聖地初訪問!グランドセイコースタジオ 雫石でグランドセイコーの底力を見る(後編)

FEATUREその他
2020.09.28

2020年7月20日、グランドセイコーのメカニカルを製造する盛岡セイコー工業(岩手県雫石町)の雫石高級時計工房内に、時計師がグランドセイコーの組立・調整を行う専門工房や展示スペースなどを設けた「グランドセイコースタジオ 雫石」がオープンした。地元メディアへのお披露目はされたが、時計メディアには未公開。一足早く、新しいスタジオの全容をお届けする。

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https://www.webchronos.net/features/52945

広田雅将(クロノス日本版):取材・文・写真
Text and Photographs by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)



グランドセイコーの新たな聖地となるのが、グランドセイコースタジオ 雫石(一般公開の時期は未定)。グランドセイコーの哲学である「THE NATURE OF TIME」を反映した2階建ての木造建築である。建屋の左に見えるのは、1979年に植えられたユリの木。グランドセイコースタジオ 雫石のシンボルツリーだ。
〒020-0596 岩手県岩手郡雫石町板橋61-1
建築面積:1,858.45㎡
延床面積:2,095.01㎡


9SA5の鍵を握る、自社製のヒゲゼンマイ製造器

9SA5の日の裏(文字盤)側。飾り板とデイトリングを省いた状態である。美観を重視しただけあって、デイトリングの下側にもペルラージュが施されている。

 工房内では、2020年に発表された9SA5が組立中だった。これは、新しいデュアルインパルス脱進機に加えて、グランドセイコーフリースプラング、そして巻き上げヒゲを採用したものだ。ヒゲゼンマイの外端を内側に巻き上げた巻き上げヒゲは、理論上高い等時性を持っている。しかし製造コストがかかるため、採用はごく一部のメーカーに限られる。量産は無理と思っていたが、グランドセイコースタジオ 雫石を訪問して疑問は晴れた。工房内の一角にはヒゲゼンマイを巻き上げる機械(!)があり、時計師が作業を行っていた。写真撮影はもちろん、見学も不可能だが、今回は特別に見せてもらった。ひとつはヒゲゼンマイの外端を持ち上げる機械。もうひとつは持ち上げた外端を成型する機械。ふたつの機械で大まかな形を成型し、時計師が形状を整えていく。機械を操作するのは、ヒゲゼンマイを調整する時計師。正直、グランドセイコースタジオ 雫石にこんな機械があるとは想像もしていなかった。

 テンプに固定された巻き上げヒゲは、振れ取りを行い、ヒゲ持ちを回して等時性を調整する。緩急針を持たないフリースプラングも、外端を巻き上げた巻き上げヒゲも、等時性の調整は不可能とされてきたが、9SA5は、ヒゲ持ちを回すことで可能になった。筆者の知る限りで言うと、等時性を調整できるフリースプラングテンプは本作がおそらく初だろう。グランドセイコーのヒゲゼンマイを調整する伊藤勉氏はこう語る。「外端を回すことで等時性の調整は可能です。精度は高いし、GS検定の合格率も高いですね」。

グランドセイコーに高い精度をもたらすのが、ヒゲゼンマイの調整である。形状の修正はもちろんのこと、等時性を追い込む調整も行っている。手前に見えるのが、調整の第一人者である伊藤勉氏。


17日間のGS検定の前には、10日間のエイジングがある

 6姿勢、3温度でムーブメントの精度をチェックするGS検定。C.O.S.C.クロノメーター(The Contrôle Officiel Suisse des Chronomètre)検定との一番の違いは、1姿勢(12時上位置での精度)が追加されていること。12時上位置の精度を追い込まなければ5姿勢の精度は出せるが、6姿勢になるといきなり難しくなる。また、グランドセイコースタジオ 雫石では、組みあがったムーブメントを10日間エイジングし、精度が安定したものをチェックしている。検定する「島」にはエイジング用のスペースが設けられ、完成したムーブメントが保管されていた。

時計師の卓上には昔の歩度測定器もあった。「セイコー電子工業 92年12月」との刻印がある。セイコーインスツル(現セイコーウオッチ)が機械式時計の再生産を始めたころからの測定器だ。

お馴染みGS検定の様子。雫石高級時計工房では奥まったスペースにあったが、新工房では工程の中心に据えられた。隣の島で調整を行えるため、ムーブメントを動かす手間は減ったとのこと。

調整されたムーブメントは10日間のエイジングを受けて、GS検定に回される。ムーブメントを並べた机には「エージング中 机にぶつからないでください!」の表記がある。


鬼ケーシングは新工房でも同じ

 セイコーエプソンの製造するスプリングドライブとクォーツ、セイコーウオッチの手掛けるメカニカル。これらに共通するのは、優れたケーシングだ。完成したムーブメントに文字盤と針を取り付け、ケースに収めるケーシングの工程。部品をしっかりと固定し、ムーブメントを歪みなくケースに収めるだけだが、時計の見栄えを決める重要な工程だ。それだけに難しい。もちろん、ホコリが入ったらアウトである。外装部品の精度が上がった現在、昔ほどケーシングは難しくなくなった、と言われる。しかし、ケーシングの上手い下手は見る人が見れば一目で分かる。

 グランドセイコースタジオ 雫石では、ケーシングを時計師が行っている。ムーブメントを組める人がケーシングを行うのは贅沢だが、だからこそ、きちんとした仕上がりになるわけだ。手作業で針と文字盤を取り付け、機械止つめとネジでムーブメントと中枠をケースに固定する。ネジには緩み止めを塗布するという手間をかけている。そしてルーペで見ながら埃を丁寧に取っていく。驚くほどの入念さだが、これがグランドセイコーの評価を高める一因だろう。マクロレンズで拡大しても、針には傷ひとつないし、見返しと文字盤のクリアランスもすべて一定なのだ。ケーシングが悪い時計だと、決してこういったディテールは持てないのである。

防水検査の工程。5気圧で空気テストを行った後、水中で加圧テストを行い、その後、凝縮試験機に時計を並べ、水滴を落としてチェックする。

グランドセイコーのバンド付けにも、熟練した腕がいる。手前に見える女性は「伝説の職人」と言われる人だ。素早い手つきで、傷が付かないようにバンドを取り付けていく。


セイコーファン狂喜の「アレ」と雫石限定モデル

踊り場からは、組立・調整の工程を一望できる。梁を減らした構造が一目瞭然だ。手前に見えるのはケーシングの検査工程である。

 組立・調整工房を抜けると、2階に上がる階段がある。踊り場には大きな窓があり、組立・調整工房を上から見下ろせる。グランドセイコースタジオ 雫石は、建屋の梁を減らし、壁を強調した構造に特徴がある。その抜けのいい構造は一目瞭然だ。踊り場を上がると、岩手山を望むラウンジが広がる。入り口近くには岩谷堂箪笥の作業机があり、ちょっとした時計師気分が味わえる。

グランドセイコースタジオ 雫石の2階には、ビジター用のラウンジがある。実際に時計を手に取れるほか、グランドセイコースタジオ 雫石限定モデルの購入も可能だ。

天気が良ければ、ラウンジから岩手山が望める。その麓に広がるのは小岩井農場だ。盛岡セイコー工業を出て4キロほど北上すると、小岩井農場に至る。

ビジターに好まれそうなのが、ラウンジに置かれた机である。時計師が使用するものとまったく同じ、岩谷堂箪笥の時計師の作業机だ。

 壁際にはいくつかのディスプレーが並んでいる。盛岡セイコー工業を俯瞰した建築模型、グランドセイコースタジオ 雫石の設計模型、そしてセイコーファン狂喜のアレ、つまりは「T0 コンスタントフォース・トゥールビヨン」の実機である。実機の左右には構成部品が並べられ、T0の全容が一目瞭然だ。正直、この展示を見るためだけでも、グランドセイコースタジオ 雫石は訪問する価値がある。

ラウンジに置かれた盛岡セイコー工業の建築模型。手前に見える黒い屋根の建屋が、グランドセイコースタジオ 雫石だ。

こちらはグランドセイコースタジオ 雫石の模型。「THE NATURE OF TIME」というグランドセイコーの哲学を反映して、屋根から柱まですべて木材で作られている。

セイコーファンが驚喜するであろう「T0 コンスタントフォース・トゥールビヨン」が、ラウンジの中央に鎮座している。常設されるのはグランドセイコースタジオ 雫石のみ。これを見るためだけでも、訪問する価値はある。

 プラスしてグランドセイコースタジオ 雫石には、もうひとつスペシャルがある。この工房で組み立てた実機を触れるだけでなく、奥のショップで時計を買うことも可能なのだ。もっとも、購入できるのはグランドセイコースタジオ 雫石限定モデルに限られる。4つのモデルは、自動巻きのローターに「Shizukuishi Limited」の刻印を施したもの。さらに文字盤を変更した「グランドセイコースタジオ雫石 オリジナルモデルSBGH283」も新たに加わった。これはローターだけでなく、文字盤を深い緑に改め、微妙なストライプを施したもの。現地でしか買えない5つの雫石限定モデルは、もっとも入手の難しい、グランドセイコーファン垂涎のモデルだろう。

グランドセイコースタジオ雫石でしか買えない限定モデルのひとつが「グランドセイコースタジオ雫石 オリジナルモデルSBGH283」だ。ベースとなったのはハイビートの9S85を搭載するメカニカルハイビート36000。文字盤を岩手山をイメージした深緑に変更し、微妙な縦筋目を施すほか、ローターが「Shizukuishi Limited」の刻印がある金色のものに変更されている。72万6000円(税込)。


ウォッチツーリズムの場になり得るグランドセイコースタジオ 雫石

時計の工房だけあって、ディテールも凝っている。これは展示スペースの椅子。角が面取りされている。

 本来ならば、グランドセイコースタジオ 雫石は2020年の6月10日にお披露目の予定だった。しかし、コロナ禍により、今なおほぼすべてのメディアと一般には公開されていない。もっともセイコー曰く、コロナ禍が落ち着いたら予約制で一般公開を行うとのこと。グランドセイコーファンのみならず、日本の時計好きならば、一度は足を運ぶべきだろう。加えて言うと、盛岡ではわんこそば、盛岡冷麺、じゃじゃ麺などが味わえるほか(盛岡の焼肉はかなり魅力的だ)、グランドセイコースタジオ 雫石のすぐそばには、小岩井農場や名湯・繋温泉もある。観光地として名高い八幡平や田沢湖も、雫石からは目と鼻の先だ。グランドセイコーを見て、食事に舌鼓を打ち、温泉を楽しみ、そして観光地を巡る。グランドセイコースタジオ 雫石とは、そういう「ウォッチツーリズム」を楽しめる場所なのだ。

こちらは大和張りの壁のアップ。やはり角は面取りされている。ムーブメントマニアならにやりとすること間違いなし。

1階から2階に上がる階段には手すりが付いている。当然、手すりの角も面が落とされている。

マニア向けのショット。ロゴに注目。湿温度や使用電力量などを計測・見える化し、適切な職場環境管理や省エネに役立てている。

グランドセイコースタジオ 雫石の奥には応接室もある。置かれた家具は、飛騨産業100周年記念モデルの「クマヒダ」。隈研吾氏のデザインした家具である。


余談:アクセスはクルマがお勧め、でもバスもありだよ

 雫石のはずれにあるグランドセイコースタジオ 雫石には、車で行くことをお勧めしたい。観光したいならなおさらだ。仮に車がない場合は、盛岡駅東口の10番乗り場から岩手県交通バスの雫石営業所行きに乗り、鳳温泉前か尾入野で下車するのが、盛岡セイコー工業への最短ルートだ。所要時間は約20分、金額は540円。行き帰りとも、バスは1時間に1本あるので、アクセスは悪くない。盛岡駅からタクシーを使う場合、料金は約4000円である。JR東日本の小岩井駅からは歩いていけるが、約3キロあるためお勧めはしない。

グランドセイコースタジオ 雫石へのアクセス。国道46号を盛岡から秋田方面に向かい、長山街道に入ってしばらく行くと、グランドセイコースタジオ 雫石のエントランスがある(一般公開の時期は、2020年9月末の時点で未定)。


【動画】世界初撮り下ろし!! グランドセイコー「T0 コンスタントフォース・トゥールビヨン」

https://www.webchronos.net/features/53194/
2020年 グランドセイコーの新作時計 5モデルを紹介
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グランドセイコーの魅力。選び方や注目モデル

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