2001年に創設された「ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(Grand Prix d’Horlogerie de Genève=GPHG)」は今や、業界で最も重要なアワードとしての地位を確立した。ここではGPHGがどのようにして始まったのかはもちろん、ブランド間の競争をいかにして促進し、さらにはこの20年間でイベントがどれほど進化したのかを振り返ってみたい。
Text by Roger Ruegger
Edit by Yuzo Takeishi
GPHGは「最も注目に値する現代の作品を讃え、世界中の時計製造技術を宣伝する」目的で2001年に創設。メンバーにはジュネーブ州、ジュネーブ市、ラ・ショー・ド・フォンにある国際時計博物館(MIH)、ジュネーブ時計・マイクロエンジニアリング研究所(タイムラボ)、そして複合企業グループのエディプレッスが名を連ねている。2019年まで時計ブランドは14のカテゴリーに対し、最も有望なモデルを(比較的少額の)参加費用を払ってエントリー。最終選考に残った時計は追加費用を支払うことで、その後、世界を巡回するエキシビションに参加することができた。GPHGのディレクターであるカリンヌ・マイヤーは次のように述べている。
「GPHGはショウケースメディアであり、また優れたプロモーションツールです。事前に選ばれた時計が、毎年秋なると世界を巡回する特別なエキシビションで展示されるのです。受賞した時計は国際的なメディアによって十分に露出されます。そのため、すべてのブランドが参加できるよう、参加費用は極力抑えるようにしています」
言い換えれば、GPHGは参加を決めた時計ブランドから一定の財政支援を受けており(ちなみにスイス連邦とジュネーブ州、ジュネーブ市も他のスポンサーとともに財政支援を行なっている)、競争を望まないブランドは2019年まで紹介されてこなかった。これまでの受賞歴にロレックスの時計がひとつも見られないのはそのためだ(ただし、姉妹ブランドであるチューダーは定期的に参加しており、2013年に「ヘリテージ ブラックベイ」で受賞を果たしている)。この状況を改善するためにスタートしたのが「GPHGアカデミー」。GPHGは「2020年5月より稼働する国際時計産業アカデミーの設立を機に、開放的で革新的な取り組みを行う」ことを明らかにした。
このグループを構成するのは、ブランドの代表者を含む業界の数百人のメンバーで、各メンバーは2020年の開催時に設けられる14カテゴリーのうち、少なくとも8つのカテゴリーに対して1〜12本の時計を提案する責任が課せられる。もちろん、引き続き各ブランドは時計を直接エントリーでき、そのエントリーを決定することも可能になっている。つまり理論的には、2020年には350人のアカデミーのメンバーが2800の追加エントリーを行う必要があるということだ。この新しい規定により、エントリーの件数は大きく増えることになるが、最終決定を行う機関の規模としてはまだまだ小さい。受賞作品を決定する最終審査員は30人のアカデミーメンバーで構成されるが、そのうちの半数はランダムに選出。審査員は公証人立ち会いのもと、ジュネーブで非公開の会合を開き、事前に選んだ時計を検証し、最終的にどの時計を決勝に進めるかを無記名投票で決める。うまくいけばこの新しいコンセプトは透明性を高め、業界を代表する視点を提示することになるだろう。
透明性について言えば、WatchTimeは2019年にメディアパートナーとしてGPHGに参加し、直接的または間接的にアカデミーに関与している。リュディガー・ブーハー(WatchTimeの姉妹誌であるクロノス編集長)やジェフリー・キングストン(長年にわたるコレクターでWatchTimeの友人でもありイベントパートナー)は同アカデミーのメンバーであるし、ニュージャージーを拠点とし、フリーランスとしてWatchTimeにも寄稿しているロベルタ・ナースもそのメンバーに名を連ねている。
GPHGについてはっきりしていることは、これが最初の時計関連の賞ではなく、また唯一の賞でもないということだ。例えばドイツでは「Goldene Unruh(英語では「Golden Balance」)」が1998年より実施されており、2020年は約1万人の一般ユーザーが、243のエントリーのなかから「世界最高の時計」を選出した。ジュエリーの専門家による業界団体ジュエラー・オブ・アメリカが主催するGEMアワードは、MIHが1993年にスイスでスタートした「Prix Gaïa」と同様、「高級ジュエリーや高級時計の認知度向上に貢献した個人および企業の功績」を讃える目的で行われている。また、ポーランドの「CH24.pl」のような専門媒体は、「Revolution」誌が行なっているような「ウォッチ・オブ・ザ・イヤー」を、「Robb Report」では「ベスト・オブ・ザ・ベスト」を展開。加えて、iFデザイン賞やレッド・ドットのようなデザインコンクールも、時計部門を設けている。これに対しGPHGは、時計業界における黄金律を確立し、絶えず国際的な展開やリーチを増やし続けてきた。その結果GPHGは、ロレックス、オメガ、パテック フィリップといったブランドが参加していなくても「時計業界のオスカー」と呼ばれるに至ったのである。
その一方で、名前に「ジュネーブ」と冠しながらも、スイスのほかの地域やドイツ、日本のメーカーまでもが参加を続けている。2019年には196のエントリーのうち、84の時計が最終選考に残り、「金の針賞」を含む18の時計が11月にトロフィーを授与した。そのうちの2社(クドケとセイコー)はスイス外からの参加だ。2019年、上位に残った5つのブランドは(アルファベット順に)オーデマ ピゲ(4)、ブルガリ(5)、エルメス(4)、ユリス・ナルダン(4)、ゼニス(5)。なかでも最も熾烈だったのが「メンズ・コンプリケーション」カテゴリーで、エントリー数は23にも及んだ。そして2019年の「審査員特別賞」は、オンリーウォッチの創設者であるリュック・ペタヴィーノに贈られている(なお、オンリーウォッチでは2日後の2019年11月9日、ステンレススティール製のパテック フィリップ「グランドマスター・チャイム」が、最高額の3100万スイスフランで落札されている)。
最優秀モデル
初開催となった2001年GPHGにおいて権威ある「金の針賞」を獲得した最初のブランドは、ヴァシュロン・コンスタンタンの「レディ・キャラ」(Ref.17701/701G-7393)で、エメラルドカットのホワイトダイヤモンドを120個以上もあしらったモデルだった。このモデルは同年の「ジュエリーウォッチ」カテゴリーでも受賞。つまり、ジュネーブを拠点とするブランドは、7カテゴリーのうちの2つで賞を獲得したことになる。同じく2001年、「コンプリケーション」カテゴリーで受賞したのは、オーデマ ピゲの「エドワール・ピゲ ミニッツリピーター カリヨン」(Ref.2593PT)。パテック フィリップは「カラトラバ」(Ref.5120)で「ジュネーブシール」のカテゴリーを、グッチはアラームクロックの「レヴェイユ・ドゥ・ヴォワヤージュ」で「テーブルクロック」カテゴリーを制している。
また、「レディースウォッチ」部門ではブランパンの「クロノグラフ パステル フライバック」(Ref.2385F-192GC-52)が、「メンズウォッチ」部門ではルロワの「オスミオール・クロノグラフ」がそれぞれ受賞した。第1回はこのような結果だったが、2019年の授賞式では部門数が7から18に増え、「金の針賞」はオーデマ ピゲの「ロイヤル オーク パーペチュアル カレンダー ウルトラシン」(Ref.26586IP.OO.1240IP.01)が獲得している。
他のアワードと同様に、受賞を逃したエントリーモデルでも、受賞モデルと同じように注目される。少人数の審査員で構成されるGPGHのようなアワードは、商業的成功やエンドユーザー間での人気を考慮する必要はない。過去20年間の受賞モデルを振り返ってみると、受賞に値しないブランドはほとんどないが、逆に受賞すべきブランドはほかにもたくさんあるのだ。そこで、ブランドが参入する機会を(見方によってはインセンティブを)増やすために、主催者はカテゴリーの追加や、カテゴリー名の変更を行なっている。例えばGPHGは2年目に「審査員特別賞」を設けたことをはじめ(このときはF.P.ジュルヌの「オクタ カレンダー」が受賞)、「掛け時計」部門は「デザインウォッチ」部門に変更され、さらに2つの一般審査賞が追加されている(最後の受賞モデルは2016年のチャペック「ケ・デ・ベルク No.33 ビス」)。2003年には「スポーツウォッチ」部門が追加され、これは2019年に「ダイバーズウォッチ」部門へとカテゴリー名が変更されている。つまり、創設当初から変わらず残っているのは「メンズウォッチ」「レディースウォッチ」の部門賞と「金の針賞」のみということになる。
これまでに開催された19回を振り返ると、F.P.ジュルヌが3回「金の針賞」を受賞(2004年、2006年、2008年)。これに続くのがヴァシュロン・コンスタンタン(2001年、2005年)とグルーベル フォルセイ(2010年、2015年)、パテック フィリップ(2002年、2003年)の2回。リシャール・ミル(2007年)、A. ランゲ&ゾーネ(2009年)、ドゥ・ベトゥーン(2011年)、タグ・ホイヤー(2012年)、ジラール・ペルゴ(2013年)、ブレゲ(2014年)、フェルディナンド・ベルトゥー(2015年)、ショパール(2016年)、ボヴェ(2018年)、オーデマ ピゲ(2019年)がそれぞれ1回の受賞を果たしている。これをみると審査員が高級時計を好む傾向にあることが分かるだろう。また、オーデマ ピゲは最も受賞数が多いブランドで、驚くことに13の部門賞を受賞し、さらに2019年には「金の針賞」を受賞。これに続くのがヴァシュロン・コンスタンタン(8つの部門賞と2回の「金の針賞」)と、タグ・ホイヤー(8つの部門賞と「金の針賞」)となっている。
印象的なのはカリ・ヴティライネンの実績だろう。独立時計師のなかでも有名かつ、その評価も高い人物で、年間25〜55本の生産本数ながら7度も受賞。これはゼニスやヴァン クリーフ&アーペルといったブランドに匹敵する。ヴティライネンは「メンズウォッチ賞」を4回受賞し(2007年、2013年、2015年、2019年)、F.P.ジュルヌがこれに続く(2003年、2005年)。「レディースウォッチ」部門で突出しているのはシャネルで4度の受賞歴(20012年、2017年、2018年、2019年)があり、ピアジェがこれに続き3回の受賞を果たしている(2008年、2009年、2016年)。そしてヴティライネンは「GPHGへの参加によって知名度は上がり、信頼性も高められます。他の誰かが受賞すればセールスに影響を与えますが、悪い影響はありません。GPHGは商業的利益に紐づいていない唯一の存在なのです」と語っている。
ブランドと新作のローンチパッドとして
その影響力とリーチ拡大によって、GPHGは新ブランドや新作発表の魅力的なプラットフォームになっている。例えばユリス・ナルダンは、2018年に新しいダイバーズウォッチを発表する場としてGPHGを選んだ。シンガポールを拠点とするミン(時計の組み立て、調整、テストはスイス、品質管理はマレーシアで行っている)は創業2年目の2019年にGPHGへのエントリーを決定し、「17.06 コッパー」は「オロロジカル・レヴェレイション賞」を受賞。同社の共同創設者であるマグナス・ボッセ博士は「作品をアピールでき、しかも私たちの仕事を認知してもらえるのは素晴らしいことです。このアワードは私たちを業界に迎えてくれる入り口となりましたし、時計業界のヒーローたちとステージを共にできるのは長年の夢でした。この夜のことは決して忘れられないでしょう!」とコメントしている。エキシビションでのメディア露出に次いで、授賞式、受賞作品、最終選考に残ったすべての時計は、秋になると世界を巡回するロードショーで展示される(2019年はシドニー、バンコク、メキシコシティ、プエブラ、ジュネーブ、ドバイで開催)。
ひとつ確かなのは、どんな授賞式でも一部の受賞モデルに対しては、その選考プロセスに関わっていない人々からの反対意見があるものだが、そんななかでもGPHGは素早い対応を示し、可能な限り包括的な存在となるべく新たにアカデミーを発足させた。今後、このコンセプトを適応、進化させることによって、バーゼルワールドのような発表の場がない状況でも、GPHGは業界全体の創造性とそれを披露する世界的なプラットフォームになっていくことだろう。
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