは、航空機の先端に搭載されるレドームなどにも採用される炭素の複合素材。自動巻き(Cal.UN-230)。21石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。カーボニウム×Ti(直径43mm)。50m防水。278万円(税別)。
そして、そんな複雑機構が目白押しとなったなかで、それでもひときわ際立っていたのが「フリーク」だ。
ムーブメント自体が回転して分を指し示すセンターカルーセル機構は、それまで誰も見たことのなかった斬新な複雑機構。アンクルをもたないデュアル・ダイレクト・エスケープメントも特別。世界で初めてシリコン製パーツを採用したのも革新的であった。
フリークの設計のベースは、後に「トゥールビヨンの女王」と呼ばれることになるキャロル・フォレスティエ=カザピで、そもそもは「ブレゲ賞」のために考案され、同賞を受賞したもの。その権利をユリス・ナルダンの当時のCEOであった故ロルフ・シュニーダーが取得。同社の天文3部作で知られるルートヴィヒ・エクスリン博士が再設計し、2003年の大作「ソナタ」の開発者となるピエール・ギガックスが製品化を実現という、なんとも豪華な顔合わせ。また、エクスリン博士は2001年にラ・ショー・ド・フォンの国際時計博物館館長に就任してしまったため、「フリーク」はエクスリン博士がユリス・ナルダンで発表した最後の作品になってしまった。そんなところも特別だ。
さて、「フリーク」=「FREAK」とは「異例」「異形」のこと。同時に「熱狂者」という意味も持つ。そして「フリーク」は、その両方の意味で名付けられたのだろう。実際、「フリーク」の複雑機構はまさしく異形であり、それゆえに時計好きたちを熱狂させてもいる。
しかも「フリーク」の何よりの素晴らしさは、現在に至るまで進化を続けていることだ。誕生から約20年の間、改良が重ねられ、完成度が高められ続けている。だからその名前の通りに、今後も異形であり続け、時計好きたちを熱狂させ続けるだろう。
「フリーク」はモデル名も含めて、21世紀を代表する名作なのだ。
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ライター、編集者。『LEON』『MADURO』などで男のライフスタイル全般について執筆。webマガジン『FORZA STYLE』にて時計連載や動画出演など多数。
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ファーストモデルから最新モデルまでの進化の過程を追う
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