2010年に発表されたリシャール・ミルの「RM 027 トゥールビヨン ラファエル・ナダル」はその軽さと頑強さで、高級時計の概念を一新した時計だった。それから10年の時を経て、リシャール・ミルは性能をさらに向上させた新作「RM 27-04 トゥールビヨン ラファエル・ナダル」をリリースした。その耐衝撃性は1万2000G。しかしこのモデルの驚くべき点は、耐衝撃性や価格以上に、もはやどうやって作っているのか想像もできないところにある。
広田雅将(本誌):文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
どう作ったのか想像もできない点で
新作ナダルモデルは今までとは一線を画す
リシャール・ミルの新しいナダルモデルこと「RM27-04 トゥールビヨン ラファエル・ナダル」は、本誌やウェブクロノスでも再三取り上げてきた。ムーブメントをワイヤで支えるというRM27-01の設計を深化させることで、本作が1万2000Gもの耐衝撃性を持つに至ったとは、前号にある通りだ。
筆者は歴代ナダルモデルをすべて見てきて、その都度驚かされてきた。軽さを言えば初代のRM 027とRM27-01は飛び抜けているが、以降の軽さと耐衝撃性を両立させるアプローチはいっそう興味深い。
軽さを追求したRM 027から、後継機のRM27-01では軽さと耐衝撃性の両立が図られた。その表れが金属製のワイヤでムーブメントを支えるというユニークなアイデアだった。しかし、後のRM27-02とRM27-03では一転、剛性を上げて耐衝撃性を高める方向に変わった。ケースとムーブメントの地板を一体成形して剛性を高める構造は、内外装を同じ精度で加工するリシャール・ミルにしかできないものだった。1万Gという耐衝撃性能を謳ったRM27-03を見て、筆者は正直、ナダルモデルにこれ以上の進化はないと思ったほどである。
だが、2020年のRM27-04でリシャール・ミルはその予想を見事に裏切った。1万2000Gもの耐衝撃性をもたらしたアプローチは実に興味深い。1時から7時方向に延びるムーブメントの地板をムーブメントホルダーに固定することで、縦方向を支える。他方、ラケットのガット状に編み込まれたワイヤは、サスペンションとして主に左右方向の衝撃を吸収する。その設計はナダルモデルの集大成と言っても過言ではない。まさか剛性を上げる設計と、サスペンションでショックを吸収する構造を同時に盛り込むとは思ってもみなかった。
もっとも、設計以上に驚かされたのはその手間のかかりようだ。RM27-01も金属製のワイヤでムーブメントを支えていたが、これはムーブメントの周りにワイヤを通し、ケースに固定するというものだった。対して本作は、網のように張り巡らせたワイヤにムーブメントを組み込んでいる。これほど面倒な構造になった理由はムーブメントを複数のポイントで支えるため。ムーブメントは地板から延びた翼状のフックで5カ所、香箱真・2番真・キャリッジセンターの3カ所の耐震装置でワイヤに留められている。やろうと思えば他社も模倣できるだろうが、間違いなくワイヤは部品に傷を付けるだろう。筆者は意地悪くムーブメントを観察したが、傷はまったく見当たらない。
「ラファエル・ナダル」モデル発表10周年を記念したのが本作。ケーブルサスペンションシステムによってムーブメントを吊るす設計で、前作の20%増しとなる1万2000Gという耐衝撃性を実現した。ケース素材にはポリマーの中で最高水準の耐久性を持つTitaCarb®を採用する。重さ約30g。手巻き(Cal.RM27-04)。19石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約38時間。TitaCarb®(縦47.25×横38.4mm、厚さ11.4mm)。50m防水。世界限定50本。1億1500万円。
ちなみにリシャール・ミルが選んだのは、まずワイヤを緩く編み、ムーブメントを固定した後に強く締め込む手法だった。ムーブメントを組みながらワイヤを通す手法もあるが、これはまったく現実的でない。先に編むことで理論上は組み立てやすくなるが、たわんだ金属ワイヤは部品に傷を付けてしまうだろう。どうやって傷を回避したのか想像もできないが、リシャール・ミルはそれをやってのけたのである。
本作のケース素材に選ばれたのはTitaCarb®。自動車や航空、医療機器などにもよく使われる高性能ポリアミドにカーボンを加え、耐久性を強化した素材だ。ベゼル、ミドルケース、裏蓋の噛み合わせは極めて精密で、実物を見た筆者は、ワンピースケースと誤解したほどだ。さらに、ベゼルを可能な限りくり抜くことで、軽量化と視覚的なインパクトを両立させた点も特筆に値する。年々、ケースの精度を上げてきたリシャール・ミル。とはいえ、湾曲したケースに、これほどの精密さを与えるとは想像もしていなかった。これもまた、どうやって寸法を合わせたのか想像できない。
1万2000Gという非凡な耐衝撃性や、1億円以上という価格ばかりが注目されるナダルモデルの新作。しかし、筆者の驚きは、むしろそれ以外にある。どう作ったのかが想像もできない点で、今までとは一線を画した存在なのだ。現在の時計作りとはまったく別の次元に到達してしまったRM27-04。正直なところ、ナダルモデルがオーパーツのような存在に成長するとは、誰が予想しただろうか?
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