2020年7月20日、グランドセイコーのメカニカルを製造する盛岡セイコー工業(岩手県雫石町)の雫石高級時計工房内に、時計師がグランドセイコーの組立・調整を行う専門工房や展示スペースなどを設けた「グランドセイコースタジオ 雫石」がオープンした。地元メディアへのお披露目はされたが、時計メディアには未公開。一足早く、新しいスタジオの全容をお届けする。
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Text and Photographs by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
〒020-0596 岩手県岩手郡雫石町板橋61-1
建築面積:1,858.45㎡
延床面積:2,095.01㎡
9SA5の鍵を握る、自社製のヒゲゼンマイ製造器
工房内では、2020年に発表された9SA5が組立中だった。これは、新しいデュアルインパルス脱進機に加えて、グランドセイコーフリースプラング、そして巻き上げヒゲを採用したものだ。ヒゲゼンマイの外端を内側に巻き上げた巻き上げヒゲは、理論上高い等時性を持っている。しかし製造コストがかかるため、採用はごく一部のメーカーに限られる。量産は無理と思っていたが、グランドセイコースタジオ 雫石を訪問して疑問は晴れた。工房内の一角にはヒゲゼンマイを巻き上げる機械(!)があり、時計師が作業を行っていた。写真撮影はもちろん、見学も不可能だが、今回は特別に見せてもらった。ひとつはヒゲゼンマイの外端を持ち上げる機械。もうひとつは持ち上げた外端を成型する機械。ふたつの機械で大まかな形を成型し、時計師が形状を整えていく。機械を操作するのは、ヒゲゼンマイを調整する時計師。正直、グランドセイコースタジオ 雫石にこんな機械があるとは想像もしていなかった。
テンプに固定された巻き上げヒゲは、振れ取りを行い、ヒゲ持ちを回して等時性を調整する。緩急針を持たないフリースプラングも、外端を巻き上げた巻き上げヒゲも、等時性の調整は不可能とされてきたが、9SA5は、ヒゲ持ちを回すことで可能になった。筆者の知る限りで言うと、等時性を調整できるフリースプラングテンプは本作がおそらく初だろう。グランドセイコーのヒゲゼンマイを調整する伊藤勉氏はこう語る。「外端を回すことで等時性の調整は可能です。精度は高いし、GS検定の合格率も高いですね」。
17日間のGS検定の前には、10日間のエイジングがある
6姿勢、3温度でムーブメントの精度をチェックするGS検定。C.O.S.C.クロノメーター(The Contrôle Officiel Suisse des Chronomètre)検定との一番の違いは、1姿勢(12時上位置での精度)が追加されていること。12時上位置の精度を追い込まなければ5姿勢の精度は出せるが、6姿勢になるといきなり難しくなる。また、グランドセイコースタジオ 雫石では、組みあがったムーブメントを10日間エイジングし、精度が安定したものをチェックしている。検定する「島」にはエイジング用のスペースが設けられ、完成したムーブメントが保管されていた。
鬼ケーシングは新工房でも同じ
セイコーエプソンの製造するスプリングドライブとクォーツ、セイコーウオッチの手掛けるメカニカル。これらに共通するのは、優れたケーシングだ。完成したムーブメントに文字盤と針を取り付け、ケースに収めるケーシングの工程。部品をしっかりと固定し、ムーブメントを歪みなくケースに収めるだけだが、時計の見栄えを決める重要な工程だ。それだけに難しい。もちろん、ホコリが入ったらアウトである。外装部品の精度が上がった現在、昔ほどケーシングは難しくなくなった、と言われる。しかし、ケーシングの上手い下手は見る人が見れば一目で分かる。
グランドセイコースタジオ 雫石では、ケーシングを時計師が行っている。ムーブメントを組める人がケーシングを行うのは贅沢だが、だからこそ、きちんとした仕上がりになるわけだ。手作業で針と文字盤を取り付け、機械止つめとネジでムーブメントと中枠をケースに固定する。ネジには緩み止めを塗布するという手間をかけている。そしてルーペで見ながら埃を丁寧に取っていく。驚くほどの入念さだが、これがグランドセイコーの評価を高める一因だろう。マクロレンズで拡大しても、針には傷ひとつないし、見返しと文字盤のクリアランスもすべて一定なのだ。ケーシングが悪い時計だと、決してこういったディテールは持てないのである。
セイコーファン狂喜の「アレ」と雫石限定モデル
組立・調整工房を抜けると、2階に上がる階段がある。踊り場には大きな窓があり、組立・調整工房を上から見下ろせる。グランドセイコースタジオ 雫石は、建屋の梁を減らし、壁を強調した構造に特徴がある。その抜けのいい構造は一目瞭然だ。踊り場を上がると、岩手山を望むラウンジが広がる。入り口近くには岩谷堂箪笥の作業机があり、ちょっとした時計師気分が味わえる。
壁際にはいくつかのディスプレーが並んでいる。盛岡セイコー工業を俯瞰した建築模型、グランドセイコースタジオ 雫石の設計模型、そしてセイコーファン狂喜のアレ、つまりは「T0 コンスタントフォース・トゥールビヨン」の実機である。実機の左右には構成部品が並べられ、T0の全容が一目瞭然だ。正直、この展示を見るためだけでも、グランドセイコースタジオ 雫石は訪問する価値がある。
プラスしてグランドセイコースタジオ 雫石には、もうひとつスペシャルがある。この工房で組み立てた実機を触れるだけでなく、奥のショップで時計を買うことも可能なのだ。もっとも、購入できるのはグランドセイコースタジオ 雫石限定モデルに限られる。4つのモデルは、自動巻きのローターに「Shizukuishi Limited」の刻印を施したもの。さらに文字盤を変更した「グランドセイコースタジオ雫石 オリジナルモデルSBGH283」も新たに加わった。これはローターだけでなく、文字盤を深い緑に改め、微妙なストライプを施したもの。現地でしか買えない5つの雫石限定モデルは、もっとも入手の難しい、グランドセイコーファン垂涎のモデルだろう。
ウォッチツーリズムの場になり得るグランドセイコースタジオ 雫石
本来ならば、グランドセイコースタジオ 雫石は2020年の6月10日にお披露目の予定だった。しかし、コロナ禍により、今なおほぼすべてのメディアと一般には公開されていない。もっともセイコー曰く、コロナ禍が落ち着いたら予約制で一般公開を行うとのこと。グランドセイコーファンのみならず、日本の時計好きならば、一度は足を運ぶべきだろう。加えて言うと、盛岡ではわんこそば、盛岡冷麺、じゃじゃ麺などが味わえるほか(盛岡の焼肉はかなり魅力的だ)、グランドセイコースタジオ 雫石のすぐそばには、小岩井農場や名湯・繋温泉もある。観光地として名高い八幡平や田沢湖も、雫石からは目と鼻の先だ。グランドセイコーを見て、食事に舌鼓を打ち、温泉を楽しみ、そして観光地を巡る。グランドセイコースタジオ 雫石とは、そういう「ウォッチツーリズム」を楽しめる場所なのだ。
余談:アクセスはクルマがお勧め、でもバスもありだよ
雫石のはずれにあるグランドセイコースタジオ 雫石には、車で行くことをお勧めしたい。観光したいならなおさらだ。仮に車がない場合は、盛岡駅東口の10番乗り場から岩手県交通バスの雫石営業所行きに乗り、鳳温泉前か尾入野で下車するのが、盛岡セイコー工業への最短ルートだ。所要時間は約20分、金額は540円。行き帰りとも、バスは1時間に1本あるので、アクセスは悪くない。盛岡駅からタクシーを使う場合、料金は約4000円である。JR東日本の小岩井駅からは歩いていけるが、約3キロあるためお勧めはしない。
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https://www.webchronos.net/2020-new-watches/45416/
https://www.webchronos.net/features/34257/