聖地初訪問!グランドセイコースタジオ 雫石でグランドセイコーの底力を見る(前編)

FEATUREその他
2020.09.27

2020年7月20日、グランドセイコーのメカニカルを製造する盛岡セイコー工業(岩手県雫石町)の雫石高級時計工房内に、時計師がグランドセイコーの組立・調整を行う専門工房や展示スペースなどを設けた「グランドセイコースタジオ 雫石」がオープンした。地元メディアへのお披露目はされたが、時計メディアには未公開。一足早く、新しいスタジオの全容をお届けする。

広田雅将(クロノス日本版):取材・文・写真
Text and Photographs by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)



グランドセイコーの新たな聖地となるのが、グランドセイコースタジオ 雫石(一般公開の時期は未定)。グランドセイコーの哲学である「THE NATURE OF TIME」を反映した2階建ての木造建築である。建屋の左に見えるのは、1979年に植えられたユリの木。グランドセイコースタジオ 雫石のシンボルツリーだ。
〒020-0596 岩手県岩手郡雫石町板橋61-1
建築面積:1,858.45㎡
延床面積:2,095.01㎡


隈研吾氏の手掛けた「ネイチャー」な工房

 グランドセイコーを含むセイコーのメカニカルは、長らくセイコーインスツル(SII)が製造していた。旧社名は第二精工舎(後にセイコー電子工業、セイコーインスツルメンツに変更)。セイコーコレクターの皆さんならお分かりの通り、ユニーク、クロノス、キングセイコーや45GSなどを製造してきた会社だ。2020年4月1日、セイコーウオッチはSIIの時計部門を統合し、SIIの子会社であった盛岡セイコー工業はセイコーウオッチの子会社となった。

グランドセイコースタジオ 雫石のコアが、グランドセイコーメカニカルの組立・調整を行う工房。盛岡セイコー工業で製造された部品を組み立ててケーシングし、バンドを付けて出荷状態にする。

 もともと、盛岡セイコー工業内には、グランドセイコーやクレドールのメカニカルを組み立てる雫石高級時計工房があった。それをグランドセイコーのメカニカルに特化させたのが、2020年にオープンしたグランドセイコースタジオ 雫石、と言える。組立・調整工房を一般の人にも見せる、という考えは雫石高級時計工房に同じだが、別棟になったほか、グランドセイコーの哲学である「THE NATURE OF TIME」を反映して、建屋は木造となった。設計したのは隈研吾氏。グランドセイコースタジオ 雫石の他にも、パリ・ヴァンドーム広場にあるグランドセイコーブティック パリ ヴァンドームなどの設計を手掛けた建築家だ。

入り口から入ると、展示スペースが広がる。展示物はセイコーの歴史、歴代グランドセイコー、最新のムーブメントと盛岡セイコー工業での部品製造工程である。

 白を好む隈研吾氏らしく、グランドセイコースタジオ 雫石は至る所に白が用いられている。一部の壁面はカラマツとオウシュウアカマツの集成材。しかし、その上から白い塗装を施して明るく見せる凝りようだ。また、人の出入りする部分に雨だれが落ちないように計画し、軒樋を不要とする設計としている。これにより、シャープな軒先となり、軽快な屋根デザインが実現した。建屋の外周に石を置いたのは、屋根から落ちる雨を吸収するため。もともと盛岡セイコー工業は緑の多い工場だったが、建屋に面して芝生が広がるグランドセイコースタジオ 雫石は、いっそう緑に囲まれた感が強い。

グランドセイコースタジオ 雫石の大きな特徴が軒樋を省いた屋根。建屋のすっきりした印象を強調する。

工房に面して広がる芝生。建屋の奥に見えるのはシンボルツリーであるユリの木だ。

入り口近くには桜の木が植わっている。なお今後、北上の展勝地からも桜を移植する予定だ。

盛岡セイコー工業には、自然が多く残されている。これは敷地にある雫石の森。松で知られる雫石だけあって、アカマツやコナラも多く見られる。


グランドセイコーのすべてを知る展示スペース

 盛岡セイコー工業内にあるグランドセイコースタジオ 雫石には、工場とは違うアプローチが用意された。一般のルートは、国道46号を横手方面に進み、県道131号線を右折するもの。対してグランドセイコースタジオ 雫石は国道46号から長山街道に入り、工場の裏手から入るアプローチだ。また、スタジオの向かいには一般客向けの駐車場が設けられている(アクセスについては後述)。

グランドセイコースタジオ 雫石の壁に採用されたのが、大和張り。板を1枚おきにズラして少し重ねて張る工法だ。あえて立体感を持たせたのは、時のリズムを強調するため。

盛岡セイコー工業で作られた部品は、渡り廊下を通じてグランドセイコースタジオ 雫石に搬入される。これが渡り廊下だ。

 スタジオに入ると、まずはセイコーとグランドセイコーを紹介するスペースがある。見ると、国産初の腕時計であるローレルや、諏訪精工舎(現セイコーエプソン)の製造したマーベルや初代グランドセイコーも置かれている。確かに同じグランドセイコーを作ってきたとはいえ、諏訪精工舎と第二精工舎はまったく別会社だ。その諏訪精工舎の時計が、旧SIIの流れを汲むグランドセイコースタジオ 雫石にあるとは意外だった。したがって、セイコーエプソンの手掛ける9Rスプリングドライブや9Fクォーツも、盛岡セイコー工業の製造する9Sメカニカルに並んで置かれている。

盛岡セイコー工業が手掛けるのは、メカニカルのグランドセイコー。しかし、グランドセイコースタジオ 雫石には諏訪精工舎(現セイコーエプソン)の製造した初代グランドセイコーやマーベルも並んでいる。写真右側に見えるのは、セイコーインスツルの前身である第二精工舎の製作した通称「45GS」である。

盛岡セイコー工業には、マイスターとスペシャリストを認定する「プロフェッショナル人材育成制度」がある。これは、単に技能を評価するものではなく、技能伝承まで含めた仕組み。時計師だけでなく、焼き入れや金型製造にもマイスターがいる。

 筆者は盛岡セイコー工業には何度も足を運んできた。この工場の強みは、焼き入れやメッキを含むすべてを社内でまかなえる点。これらの工程はGS9 Clubのイベント以外では公開されていないが、その一部が、展示スペースで紹介されている。切削、焼き入れ、メッキなど。盛岡セイコー工業の社長である林義明氏が、3本の細い鉄棒を出した。焼き入れする前、焼き入れした後、そして焼き戻しした後のものだ。焼き入れした鉄棒は簡単に折れるが、焼き戻しを加えるとわずかに曲がるが折れない。グランドセイコーのメカニカルを含む、セイコーの機械式時計は、部品に焼き入れと焼き戻しを加えることで、高い耐久性を得ている。

グランドセイコーに高い耐久性を与える焼き入れと焼き戻しの工程。残念ながらその工程は見られないが、写真で紹介されている。こういったプロセスを持てるのは、本当のマニュファクチュールの証である。

焼き入れと焼き戻しの効果を実際に試すことが出来る。800度を超える高温で焼き入れした棒はすぐに折れるが、低温で焼き戻しを加えると曲がるだけで折れなくなる。


生産性改善のために動線を変更

 展示スペースを後にすると、セミナールームがあり、続いてはグランドセイコーのメカニカルを組立・調整するスペースとなる。雫石高級時計工房ではそれぞれの時計師が独立した机を持っていたが、グランドセイコースタジオ 雫石では標準的な「島」型の配置に改められた。組立工房の課長を務める花澤重美氏は理由を次のように説明する。「以前は見栄えが良かったのですが、生産性は高くなかった。部品をやりとりするためにいちいち席を立つ必要があったのです」。そこで、工程ごとに「島」を作り、入り口側から奥に進むにつれて、時計が完成するように改めたとのこと。

展示スペースと工房の間にはセミナールームがある。壁にはグランドセイコー関連の書籍が並ぶ予定である。

ムーブメントの基本組立がザラ組みだ。渡り廊下から搬入された部品はキットに組み直され、時計師たちがムーブメントを組み上げていく。

 組立・調整工房の各工程は入り口側から奥に向けて、次のように配置されている。部品の受け取りとザラ組の部門、ヒゲゼンマイを調整する部門、歩度調整の部門、GS検定の部門、ケーシングの部門、そして検査部門。別部屋には防水検査とバンド付けの部門があり、すべての工程を廊下から見ることができる。

各工房の前には、何をやっているのかが紹介されている。モニターなどを置く案もあったそうだが、できるだけすっきり見せたいという隈研吾氏の意向で取りやめになったとのこと。

組立・検査工房の真ん中にはGS検定の工程がある。10日間のエイジングを受けたムーブメントは、17日間にわたって、3温度と6つの姿勢で精度がチェックされる。

「島」に改めたにもかかわらず、漆を塗った岩谷堂箪笥の作業机は受け継がれた。もっとも島にフィットさせるため形は作り替えられた。“機能的”なベルジョン製の机に変える計画もあったそうだが、雫石にはやはり岩谷堂箪笥の机が相応しい。また、ツールなどを収納する家具も岩谷堂箪笥で新造された。

雫石のアイコンと言えば、岩谷堂箪笥の机。リニューアルに伴って、机の形も変更された。とはいえ、新造したのではなく、かつてのものを手直ししたとのこと。副社長の加藤幸則氏自ら、直談判を行った。

組立・調整工房の裏には時計師用の廊下がある。今後も見られないであろう、非常にレアなショット。上に見えるのは、空気を送り込むダクトである。

 新工房のメリットとして、組立工房課長の花澤氏は生産性の向上に加えて、クリーンルームの性能改善を挙げる。壁面上部から空気を流し、下部から吸い込むことで、雫石高級時計工房に比べて、10倍はきれいになったとのこと。

(後編へ続く)


【動画】世界初撮り下ろし!! グランドセイコー「T0 コンスタントフォース・トゥールビヨン」

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2020年 グランドセイコーの新作時計 5モデルを紹介
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グランドセイコーの魅力。選び方や注目モデル

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