スイスの高級時計ブランド「ブライトリング」と聞いて、航空時計を連想する人は多いだろう。空を駆け巡る男たちの命を預かる数々の時計には、緻密な計算から生まれた造形美がある。そのコレクションの歴史やブランドの系譜をたどってみよう。
航空業界と深い関わり ブライトリング
パイロットにとっては、一瞬の判断の誤りが生命の危機に影響を及ぼしかねない。それだけに、航空時計には正確な時刻を瞬時に伝える使命があると言える。
そのミッションを果たすためには、高い視認性や優れた操作性などを備えていることが必要だ。
一流時計ブランドの中でも特に航空業界との結びつきが強い、ブライトリングの歴史やコレクションの魅力に迫ってみよう。
クロノグラフのパイオニア
ブライトリングは、クロノグラフのパイオニアとしての地位を確立しているブランドだ。同社の歴史は、クロノグラフの歴史といっても過言ではない。
創業した1884年当時、クロノグラフに注目し、いち早く研究と開発を手掛けたのがブライトリングだ。
1900年代に入り、戦争の足音が忍び寄るにつれてクロノグラフの需要は大きくなる。地道な研究を重ねてきたブライトリングへの注目と評価が上昇したのは自然の成り行きとも言えた。
15年に世界初の専用プッシュボタン搭載のクロノグラフを発表し、34年にはリセットボタンの実用化に成功する。
これらの開発によって現在のクロノグラフの原型を築き上げた同社は、36年、ついに英国空軍のサプライヤーとなり、航空業界との密接な関係が確立された。
ブライトリングの成り立ち
極めて高い機能性と精巧な造形美を誇るブライトリングは、精密な時計作りに意を注ぎ続けてきた。ここではその歴史を掘り下げてみよう。
レオン・ブライトリングが創業
熟練の時計技師であったレオン・ブライトリングが同社を創業したのは1884年のことで、当初から製造する時計の精度は世間に高く評価されていた。
この当時は、軍需産業やスポーツ産業において、クロノグラフへの需要が高まりを見せ始めていた。レオンは、そのような時流を敏感に察知する。
クロノグラフに照準を定めたレオンは、自らの技術力をその開発に注ぐ方針を固めた。そして、89年に完成させたクロノグラフ機能搭載モデルで、特許を取得することに成功したのである。
93年には約8日間のパワーリザーブ搭載モデルで、再度、特許を取得。96年には2/5秒単位の正確さを誇るクロノグラフを登場させるなど、その後も精力的に開発を続けた。
息子のガストン・ブライトリングによりステップアップ
1914年、創業者であるレオンがこの世を去ると、息子のガストン・ブライトリングが同社を継承する。
彼は、レオンが築いたパイオニアスピリッツと革新的な取り組み、さらにクロノグラフへの探究心をしっかりと受け継いだ。
23年には、新構造のタイムピースで特許を取得する。これは、ふたつのボタンを備えたツープッシャー・クロノグラフを搭載した懐中時計で、ストップウォッチによる連続測定を可能にした。
レオンからガストンへとバトンが渡されたブライトリングは、時計界にセンセーションを巻き起こし続けていったのである。
受け継がれる情熱
2代目のガストンは、時計界に幾つもの偉業を残しつつ、1927年に急逝する。その息子であるウィリー・ブライトリングは、当時まだ14才だった。そのため、会社の経営は一旦、外部のスタッフに委ねられた。
ウィリーが代表に就任したのは、32年のことである。その頃、ほとんどのクロノグラフは、プッシャーがひとつしかなく、累積経過時間を計測できないデメリットがあった。
ウィリーは、リセットという弱点を補うことを命題とし、父ガストンが開発したツープッシャー方式で特許を取得する。以後、次々と斬新なアイデアと革新的な技術で、新機能を生み出していった。
創業者のレオンがクロノグラフに注いだ情熱は、世代を超えて、確実に受け継がれたのである。