今回インプレッションを行ったのは、トゥルームの2020年新作「L collection -Break Line-」スイングジェネレータ搭載モデルだ。トゥルームは“最先端技術でアナログウォッチを極める”をコンセプトに、セイコーエプソン(以下エプソン)が2017年に立ち上げたウォッチブランドである。本作では、腕の動きによって発電するクォーツムーブメント「スイングジェネレータ」を採用し、光の届きにくい場所でも発電を可能とした。
クォーツ(Cal.ME25)。パワーリザーブ最長約180日間。Ti(縦52.9×横45.4mm、厚さ12.4mm)。10気圧防水。8万円(税別)。
(右)トゥルーム「L collection -Break Line-」Ref.TR-ME2006
クォーツ(Cal.ME25)。パワーリザーブ最長約180日間。Ti(縦52.9×横45.4mm、厚さ12.4mm)。10気圧防水。販売店限定。8万円(税別)。
Text and Photographs by Shinichi Sato
トゥルーム「L collection -Break Line-」スイングジェネレータ搭載モデル
エプソンは現在、腕時計の分野ではトゥルームの他に、オリエントスター、オリエント、スマートキャンバスを手掛けている。この中でトゥルームのブランドコンセプトは、"最先端技術でアナログウォッチを極める"ことにある。そのひとつの回答として、ローターの回転運動で発電するクォーツムーブメントを搭載した点が、本作の機構面でのトピックスである。
約1週間着用してみて、時計を駆動するエネルギー源が、自身の日々の活動である点に愛着を覚えつつ、その仕組みを考察するほどにエプソンの深く広い技術が詰め込まれているのを感じた。外観や着用感に加え、エプソンより動作原理について詳しい情報を開示いただけたので、その点に踏み込んでお伝えする。
アナログウォッチを極めるためにエプソンが出した答え
エプソンは1942年の創業当時より、時計の開発と製造を行ってきた。そこで得た知見をベースに、プリンターやプロジェクター、産業用ロボット、半導体、センシングシステムなどの幅広い分野で事業を展開し、それぞれで高い技術力を持つ企業となった。
エプソンの、センサーやデバイスの小型化、ウェアラブル化の技術など、各種加工技術を結集し、アナログウォッチを極めることを標榜するトゥルーム。では、アナログウォッチを突き詰めてゆく中で必要な要素とは何だろうか?
さまざまな腕時計の中で、長く着用する1本を筆者が選ぶなら、アナログ表示で自動巻きのものを選ぶ。アナログ表示は時刻が図として目に入るため、直感的に分かりやすい点がメリットである。自動巻きを選ぶのは、着用者の日々の活動によって主ゼンマイが巻き上がる点が、腕時計を長時間着用する際の楽しみのひとつであると感じるからだ。一方でクォーツ時計は、姿勢差やゼンマイの巻き上がり量による精度の変化とは無縁であり、厳密な時間管理が必要な場面で特にメリットがあると言える。
では本作はどうか? 搭載するキャリバーME25は、使用者の動きによって回転するローターで発電し、そこで得たエネルギーで正確に時を刻むアナログ表示のクォーツムーブメントなのだ。トゥルームが掲げるアナログウォッチを極める手段として、エプソンがスイングジェネレータと呼ぶこの機構に行きついたことには合点がいく。
回転運動で発電する原理自体は、自転車のダイナモライトで用いられているように単純であるが、実用的な腕時計としてまとめ上げるには、エプソンの高い技術力が必須であった。
エプソンならではの技術が活きたムーブメント
このスイングジェネレータでは、ローターと発電機の間に切り替え機構を設けず接続することでエネルギーのロスを低減し、運動エネルギーから電気エネルギーへの変換効率を高めている。また、ローターの両方向の動きで発電し、二次電池で蓄電している。文章上では発電と蓄電をセットに扱いがちであるが、発電は誘導起電力によって否応なく生じるのに対し、蓄電は電流の方向を整えつつ、過充電を防止しなければならない。この点には制御が必要となり、エプソンの技術力が欠かせない。
ローターの両方向の動きを蓄電に活用する場合、そのまま発電するとローターの時計回りと反時計回りの動きで生じる電圧は反転してしまうため、二次電池に印加(電圧を加えること)しても充電できない。機械時計的なアプローチで考えれば、セイコーのマジックレバーのような切り替え機構を搭載して、発電機の動きを一方向に整えるのが自然だ。一方、電子回路のアプローチでは、正負方向の電圧を二次電池に印加する前に、ダイオードブリッジで整流するのが単純な解決策となる。しかしこれではダイオードの順方向の電圧降下分は活用できなくなり、充電効率が大きく低下する。ローターの動きから得られるエネルギーは大きくないため、これはかなりの損失となる。
対してエプソンは、このふたつのアプローチをキャリバーME25では取らず、ダイオードとトランジスタを並列に並べてブリッジを形成し、ワンパッケージ化した充電用ICを採用した。しかもこれはエプソン製である。このICは、内蔵されるダイオードの順方向電圧を超える電圧が発生したのを検出すると、ダイオード両端をバイパスするトランジスタがオンとなり、充電のための電流が流れる仕組みである。トランジスタでの電圧降下はダイオードのそれと比較して桁違いに小さいため、発生した電圧を無駄なく活用することが可能となっている。さらにこのICには過充電防止機能まで備わっている。
以上の技術の積み重ねにより、高効率で安定した動作を安全に実現し、機械式の腕時計では得難い約180日のパワーリザーブを手に入れた。クォーツであるので、安定して動作する充電量以上であれば動作精度に変化が無く、忌まわしい姿勢差の呪縛もない。
質感と使用感の両方に配慮された外装
運動エネルギーを活用することで、暗所での使用シーンが多くても十分なエネルギーを蓄えることができる点は、より外部環境の影響を受けにくく、光発電に対してメリットがある。また、文字盤に光を透過させる必要がないため、文字盤素材の選択と表現に自由度が増す。このメリットを活かし、本作では凝った仕上げを施した金属製の文字盤が採用されている。
ホワイトとレッドのそれぞれの文字盤は発色が良く、針とのコントラストを高めるのに寄与している。また、2段に分かれた文字盤は内側が平滑で、レッドのモデルでは光に反射して濃淡が生まれ、外側の梨地の部分と表情が変わる。段の境目は細くポリッシュされ、金属の光沢が光る。視認性の邪魔をせずに、文字盤内に変化を作っている点は上手いと感じた。
ケースはチタン製で、プロテクトコーティングが施される。エッジが明確で、マットな風合いのコーティングも均一で美観に優れている。チタンは熱伝導率が低いため、肌に触れた時に冷たさを感じにくいのも寒い時期には良い。ケースにはセラミックベゼルが合わせられており、艶やかで発色が良く、見栄えがする。また、24時、6時、12時、18時の表記にはルミナスライトが施されている。
ホワイト文字盤の「TR-ME2010」には、航空機用タイヤコードにも使用される高張力ナイロン糸を使用したグリーンのGAIFU®製ナイロンストラップが、販売店限定モデルであるレッド文字盤の「TR-ME2006」には、赤いクロムエクセルレザーのストラップが合わせられる。どちらもサイドにパイピングが施され、肌にあたる内側はフラットとなるように仕立てられているため、しなやかで肌当たりが良い。また質感も優れている。
表示は24時間針、時分秒針を備え、3時位置に日付表示を備える。24時間針は、第2時間帯、例えば頻繁にリモート会議を行う海外拠点の時間に設定しておけば、ひと目で相手先の時刻を確認することができる。
リュウズはネジ込み式。1段引いて時針を1時間単位で調整する。2段引けば時分針と24時間針が調整可能だ。この価格で時針の単独修正を可能としたのは素晴らしい。その代わりに日付のクイックチェンジが無く、時針を24時間分進めたり戻したりして日付を変更する必要がある。実際の使用においては、パワーリザーブが約180日と非常に長く、満充電しておけば止まってしまう可能性は低い。この日付の変更も数カ月に一度操作するだけで良いはずなので気にならないだろう。
1日着用時の充電量の考察
自動巻きの機械式時計とキャリバーME25は、ローターが動くことでエネルギー源となる点は共通するが、エネルギー変換の部分で大きな差がある。自動巻き式の時計では、ローターが回転しさえすれば巻き上がってゆく(回転角の積算でゼンマイの巻き上がり量が決まる)。一方、キャリバーME25ではローターの回転速度が一定以上とならなければ充電されない(発生電圧は発電機ローターの角速度に比例する)。
そうすると、ローターがゆったりとしか動かないデスクワーク主体では充電されにくいと考えられる。この点に対応するためか、ゆったりとしたローターの動きでも発電機を十分な回転速度で動かすために、増速のための輪列を与えている。公表されている24時間稼働分の充電量を得るための目安を確認しよう。
・3分間のランニング
・5000歩の歩行(約40分)
・8時間のデスクワーク
ランニングならば3分程度で済む割に、歩行は40分必要、デスクワークでは8時間必要である。このあたりに、充電の特徴が現れているように感じる。ただし、計算上はトータル2500歩(20分程度)の歩行と、4時間のデスクワークで24時間分の充電が完了するので、多くの人が十分な充電量が得られると考えられる。充電効率は非常に高いと評価できるだろう。本来であれば、止まった状態から使い始めて充放電量の収支を調査してみたかったが、テスト機が手元に届いた段階で十分に充電されていたので叶わなかった。
日々の充電量に不安があっても、2時位置のスイッチを押すことでパワーリザーブ表示機能が働いて確認できるため心強い。筆者は、しばらく歩行した後に充電量を確認するのが、自分の活動がエネルギーとして蓄積されている実感があって楽しいと感じた。こういった点が愛着につながっていく。
デスクワーク中心の人が本作を安定して運用をするには、一度満充電にしてから使って、たまの外出でしっかり歩き、長い期間で収支をプラスにするのが良さそうだ。この運用方法であれば、長いパワーリザーブが大きなバッファーとなって、充電量が底を突くことは考えにくい。
装着感には注文を付けたい点がある
さて、ここまでは時計を構成する技術面に着目してきた。パッケージングはどうか?
コンパクトな時計を好む筆者の好みは差し引いたとしても、ケースはかなり大きい。ケース径は45.4mm、ラグ先端から先端まで52.9mmもある。筆者の手首は、日本人としてはやや太い周長17.5cmであるが、その上にギリギリ乗るサイズ感だ。着用すると、しなやかで腕に沿うストラップと、チタン製の軽量なケースのおかげで、ようやくバランスが取れている印象を受ける。腕の細い友人が着用すると、手に巻くと表現するよりヘッドと尾錠で腕を挟むようになってしまった。
明るい場所での視認性は、針と文字盤のコントラストが高くて良好である。針は文字盤の広さに比べて全般的に細く感じたので、好みを言えばもう少し太い方が良いと感じた。また暗所では、先端の蓄光部が小さくてインデックスの蓄光部に紛れやすいため、視認性が良いとは言えない。
フィットすると感じる時計のサイズは、好みの影響を大きく受けることは理解している。しかし、トゥルームが各種デバイスの小型化を得意とするエプソンの強みを生かすべく企画されている点と、本作が使用者の生み出すエネルギーで動き続ける特徴を持っていて、長く着用することを前提としている点を考えると、もう少しコンパクトにまとめた方がコンセプトとマッチすると感じた。
また、光の少ない環境でも安定した稼働が可能な機構を持つのであるから、暗所での視認性をより高めた方が、メリットを強く打ち出せるはずだ。
驚きの各構成要素の高い完成度
今回取り上げた「L collection -Break Line-」スイングジェネレータ搭載モデルからは、高精度というクォーツの優位性と、運動エネルギーを活用することで環境的な要因に影響されないという点を、トゥルームが重要視していることがわかる。また腕の動きに伴う発電は、所有者との関係性を深める要因にもなっている。さらに、工夫された文字盤表現はアナログウォッチの楽しさのひとつであるため、アナログウォッチを極めていく方向性のひとつとしては説得力があると感じた。
その方向性を実現するための時計の各構成要素には、エプソンの高い技術力が光っている。特に、ムーブメントは良く考えられており、エプソンならではの技術が活用されている。
本作のコンセプトや機構、ルックスに興味を持った人は、是非、実機を手に取って確認して欲しい。じっくり見るとその魅力が伝わってくるだろう。その際は装着感のチェックもお忘れなく。サイズ感が好みに合えば、本作はあなたの日々の活動をエネルギー源に時を刻む、良き相棒となるはずだ。
https://www.webchronos.net/features/56675/
https://www.webchronos.net/news/55940/
https://www.webchronos.net/news/52238/