どんなものにも名前があり、名前にはどれも意味や名付けられた理由がある。では、有名なあの時計のあの名前には、どんな由来があるのだろうか? このコラムでは、時計にまつわる名前の秘密を探り、その逸話とともに紹介する。
今回は、1977年に誕生した「222」を“祖”とするとされるヴァシュロン・コンスタンタン「オーヴァーシーズ」の名前の由来をひもとく。
(2020年10月03日掲載記事)
ヴァシュロン・コンスタンタン「オーヴァーシーズ」
ヴァシュロン・コンスタンタンの「オーヴァーシーズ」が売れている。理由のいちばんは、ラグジュアリースポーツウォッチであることだ。
そしてもうひとつ。時計ファンにとってより魅力的なのが「オーヴァーシーズ」の祖が「222」だということだ。
ラグジュアリースポーツウォッチというジャンルが生まれたのは1970年代のこと。その元祖が、1972年に発表されたオーデマ ピゲ「ロイヤル オーク」と、1976年に発表されたパテック フィリップ「ノーチラス」である。
「222」もまたラグジュアリースポーツウォッチの元祖とされる。誕生は1977年。「222」という名前はヴァシュロン・コンスタンタンの創業222周年記念モデルであったことに由来する。
そして「222」と「ロイヤル オーク」「ノーチラス」の、この3モデルの関係がおもしろいのだ。
まず、デザインが似ている。「ロイヤル オーク」と「ノーチラス」は、ともにジェラルド・ジェンタのデザイン。そのため、この2モデルが似ているのは当然といえる。対して「222」はヨルグ・イゼックのデザイン。だが「222」も「ロイヤル オーク」と「ノーチラス」によく似ているのだ。
そのため「222」もジェラルド・ジェンタのデザインと思われていたぐらい。裏蓋と一体化したケースに、正面からムーブメントを搭載し、ベゼルで閉じる2ピース構造はまったく同じ。薄型のケースに厚みのあるベゼルを組み合わせることで立体的に見せる手法もまったく同じだ。
そして、この3モデルはまったく同じムーブメントを搭載していた。ジャガー・ルクルトが1967年に開発した「Cal.920」で、オーデマ ピゲは「Cal.2121」、ヴァシュロン・コンスタンタンは「Cal.1120」と命名。パテック フィリップはパーツで供給を受け改造したものを「Cal.28-255C」と名付け使用した。
つまり「222」と「ロイヤル オーク」「ノーチラス」はデザインもムーブメントも同じ。いわば兄弟機のような関係だったのだ。
そして時計ファンは、そこがうれしい。「222」を祖とする「オーヴァーシーズ」と「ロイヤル オーク」と「ノーチラス」が並んでいると、ついウフフと笑みが浮かんでしまう。まぁ、好事家の密かな愉しみだ。
だが、しかし。大きな疑問がひとつある。それは「オーヴァーシーズ」の祖が本当に「222」なのかということだ。
現在の「オーヴァーシーズ」は2016年に発表された第3世代。第1世代が誕生したのは1996年。そしてその第1世代が「222」というよりも、むしろ「フィディアス」に似ているのである。
「222」の後継モデルが1984年に発表された「333」、その後継モデルが1989年に発表された「フィディアス」だ。「333」は「222」の特徴である、ブレスレットの中央のコマを6角形にしたデザインを踏襲。
しかし「フィディアス」は、ブレスレットの中央のコマを4角形に、その中央部を凹ませた印象的なデザインを特徴とした。そして第1世代の「オーヴァーシーズ」は、その「フィディアス」のブレスレットのデザインを、ほぼそのまま継承しているのだ。
だから「オーヴァーシーズ」は「222」「333」「フィディアス」と、ごく普通に進化してきたもの。ことさらに「オーヴァーシーズの祖は222である」というのは違うのではないか。そう思うのだ。
そして実際、2004年に「オーヴァーシーズ」が第2世代になると、ブレスレットは中央部分をマルタ十字のかたちにしたワンピースとなり、もはや「フィディアス」にも似ていないデザインになる。まさに純然たる進化だ。
では「オーヴァーシーズ」が「222」とまったく無縁か?というと、そうでもない。
第1世代からの一大特徴であるマルタ十字をモチーフにしたベゼルは、明らかに「222」のデザインを受け継いだものだ。また前記した、薄型ケースに厚いベゼルを組み合わせ、立体感を出す手法も「333」と「フィディアス」には受け継がれなかった、「222」からの直接のものである。さらに第3世代で加えられたベゼル下のディスクは、まさしく「222」のデザインを継承している。
で、だから「オーヴァーシーズ」は「222」を祖とするのか、しないのか? それが結局、よく分からない。筆者の調査不足かもしれないし、そもそも分からないことなのかもしれない。
事実、調べていくと「オーヴァーシーズをロイヤル オークのようなスポーツウォッチにするつもりはない」という発言の記録があったりする。「スポーツウォッチではなくスポーティーウォッチ」という発言もある。だが「222」のことを持ち出したのは、ほかならないヴァシュロン・コンスタンタンだ。第3世代の発表時のリリースには「222」が「オーヴァーシーズ」の開発に「インスピレーションを与えた」と書かれていたりもする。
だから本当に分からない。もしかするとヴァシュロン・コンスタンタン自身も分からなくなっているのかもしれない。
ただ、それでもひとつ確かなことがある。「オーヴァーシーズ」という名前だ。
「オーヴァーシーズ」=「Overseas」は直訳すれば「海を越える」という意味。つまり、ヴァシュロン・コンスタンタンはこのモデルを「旅の時計」「トラベルウォッチ」と位置付けて開発した。第1世代と第2世代の裏蓋に描かれていた帆船や、シースルーバックになった第3世代の自動巻きローターに印されたコンパスの図柄もその証拠だ。
だから「スポーツウォッチではなくスポーティーウォッチ」ということ。すなわち「オーヴァーシーズはラグジュアリースポーツウォッチではない」というのがヴァシュロン・コンスタンタンの真実なのだろう。
ただし、それはあまり重要ではない。
たとえば、小説や音楽、映画の評価を決めるのは、その作品の作者ではなく、受け止める側の読者やリスナー、観客だ。たとえ作家が純文学を書いたつもりでも、コメディーとして楽しまれれば、それはコメディーだ。ロックを歌ったつもりでも、演歌として愛聴されれば、それは演歌である。
それと同じに、ヴァシュロン・コンスタンタンがどうであれ、時計ファンがそう思えば「オーヴァーシーズ」はラグジュアリースポーツウォッチなのだ。
そして、筆者も「オーヴァーシーズ」は素晴らしいラグジュアリースポーツウォッチだと思う。だから、いまの人気を祝福したい。そうして、できれば手に入れたい。無類のラグジュアリースポーツウォッチ好きとしては、心からそう思うのだ。
2016年に刷新された第3世代のオーヴァーシーズ。これは2020年に発表された新作。3針のオーヴァーシーズ初となるゴールド製ブレスレットを装備。電解処理した文字盤の上にブルーラッカーを重ねることで、輝きのある鮮烈なブルーダイアルを実現。ゴールド製ブレスレットに加え、アリゲーターとラバーストラップが付属する。いずれもインターチェンジャブル式。自動巻き(Cal.5100)。37石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KPG(直径41mm、厚さ11mm)。15気圧防水。520万円(税別)。
ライター、編集者。『LEON』『MADURO』などで男のライフスタイル全般について執筆。webマガジン『FORZA STYLE』にて時計連載や動画出演など多数。
Contact info: ヴァシュロン・コンスタンタン Tel.0120-63-1755
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