2020年7月20日、グランドセイコーのメカニカルを製造する盛岡セイコー工業(岩手県雫石町)の雫石高級時計工房内に、時計師がグランドセイコーの組立・調整を行う専門工房や展示スペースなどを設けた「グランドセイコースタジオ 雫石」がオープンした。地元メディアへのお披露目はされたが、時計メディアには未公開。一足早く、新しいスタジオの全容をお届けする。
Text and Photographs by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
〒020-0596 岩手県岩手郡雫石町板橋61-1
建築面積:1,858.45㎡
延床面積:2,095.01㎡
隈研吾氏の手掛けた「ネイチャー」な工房
グランドセイコーを含むセイコーのメカニカルは、長らくセイコーインスツル(SII)が製造していた。旧社名は第二精工舎(後にセイコー電子工業、セイコーインスツルメンツに変更)。セイコーコレクターの皆さんならお分かりの通り、ユニーク、クロノス、キングセイコーや45GSなどを製造してきた会社だ。2020年4月1日、セイコーウオッチはSIIの時計部門を統合し、SIIの子会社であった盛岡セイコー工業はセイコーウオッチの子会社となった。
もともと、盛岡セイコー工業内には、グランドセイコーやクレドールのメカニカルを組み立てる雫石高級時計工房があった。それをグランドセイコーのメカニカルに特化させたのが、2020年にオープンしたグランドセイコースタジオ 雫石、と言える。組立・調整工房を一般の人にも見せる、という考えは雫石高級時計工房に同じだが、別棟になったほか、グランドセイコーの哲学である「THE NATURE OF TIME」を反映して、建屋は木造となった。設計したのは隈研吾氏。グランドセイコースタジオ 雫石の他にも、パリ・ヴァンドーム広場にあるグランドセイコーブティック パリ ヴァンドームなどの設計を手掛けた建築家だ。
白を好む隈研吾氏らしく、グランドセイコースタジオ 雫石は至る所に白が用いられている。一部の壁面はカラマツとオウシュウアカマツの集成材。しかし、その上から白い塗装を施して明るく見せる凝りようだ。また、人の出入りする部分に雨だれが落ちないように計画し、軒樋を不要とする設計としている。これにより、シャープな軒先となり、軽快な屋根デザインが実現した。建屋の外周に石を置いたのは、屋根から落ちる雨を吸収するため。もともと盛岡セイコー工業は緑の多い工場だったが、建屋に面して芝生が広がるグランドセイコースタジオ 雫石は、いっそう緑に囲まれた感が強い。
グランドセイコーのすべてを知る展示スペース
盛岡セイコー工業内にあるグランドセイコースタジオ 雫石には、工場とは違うアプローチが用意された。一般のルートは、国道46号を横手方面に進み、県道131号線を右折するもの。対してグランドセイコースタジオ 雫石は国道46号から長山街道に入り、工場の裏手から入るアプローチだ。また、スタジオの向かいには一般客向けの駐車場が設けられている(アクセスについては後述)。
スタジオに入ると、まずはセイコーとグランドセイコーを紹介するスペースがある。見ると、国産初の腕時計であるローレルや、諏訪精工舎(現セイコーエプソン)の製造したマーベルや初代グランドセイコーも置かれている。確かに同じグランドセイコーを作ってきたとはいえ、諏訪精工舎と第二精工舎はまったく別会社だ。その諏訪精工舎の時計が、旧SIIの流れを汲むグランドセイコースタジオ 雫石にあるとは意外だった。したがって、セイコーエプソンの手掛ける9Rスプリングドライブや9Fクォーツも、盛岡セイコー工業の製造する9Sメカニカルに並んで置かれている。
筆者は盛岡セイコー工業には何度も足を運んできた。この工場の強みは、焼き入れやメッキを含むすべてを社内でまかなえる点。これらの工程はGS9 Clubのイベント以外では公開されていないが、その一部が、展示スペースで紹介されている。切削、焼き入れ、メッキなど。盛岡セイコー工業の社長である林義明氏が、3本の細い鉄棒を出した。焼き入れする前、焼き入れした後、そして焼き戻しした後のものだ。焼き入れした鉄棒は簡単に折れるが、焼き戻しを加えるとわずかに曲がるが折れない。グランドセイコーのメカニカルを含む、セイコーの機械式時計は、部品に焼き入れと焼き戻しを加えることで、高い耐久性を得ている。
生産性改善のために動線を変更
展示スペースを後にすると、セミナールームがあり、続いてはグランドセイコーのメカニカルを組立・調整するスペースとなる。雫石高級時計工房ではそれぞれの時計師が独立した机を持っていたが、グランドセイコースタジオ 雫石では標準的な「島」型の配置に改められた。組立工房の課長を務める花澤重美氏は理由を次のように説明する。「以前は見栄えが良かったのですが、生産性は高くなかった。部品をやりとりするためにいちいち席を立つ必要があったのです」。そこで、工程ごとに「島」を作り、入り口側から奥に進むにつれて、時計が完成するように改めたとのこと。
組立・調整工房の各工程は入り口側から奥に向けて、次のように配置されている。部品の受け取りとザラ組の部門、ヒゲゼンマイを調整する部門、歩度調整の部門、GS検定の部門、ケーシングの部門、そして検査部門。別部屋には防水検査とバンド付けの部門があり、すべての工程を廊下から見ることができる。
「島」に改めたにもかかわらず、漆を塗った岩谷堂箪笥の作業机は受け継がれた。もっとも島にフィットさせるため形は作り替えられた。“機能的”なベルジョン製の机に変える計画もあったそうだが、雫石にはやはり岩谷堂箪笥の机が相応しい。また、ツールなどを収納する家具も岩谷堂箪笥で新造された。
新工房のメリットとして、組立工房課長の花澤氏は生産性の向上に加えて、クリーンルームの性能改善を挙げる。壁面上部から空気を流し、下部から吸い込むことで、雫石高級時計工房に比べて、10倍はきれいになったとのこと。
(後編へ続く)
https://www.webchronos.net/features/53194/
https://www.webchronos.net/2020-new-watches/45416/
https://www.webchronos.net/features/34257/