大正初期の創業時から変わることなく麩屋町三条に門を構える、京都を代表する老舗「炭屋旅館」。街の中心にありながら、一歩入れば静寂に包まれた空間は、さながら山居のよう。本格的な数奇屋造りには、5つの茶室を備え、古くより茶の湯の心で来客をもてなす。四季折々の表情はいずれも選び難いが、今回は、夏の室礼が調えられた「炭屋旅館」を訪れた。
SONO(bean):写真 Photographs by sono(bean)
[クロノス日本版 2020年9月号初出]
おもてなしの心が宿る 茶趣漂う古都の老舗旅館
茶の道を志す人ならずとも、いつかは訪れたいと焦がれる「炭屋旅館」。歴史をひもとくと生業は刀鍛冶であったそう。炭屋の屋号もそちらに由来する。大正初期、趣味の多かった先々代が、お茶や焼き物、謡曲で知り合った友人を招いて茶会を開き、遠方の友人を泊めるようになったことが宿のはじまりだとか。数奇屋造りの客室には、炉が切られ、いつでも茶室になるように造られている。そのため、夜になると、茶室に布団を敷いて眠るのも自然な流れ。
「『残月』から眺める庭の景色はいつまでも飽きません。季節はもちろんのこと、天気や時間によっても全く違った表情を見せてくれます」と語るのは、女将の堀部寛子さん。最も古い客室のひとつである「残月」は、表千家の「残月亭」の写し。同じく歴史ある「洗月」は、銀閣寺の東求堂にある「洗月亭」の写しで、床の間の落とし掛けから床框にかけて施されたデザインは、水面から昇る月を表現したもの。会食場や茶会の待合室として使用している。
他に「井筒」や「松風」などの謡曲にちなんだ名前が付けられた客室や前回の東京オリンピックが開かれた年に増築した新館を合わせ全20室。5つもの茶室を備え、先代と先々代の命日にあたる毎月7日と17日の夜には、夕食後に宿泊客を茶室に招待してもてなす。
四季折々の室礼も「炭屋旅館」の魅力のひとつ。夏には、襖が葭戸(よしど)に替えられ、軒先に葦簀(よしず)が下げられると、なんとも涼やかな風が吹き抜けていく。梅雨の晴れ間を狙って畳の上に敷かれたあじろも心地よい。
夕食は、茶懐石に則った季節の訪れを知らせてくれる雅な料理の数々を部屋でいただく。高野槇の湯船に浸かれば、深い眠りに就ける。京都の真ん中にありながら、非常に静かな時間を過ごすことができる。翌朝、宿近くにある「平野とうふ」の湯豆腐を朝食でいただき、出発前に一服。わずか1泊の滞在ながら、どこか穏やかな心が宿った感覚になる。
女将が、歴史ある旅館ならではのエピソードを話してくれた。「子供の頃連れて来られたことを懐かしく思い、大人になって訪れたお客様が仰いました。『あの頃は分からなかったけれど、両親は幼い私に本物を見せたかったのでしょうね。大人になって気づかされました』」。
単に泊まるだけに留まらず、日本の伝統文化を肌で感じる場所なのだ。
炭屋旅館
京都府京都市中京区麩屋町三条下ル
Tel.075-221-2188
チェックイン15:00/チェックアウト10:30
全20室
1名1室利用時の夕食、朝食付き
料金4万円~6万5000円(税別、サービス料込み)