ウォッチジャーナリスト渋谷ヤスヒトの役に立つ!? 時計業界雑談通信
どの業界にとってもそうだが、時計業界にとっても2020年は過去に経験したことのない、辛く厳しい年になってしまった。その象徴が、新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大防止策のために第2次世界大戦以来となる中止を余儀なくされ、さらにその出展料の返還をめぐって時計ブランドとフェア事務局が対立し、ついには消滅してしまった世界最大の時計宝飾フェア「バーゼルワールド」だろう。だが、2021年を目前に、高級時計の需要は着実に回復を見せているようだ。2020年末に、そんな明るい話題をお届けしよう。
(2020年12月26日掲載記事)
スイス時計産業の輸出、落ち込みは史上最悪
2020年3月、スイスも含めたドイツ、フランス、イタリア、イギリスなどを筆頭にロックダウンが実施された結果、4月以降、現在までのスイス時計の輸出は激減している。2020年の総輸出額が前年比でどのくらい落ち込むのか、スイス時計協会(FH)による公式発表は2021年1月末の発表を待たなければならないが、同協会は2020年7月末の時点でマイナス25〜30%という予想を出している。
最新の2020年11月の同協会の数値を見ると、対前年比の悪化は下げ止まった。だが、やはり最終的には約25%を超える落ち込みが予想される。これはアメリカ合衆国の投資銀行であったリーマン・ブラザーズ・ホールディングスが2008年9月15日に経営破綻したことに端を発する世界同時不況“リーマン・ショック”後の不況を超える史上最悪の落ち込みだ。
でもこれは、スイスをはじめとするヨーロッパ、そして再び感染拡大が起きている日本の状況を考えれば、仕方のないことだろう。
2021年4月に開催される予定だった、バーゼルワールドに代わって世界最大規模となる時計フェア「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2021」も、すでにリアルでの開催をキャンセル。2020年に引続き、オンラインフェアとしてデジタル開催されることがすでに発表されている。
新型コロナウイルスに対応するワクチンも開発され、世界各国でリスクの高い高齢者や医療関係者への接種が始まっているが、2021年も2020年に引き続きやはり「リアルな時計フェアがない年」になりそうだ。
とはいえ、高級時計需要は根強く復活へ
しかし、悲観的なニュースばかりではない。前年比約40%減が現在も続くという話もある他のラグジュアリーアイテムと比較すると、時計業界の受けた打撃は少ないと言える。また、時計業界のさまざまなところから、未来への希望の持てるニュースも届いている。
2020年の最後に、そんな明るいニュースをお届けして今年を終わることにしよう。
まずは、具体的な数字の裏付けが少なくて恐縮だが、中国を牽引車にした高級時計需要の着実な回復だ。スイス時計協会が発表した2020年11月のスイス時計の国外輸出額は、新型コロナウイルスの「封じ込めに成功」した中国が、前年比でプラス何と69.5%、イギリスがプラス21.8%、台湾がプラス18.5%と好調だ。日本もプラス2.4%となっている。
「グランドセイコー」をはじめ、世界に通用する時計ブランドをいくつも持つセイコーウオッチを傘下に持つセイコーホールディングスの決算中間発表を見ても、外出自粛期間を含む2021年3月期第1四半期は売上高が大きく落ち込んだ(前年比マイナス38.8%)ものの、6月以降は徐々に売上高は回復しているとの記述がある。さらに海外での売上高は「グランドセイコー」を中心に、前年同期を上回っているという。
実際に主要時計店のマネージャークラス、時計ブランドの営業トップに売上状況をリサーチしてみても、消滅してしまったインバウンド需要を除けば「売り上げが2020年10月頃からほぼ前年並みになった」「製品出荷は前年同等近くまで戻った」という声をよく聞く。
新型コロナウイルス対策でかつてない金融緩和を行った一方で、有望な投資先が見当たらないために、アメリカ同様に日本でも、株式市場は間違いなく「金余りバブル」の状況にある。だからといって、楽観論一辺倒は禁物だが、高級時計と宝飾の需要は平年並みに戻りつつある。特にハイエンドの部分において、国内需要が平年並みにほぼ戻りつつあるということは、どうやら間違いなさそうだ。
他のラグジュアリーアイテムに関しては、さまざまな調査機関のデータを見ると2020年は前年比最低でも40%減という数字が一般的。これに対して時計・宝飾品は、新型コロナウイルス危機のこの状況でも世界的に元気だ。根強い需要があることが証明されたとも言える。
2020年の新作時計は、リアルでの大規模な時計フェアがことごとく中止になったため、ブランドにより発表時期が前後した。だが改めてフラットに全ブランドを俯瞰してみると、「価格を超えた価値」を持ち、しかも手が届きやすい価格の魅力的なモデルが多かった。その意味で今年は時計の購入を考えている人にとって「新作時計の当たり年」と言っていいだろう。
新型コロナウイルスの感染拡大防止のためのロックダウンが再び起きてはいるものの、この危機を乗り越えるためにも多くの時計ブランドが厳しい状況の中、努力を続けている。
2021年は時計ブランドが「生存」と「復活」を懸けて、2020年よりもさらに魅力的な新作時計をリリースすることは間違いないだろう。
これは時計ファン、時計愛好家にとって明るいニュースだ。依然として時計王国スイスへの渡航や取材も行えず、おそらくほぼすべてのブランドがオンライン発表のかたちになるだろうが、今から2021年の新作時計の発表が待ち遠しい。
渋谷ヤスヒト/しぶややすひと
モノ情報誌の編集者として1995年からジュネーブ&バーゼル取材を開始。編集者兼ライターとして駆け回り、その回数は気が付くと25回。スマートウォッチはもちろん、時計以外のあらゆるモノやコトも企画・取材・編集・執筆中。
https://www.webchronos.net/features/52663
https://www.webchronos.net/features/51580/
https://www.webchronos.net/features/44075/