新型コロナウイルスの発生源とされながらも、世界に先駆けてウイルス感染を抑え込んだように見える中国に注目が集まっている。世界経済が大きく落ち込み、回復の兆しが見通せない中、中国経済の動向は否応なしに世界に大きな影響を与えるだろう。同様に、世界の時計市場は今後、どうなっていくのだろうか?気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が最新の統計データから考察する。
安堂ミキオ:イラスト
時計市場でも中国本土の存在感が強大に
新型コロナウイルスの世界での蔓延がなかなか収息しない中で、発生源とされた中国の経済活動が真っ先に回復している。財務省の貿易統計によると、日本から中国向けの輸出は今年1月から6月まで対前年同月比でマイナスが続いていたが、7月は8.1%増と大幅な伸びになった。
輸入はいまだにマイナスが続いているため、輸出と輸入を合わせた7月の貿易額は9.7%の減少だが、米国の21.6%減に比べれば遥かに小さい。
2020年最大の貿易相手国になる中国
中国との貿易額は2月に47.0%減と真っ先に落ち込んだ。武漢などでの都市封鎖が広がったためだが、この時、米国はまだ3.7%減にとどまっていた。それが、中国が3月に4.4%減に急回復したのとは対照的に、米国は10.5%減と2桁のマイナスに沈み、5月には40.3%減と最悪の落ち込みになった。
中国と米国は日本にとって貿易相手国の双璧だ。2018年には中国がわずかながら米国を上回ったが、2019年は再び米国が最大の相手国になっていた。米国での新型コロナが収まらず、経済活動が本格的に再開できない状態が続けば、2020年は中国が最大の貿易相手国になることはほぼ間違いない。
新型コロナの打撃から真っ先に立ち直った中国が、世界経済の中で存在感を一段と増すことになるだろう。
同様に、世界の高級時計市場においても中国の存在感が一層高まることになりそうだ。本欄でお馴染みのスイス時計協会の統計によると、7月のスイス時計の輸出額は、中国本土向けが2億4200万スイスフラン(約279億円)と前年同月比59.1%増という大幅な伸びを記録した。新型コロナで中国のディーラーの輸入が止まっていたものが、一気に復活したということだろう。
7月単月としては中国本土向けがぶっち切りのトップで、ついで米国の1億9060万スイスフラン(前年同月比0.6%減の219億円)が続いた。トップ常連だった香港は42.9%減と大幅なマイナスが続いており、3位に後退した。香港は中国政府による国家安全維持法の制定によって、米国をはじめ欧米諸国が貿易面での特権を取り消すなど、「自由貿易都市」としての色彩が一気に失われている。
1月から7月までのスイス時計輸出額の累計を見ても、中国本土がトップで、前年同期比でも4.2%減まで持ち直している。2位は米国(前年同期比は26. 8%減)、3位は香港(同51. 3%減)、4 位は日本(同34. 9%減)となっている。このままでいくと2020年の年間でも中国本土がトップとなり、スイス時計の最大市場に躍り出ることになりそうだ。
だが、中国が高級時計の最大の市場になることには、日本の高級時計販売店は複雑だろう。ここ数年のインバウンド消費を支えてきた中国人観光客が入国制限の影響で、ピタリと途絶えてしまっているからだ。
想定外の打撃が追い打ちに
日本政府観光局(J NTO)の推計によると、日本を訪れた訪日外国人は4月以降7月まで99.9%減が続いている。2019年は3188万人と過去最多を記録したが、2020年はこのままでは400万人強にとどまる可能性もある。
外国人消費額は2019年に4兆8135億円に達し、オリンピック・パラリンピックが開かれる予定だった2020年には8兆円に達するという皮算用だったが、1-3月の7071億円を最後に4-6月は調査すら中止になっており、昨年対比でも4兆円が消えることになる。8兆円の目標からすれば、7兆円が夢と消えることになりそうで、訪日外国人を期待していた小売店にとっては大打撃どころの話ではない。
中国本土向けの時計輸出の増加も、香港や日本で中国人旅行者が購入していた分が、国内に回帰していると見ることもできる。海外からの旅行者に売り上げ、利益を依存してきた百貨店などは、当面の間、試練の時となる。
加えて、日本国内の消費減退も影を落とすことになりそうだ。ひとり一律10万円の定額給付金で、生活にまだ不安を感じていない層の人たちが、家電商品と並んで時計なども購入している。10万円という金額で買える、日頃ならば我慢しているような「ちょっとした贅沢品」
に消費が向いているのだ。
だが、企業の赤字決算が続々と表面化するなど、景気悪化が明らかになり、年末の賞与などが大幅に減額される企業などが出てくると、人々の財布のヒモは一気に締まると予想される。政府が何らかの追加対策を取らなければ、年末商戦は惨憺たるものに終わる可能性がある。
磯山友幸
経済ジャーナリスト。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年3月末に独立。著書に『「理」と「情」の狭間 大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。現在、経済政策を中心に政・財・官界を幅広く取材中。
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