エベラールが作り続けてきた魅惑のタイムピースとその変遷

FEATUREWatchTime
2021.11.29

イタリアの時計愛好家たちが1世紀以上にわたってエベラールの時計を愛用してきたのに対し、アメリカのコレクターでその歴史とコレクション展開について詳しく知る人間はごくわずかだ。しかし、GPHG(ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ)において歴史的に重要なモデルが受賞したことで、エベラールはアメリカでも一躍注目されることとなった。あまり知名度がないこのブランドの歴史について紹介する。

GPHG

Originally published on watchtime.com
Text by Mark Bernardo
Edit by Yuzo Takeishi
2020年12月29日掲載

歴史の割に知名度が高くないエベラール

 ダイバーズウォッチの歴史を語るとき、私たちがフォーカスするのはロレックスの「サブマリーナー」やオメガの「シーマスター」、ブランパンの「フィフティ ファゾムス」といったアイコニックなモデルだ。

 歴史的に重要なクロノグラフの場合は、ホイヤーやブライトリング、ゼニス、そしてロレックスの「コスモグラフ デイトナ」(もっとも、ゼニス製ムーブメントの存在意義が大きいのだが)にフォーカスを当て、さらにモータースポーツに関連した時計となると、デイトナをはじめ、ホイヤーの「モナコ」と「カレラ」、そしてショパールの「ミッレミリア」コレクションを挙げるだろう。

エベラール,社屋

ラ・ショー・ド・フォンにあったエベラールの最初の社屋。

 その一方で、1887年に設立されながらアメリカの時計愛好家たちのアンテナに引っかからなかったスイスのブランドがある。ビエンヌを拠点とし、130年以上途切れることなく革新を続けているエベラールだ。同社が生み出した世界初を含む発明や優れた技術、完成度の高いデザインについて見ていこう。

計時の進化:エクストラ フォルトとコントグラフ

 エベラールは、22歳の起業家ジョージ・エミール・エベラールによってラ・ショー・ド・フォンで創業された。そもそも彼は、ベルンで10世紀頃から時計作りに携わってきた一族の出身。そんな出自があったためか、エベラールは早い段階からクロノグラフを得意分野のひとつとしていた。

ジョージ・エミール・エベラール

創業者のジョージ・エミール・エベラール。

 同社が最初に手掛けたクロノグラフは、第1次世界大戦前の20世紀においてはまだ主流だった懐中時計。1919年には初めて手首に装着するクロノグラフを製造し、その後、ストップウォッチの技術が進化する(そして、腕時計の人気が懐中時計を上回る)に伴い、35年にダブルプッシャークロノグラフ、38年にアワーカウンター搭載モデル、そして39年にはフライバックなど、次々と高度なモデルを発表していく。また、エベラールのクロノグラフは、第2次世界大戦の前後にかけてイタリア王立海軍の将校が着用。これが、現在にまでつながるイタリア市場での強力な存在感を築き上げたのである。

 その頂点となったのが、40年代後半の「エクストラ フォルト」の発表だ。耐久性の高いケースから名付けられた「エクストラ フォルト」(フォルト/Fortはフランス語で「強い」の意味)は、ユーザーが経過時間を計測できるスライド式プッシュボタンを装備しており、これはエベラールが時計業界に導入した機構でもあった。「エクストラ フォルト」は50年代におけるエベラールの旗艦モデルとなり、その後発表された同社のクロノグラフのデザインに影響を与えることとなる。

エクストラ フォルト

1940年代に発表されたエベラール「エクストラ フォルト」。

 なかでも現在、コレクターから高い評価を獲得しているのが60年代に発表された「コントグラフ」で、6時位置には台形のウィンドウが特徴的な瞬時日送り式のデイト表示と、電話の通話時間が計測できるように3つのセクターが記された分積算計を備えていた。

 現在もエベラールは、信頼性が高く、価格的競争力のあるクロノグラフの製造を得意としている。2014年には直径42mmのステンレススティール製ケースに、タキメータースケールが付いたセラミックス製逆回転防止ベゼルを備えた「コントグラフ」を発表。搭載するのはスウォッチ グループのムーブメント製造会社が供給するETA 7750だ。現在の時計業界ではムーブメントを自社製にシフトする傾向が強まっているが、エベラールとETAとの関係性は近い将来も変わることはないという。

コントグラフ

2014年発表のエベラール「コントグラフ」。

 エベラールのCEOで、同社に25年以上関わってきたマリオ・ペゼリコは次のように説明する。「ETAとはずっと良好な関係を築いており、当社のベースムーブメントはETAであることを常にうたってきました。これにより、コアコレクションの価格帯を約2000〜7000ドルに維持できているのです。たしかに技術面は重要だと思いますが、顧客が時計を選ぶ際、決め手となる理由のおよそ半数は外観であるという結果が出ていますから。もちろん、先に述べた価格帯を超えるスペシャルピースも存在しますけどね」。

エクストラフォルト・グランドデイト・コラムホイール

「エクストラフォルト・グランドデイト・コラムホイール」。

 ペゼリコの言うスペシャルピースのひとつが「エクストラフォルト・グランドデイト・コラムホイール」で、その第1弾はエベラールの創立125周年を記念した500本の限定モデルとして、2012年にリリースされた。クロノグラフ・ムーブメントにはコラムホイールを採用し、12時位置にビッグデイト表示を備えたこのモデルはエベラールには珍しく、ケース素材にプレシャスメタルを使用し、ローズゴールドとホワイトゴールドのモデルはいずれも2万1070ドルで販売された。

 アニバーサリーモデルは「エクストラ フォルト」の方向性を広げることにも寄与し、現在ではオートマティックの3針モデルをはじめ、パワーリザーブ表示付きの3針モデル、スティールまたはローズゴールド製ケースを採用した限定のラトラパンテをラインナップしている。

スカフォグラフ 200

エベラール「スカフォグラフ 200」の雑誌広告。

歴史へのダイブ:スカフォグラフ

 当時の多くのスイス時計と同様、エベラールもダイビング用の防水性能を備えた時計を開発するために研究と努力を重ね、資本も投入。その結果、1950年代から60年代にかけて商業とレジャーの両分野において成長を遂げた。同社は実際、ダイバーズウォッチに早くから参入したブランドのひとつで、21年には埃や湿気からムーブメントを保護するケース構造で特許を取得。第2次世界大戦前にはスポーツおよび軍事を目的とした防水性能の高い時計を製造してきた。

 しかし、ダイバーズウォッチの歴史にエベラールの名を刻み込んだ「スカフォグラフ」が発表されたのは50年代のことだ。58年にリリースされた最初の「スカフォグラフ」は、100mの防水性能を備えた直径36mmのケースを採用し、ダイアルの12、3、6、9時位置には三角形のアワーマーカーを配した特徴的なデザインだった。一方で、この当時の新しい機構であった回転式ベゼルは装備されていない。これを最初に搭載したのが、「スカフォグラフ」よりも前に発表されていたブランパンの「フィフティ ファゾムス」である。

 200m防水の「スカフォグラフ」はそのわずか1年後に発売され、前モデルと同様のダイアルデザインに回転式ベゼルを備えたものだった(ただしリュウズガードはなし)。これら初期のモデルは、それぞれ200本しか製造されていないが、それはこの時代、ロレックスの「サブマリーナー」やオメガの「シーマスター」、前述の「フィフティ ファゾムス」といった競合モデルがあったため、顧客を獲得することが難しかったのではないかと考えられる。

スカフォグラフ 300

エベラールのダイバーズウォッチのなかでも最も影響力を持っていた「スカフォグラフ 300」は1964年に登場。

 第3世代が登場したのは64年のこと。「スカフォグラフ 300」はその名が示すとおり、防水性能を300mに引き上げてケース径も42mmへとサイズアップするとともに、ダイアルのデザインも簡素化を図った。また、これは「スカフォグラフ」で初めて自動巻きのムーブメントを搭載したモデルでもある。その後、1984年には「スカフォグラフ スーパー」をリリース。当時はクォーツが台頭していた時代で、このモデルもクォーツムーブメントを搭載している。

ヘリウムエスケープバルブを備え、当時はひと握りのブランドしか実現していなかった1000mの防水性能も保持していた。このコレクションから派生したプロフェッショナル仕様のモデルが「スカフォダット」。500mの防水性能に加え、大型のリュウズで操作可能な回転式インナーベゼルと初期「スカフォグラフ」2モデルを想起させるダイアルデザインを備え、2006年のデビュー以来、現在でもコレクションにその名を連ねている。(つづく)