文句のない「正常進化」。オメガの新作スピードマスター

ウォッチジャーナリスト渋谷ヤスヒトの役に立つ!? 時計業界雑談通信

私たちの2021年の幕明けは、10月から予測されていたのにもかかわらず、感染防止どころか感染拡大政策を推し進めた菅義偉政権の明らかな失政による新型コロナウイルスの感染爆発の結果、首都圏を中心にした緊急事態宣言発令で重苦しいものになってしまった。世界でも、スイス時計輸入総額第4位の日本に次いで第5位のスイス時計を愛する国・イギリスも3度目のロックダウンに突入。今回はそんな中、時計ファンにとっては数少ない明るいニュース、ついに発表されたオメガの“ムーンウォッチ”の定番新作にフォーカスする。

スイスのビール/ビエンヌにあるオメガのファクトリーのロビーに立つ等身大のアストロノーツ像。人類の月への記念すべき“一歩”もプリントされている(2019年のプレスツアー“Time To Move”にて)。
渋谷ヤスヒト:取材・文 Text by Yasuhito Shibuya
(2021年1月11日掲載記事)


正常進化も、ここまで完璧にやるとは!

 残念ながら実物をまだ手にしたわけではないが、1月6日、オメガの“ムーンウォッチ”、正式名「スピードマスター ムーンウォッチ マスター クロノメーター」のプレスリリースがメールで送られてきたときの感想だった。

 オメガの「スピードマスター」には、ヘリテージからデジタル多機能モデルまで驚くほど多彩な製品ラインナップがある。その中でも定番の“ムーンウォッチ”、つまり手巻きの「スピードマスター プロフェッショナル」は、間違いなくオメガNo.1のアイコン・プロダクトだ。アメリカ航空宇宙局(NASA)の過酷な耐久テストを唯一クリアして、1965年に正式にアメリカの宇宙飛行士の装備品となり、1969年にアポロ11号が人類初の月面着陸に成功して以来、“ムーンウォッチ”として不動の名声を確立した。数多くの傑作時計を世に送り出してきたオメガ。その中でもこれほど知られているモデルはない。まさにオメガのNo.1アイコンである。

 新型コロナウイルスに対応するワクチンも開発され、世界各国でリスクの高い高齢者や医療関係者への接種が始まっているが、2021年も2020年に引き続きやはり「リアルな時計フェアがない年」になりそうだ。


これがリアルな“ムーンウォッチ”。アポロ12号のミッションで使われたもの。今回の新作はこの正常進化版だ。

 ところで、オメガは1993年に独立時計師であり時計技術の研究家でもあった故ジョージ・ダニエルズから「コーアクシャル・エスケープメント」(同軸脱進機)の特許を買い取って以来、スイスのビッグブランドとして機械式時計技術の革新の先頭を走ってきた。1999年には、半世紀以上も機械式時計の定番として使われてきたスイスレバー式脱進機と比較すると精度と耐久性がケタ違いに優れたこの脱進機を搭載した第1号モデルを発売した。さらに2013年には、このメカニズムに加えて構成部品の「磁気帯び(帯磁)」問題を根本から解決するニヴァガウスなどの新素材を採用し、1万5000ガウスという超耐磁性能を備えた「マスター コーアクシャル」ムーブメントを開発&採用したモデルも発売。さらに2015年からスイスの政府機関METAS(スイス連邦計量・認定局)と共同で、この精度と耐久性と超耐磁性を公的に保証する「マスター クロノメーター」規格まで創設し、このテストに合格したモデルにこの名称を付けて発売しているのは、webChronosの読者ならよくご存じだろう。

マスター クロノメーターの検定を行うMETAS(スイス連邦計量・認定局)の施設。ビール/ビエンヌのオメガ最新ファクトリー内にある。

 2020年までにオメガはほぼすべての機械式モデルのマスター クロノメーター化を完了。多くの人が手にすることができる定番モデルで唯一、マスター クロノメーター化していなかったのが“ムーンウォッチ”、つまりオメガのNo.1アイコンである手巻きの「スピードマスター プロフェッショナル」のスタンダードモデルだった。それがついに「マスター クロノメーター」化されたのである。

2021年1月、ついに登場したマスター クロノメーター規格に準拠したスピードマスターのレギュラーモデル「スピードマスター ムーンウォッチ マスター クロノメーター」が搭載するCal.3861。スピードマスター プロフェッショナルが搭載するムーブメントCal.1861のマスター クロノメーター版である。26石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。シリコン製Si14ヒゲゼンマイを備えたフリースプラングテンプ。耐磁性能1万5000ガウス。静態精度0~+5秒以内。


最新にして最良の“ムーンウォッチ”

スピードマスター ムーンウォッチ マスター クロノメーター

オメガ「スピードマスター ムーンウォッチ マスター クロノメーター」
Ref.310.30.42.50.01.002

サファイアクリスタル製風防を備えたステンレススティールモデル。新しい5連のブレスレットを採用し、これまでにない腕へのしなやかなフィット感も実現した、ビジネスシーンにもおすすめのモデル。サファイアクリスタル製のシースルーケースバック仕様で、マスター クロノメーター化されたムーブメントCal.3861を観賞できる。手巻き(Cal.3861)。SSケース(直径42mm、厚さ13.18mm)。5気圧防水。5年保証。77万円(税別)。レザーストラップ版(73万円・税別)もある。

 マスター クロノメーター化は、オメガだからできる機械式時計の「究極の正常進化」である。誰にとっても有用だが、特に時計マニアではない人にとっては理想的な進化だ。だから、この“ムーンウォッチの新定番モデル”は間違いなく“最新にして最良のスピードマスター”だと断言するし、どんな人にも一切の躊躇なくおすすめできる。

 基本スペックも完璧だが、完璧で心憎いのはそのモデルバリエーションだ。ステンレススティールモデルには、サファイアクリスタル製風防&サファイアクリスタル製ケースバックに新ブレスレット&新クラスプ採用モデルと新デュプロイメントバックル採用レザーストラップモデルがあり、さらにヘサライト(アクリル)製風防&ソリッドケースバックに新ブレスレット&新クラスプ採用モデルと新デュプロイメントバックル採用ナイロンファブリックストラップの計4モデルが用意されている。そのほかにオメガ独自の美しく耐久性に優れたふたつのゴールド素材、18Kセドナゴールドと18Kカノープスゴールドのモデル(それぞれ同素材のブレスレットモデルとアリゲーターストラップモデルあり)も用意されている。

 技術の進化が著しいクルマの世界では「最新モデルが最良のモデル」という価値観が一般的。だが、スイスの時計業界では1980年代の復興以来、「昔のままこそ価値がある」という価値観が2000年代まで主流だった。それは、スイス時計においてタイムレスなデザインが確立されていたからだが、同時に基本技術の進歩、新素材の導入が他の業界と比べると非常に遅かったからでもある。

 だが今では、古き良きデザインを継承しながら、最新技術で最先端の性能を実現したモデルが続々と登場。外見こそクラシックだが、クルマ同様に「最新モデルが最良のモデル」という価値観がようやく一般的になりつつある。

 そして、この価値観の転換・革命をもたらした最大の貢献者こそ、オメガにほかならない。この新しい“ムーンウォッチの定番”は、その集大成と言えるだろう。オメガは1993年から約四半世紀をかけて、ついにこの革命をやり遂げたのだ。限定モデルのような華々しさの対極にあるが、このモデルはその意味でもエポックメイキングな1本だ。

Ref.310.32.42.50.01.001

Ref.310.32.42.50.01.001
アストロノーツたちが実際にミッションで使用したものと同じヘサライト(アクリル)製風防とソリッドケースバックを備えたステンレススティールモデル。加えて、その雰囲気が漂うナイロンストラップを採用する。64万円(税別)とお手頃なのもうれしい。なおケースの厚さはサファイアクリスタル製風防&シースルーバック仕様モデルよりも0.4mm厚い13.58mmである。ステンレススティール製ブレスレットモデルは67万円(税別)。



渋谷ヤスヒト

渋谷ヤスヒト/しぶややすひと

モノ情報誌の編集者として1995年からジュネーブ&バーゼル取材を開始。編集者兼ライターとして駆け回り、その回数は気が付くと25回。スマートウォッチはもちろん、時計以外のあらゆるモノやコトも企画・取材・編集・執筆中。


オメガを代表するスピードマスターの尽きぬ魅力。珠玉4モデル紹介

https://www.webchronos.net/features/51605/
NATOストラップでオメガウォッチの装いを一新しよう

https://www.webchronos.net/features/51604/
オメガのムーブメントについて知ろう。供給元と独自製品を紹介

https://www.webchronos.net/features/42118/