循環型社会でブランドはどうなる?
2015年に国連サミットで「持続可能な開発目標(SDGs)」が掲げられて以来、「サステナブル」や「エコロジー」から最も遠い存在と思われていたラグジュアリービジネスにも、この考えが浸透するようになった。誰しもが環境問題と持続可能性を考慮し、行動していかなければならなくなったSDGs時代において「ラグジュアリー」はどのようなかたちで、これらと向き合っていくのか。実例を交えながら、考えていこう。
野上亜紀、細田雄人(本誌):取材・文 Text by Aki Nogami, Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
循環型社会に求められる〝ラグジュアリー〟の在り方
近年、急速な変容を遂げつつある〝ラグジュアリー〟の在り方。そのきっかけは2015年に掲げられたふたつの目標にある。よく耳にする「SDGs」がどんなものなのか、それがラグジュアリーにどう関わってくるのかを見ていきたい。
かつてラグジュアリービジネスとは、製品の品質や使用される素材の希少性、顧客に与えられるホスピタリティーの高さなどによって成立するものだった。半面、原材料がどのように調達されているか、従事する労働者がどのような環境におかれているかといった部分に関しては、ブランドが積極的に公表しなかったことと、そもそも消費者側があまり関心を持たなかったことから、重要視されていなかった。そんな従来のラグジュアリー観にメスを入れるきっかけとなったのが、2015年の国連サミットと国連気候変動枠組条約第21回締約国会議だ。前者では30年までに達成すべき「人間、地球及び繁栄のための行動計画」をまとめた「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を宣言。この宣言の中では17の「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)」が掲げられた。後者では「産業革命前からの平均気温の上昇を2℃より十分に抑え」、かつ「1.5℃に抑える」ための努力を各国が一丸となって追求する「パリ協定」が合意されている。
以降、ヨーロッパの大手企業はサステナブルとは程遠いと思われていたラグジュアリーブランドも含めて急速にCSR(企業の社会的責任)に注力し始めることになる。ところで、経済活動を最優先とし、サステナブルやエコロジーといった取り組みに無関心だった企業が、なぜ突如として新しく掲げられた目標を受け入れたのか。1992年のリオ・サミットで地球環境の保全と持続可能な開発について議題を交わしてから、SDGsが国連で合意されるまでに23年の歳月を要し、97年に採択された京都議定書が発効されるまで8年もかかったのに、だ。
ひとつは環境問題がいよいよ無視できない段階まで進んでしまったため。実際にフランス通信社の報道では、フランスは温暖化が原因で、この先ワイン用ブドウの栽培可能な畑が激減するとの研究結果が出ており、温暖な気候向けの品種を作り出すことが急務になっている。
もうひとつは、〝環境保全〞や〝持続可能な開発〞がボランティアではなくなったことだ。SDGs以前、こういったキーワードはよく倫理観と結び付けられ、経済活動とは切り離して行うことが美徳とされてきた。しかし前述の目標を達成するためには、企業レベルでの協力が不可欠なのである。そのため各国の政府はSDGsに根差した活動を企業のマーケティングに活用することを推奨してきた。日本を例に挙げれば環境省発行の「すべての企業が持続的に発展するために-持続可能な開発目標(SDGs)活用ガイド-」や経済産業省発行「SDGs経営ガイド」で企業に経営戦略的SDGsの取り組みを促している。
サステナブルがマーケティングとして成立するような社会や経済の仕組みができることは歓迎すべきことだ。仮に環境に配慮するための投資が、結果的に広告としてリターンするのならば、多くの企業が本気で環境保全に取り組むからだ。しかし同時に我々は、企業が発表するCSRに対して、その取り組みが本当に意味あるものなのかを見極めていく必要がある。SDGsをマーケティングに活用することと、SDGsに見せかけたマーケティングは、似て非なるものだからだ。本特集では各メーカーが行う〝価値ある持続可能な開発〞を紹介しながら、SDGs時代のラグジュアリーについて考えていきたい。(細田雄人:本誌)
持続可能な社会に向けた国際社会の取り組み
1992 国連環境開発会議(リオ・サミット)の開催
持続可能な開発に向けて、地球規模のパートナーシップを構築することを目指す、「リオ宣言」が合意。また、同時に「アジェンダ21」や「気候変動枠組条約」なども採択された。
1993 アジェンダ21に基づき、「持続可能な開発委員会」が設置
1997 京都議定書の採択
先進国全体に対して「温室効果ガスを2008~12年の間に、1990年比で約5%削減すること」を要求する京都議定書が、気候変動枠組条約第3回締約国会議で採択される。
2000 国連ミレニアム・サミット開催
極度の貧困と飢餓の撲滅、環境の持続可能性の確保といった、2015年までに解決すべき8つの目標を定めた「ミレニアム開発目標(MDGs)」に合意。
2001 マラケシュ合意
国連気候変動枠組条約第7回締約国会議にて、京都議定書の運用ルールが採択される。
2002 持続可能な開発に関する世界首脳会議(ヨハネスブルグ・サミット)開催
京都議定書の早期発効や再生可能エネルギーの導入拡大などを合意した「持続可能な開発に関するヨハネスブルグ宣言」が採択される。
2005 京都議定書 発効
2012 国連持続可能な開発会議(Rio+20)開催
2015 持続可能な開発目標(SDGs)に合意
国連サミットで貧困や飢餓の撲滅、持続可能な消費と生産など、2030年までに達成すべき17の目標と169のターゲットを設定した「持続可能な開発目標(SDGs)」が掲げられる。
2015 パリ協定が合意
国連気候変動枠組条約第21回締約国会議で「産業革命前からの平均気温の上昇を2℃より十分に抑え」かつ「1.5℃に抑える」ための努力を追求するための「パリ協定」が合意される。
ショパールが牽引する、ラグジュアリーウォッチ界のフェアマインド
ショパールが掲げた、地球環境を危険にさらすことのない持続可能な未来を目指す「サステナブル・ラグジュアリーへの旅」。“ローマは一日にして成らず”という言葉と共に始まったプロジェクトの第一歩となったのが「エシカルゴールド」の試みである。
時計宝飾界においても、資源の調達から流通に至るまでの過程を透明化するトレーサビリティの試みは、常なる命題とされてきた。そのような風潮が高まりを見せる中、2013年、ショパールは社会的かつ環境的課題に配慮した、持続可能な未来を目指す事業展開として「サステナブル・ラグジュアリーへの旅」という長期プロジェクトを発表。この際、時計業界では初の試みとして話題を呼んだのが、時計へのフェアマインドゴールドの採用である。そして国際非営利団体「公正な採掘のための連盟(ARM)」認定の鉱山で採掘されたフェアマインドゴールドを用いた初の腕時計、「LUC トゥールビヨン QF フェアマインド」の誕生から4年後となる18年、ショパールは自社の全ての時計と宝飾に「エシカルゴールド」を使用するというさらに画期的な宣言を表明した。
〝倫理的な〞という名を持つエシカルゴールドとはすなわち、人権と環境に配慮し、責任のある産地から調達したゴールドを意味する。〝責任のある産地〞とは、何か。その言葉の背景に垣間見えるのが、小規模鉱山が抱えてきたさまざまな問題であろう。金の輝かしきイメージとは異なり、採掘場においては環境汚染と劣悪な労働環境が長年にわたり危惧されてきた。コストの安い水銀やシアン化合物等を用いた金の精製は有害物質による環境汚染を引き起こす。現代では改善しつつあるというものの、いまだ途上国における水銀汚染の現状などが浮き彫りにされている。鉱山から流れる地下水の浄化処理の必要性と、各国および産業界の企業による明確な規制の導入が望まれてきたのも事実だ。有害物質の削減およびインフラの整備や、児童労働をはじめとする労働者の処遇改善などを交えた、小規模鉱山における問題の散在が、ショパールのフェアマインドゴールドへの取り組み、ついてはエシカルゴールド推進の契機となったことは想像に難くない。
これまで産地の多くが非公開とされてきた小規模鉱山だが、サプライチェーンを可視化することで、ゴールドを取り巻く環境においても、よりポジティブな変化を招いてくれることだろう。その上でショパールは、エシカルゴールドに関して、〝責任のある調達〞として次の2種のトレーサビリティを確保している。
ひとつ目はペルーとコロンビアにある小規模鉱山のゴールド。これは、17年からショパールが加盟するスイスの非営利組織「スイス・ベター・ゴールド・アソシエーション(SBGA)」が掲げるフェアマインド認証制度に参画した鉱山から採掘されたものとなる。ショパールは採掘者のトレーニングや加工施設の新設など、フェアマインド認証取得のための支援を行ってきたが、その一環となるのが「バレケロス」プロジェクトだ。コロンビアにあるチョコ県の鉱山でフェアマインド基準を目指すこの試みにより500人の採掘者の生活改善が果たされた。かつ、これら小規模鉱山の金の使用率は現在ショパールにおけるファインゴールドのうち40%だが、22年までには60%へと引き上げることを明言している。
そしてもうひとつが、ショパールが10年に加盟した「責任ある宝飾のための協議会(RJC)」とのパートナーシップによって可能とした、流通から加工に至るまでの識別と追跡を可能とするCoC認証を得たゴールドの購入である。20年にはリシュモン グループが同様の取り組みでニュースとなったが、ここでショパールはリサイクルゴールドの積極的な採用を目標に掲げ、第2のエシカルゴールドと呼んでいる。宝石では数十年で持ち主の手を離れて他者の手に渡る還流のシステムが構築されているが、近年再び資源の枯渇や環境保全に伴いリサイクルマーケットのさらなる整備が見直されてきた。ウォッチメーカーであり、ジュエラーでもあるショパールの手腕がここにもうかがえる。
そしてショパールには次なる目標がある。エシカルゴールドの取り組みが始まった当初から、共同社長であるキャロライン・ショイフレが意向を示していたのが、カラーストーンの領域である。キンバリープロセスをはじめ、保証が徹底しているダイヤモンドとは異なり、カラーストーンはこれまで国際的な規制対象とされてこなかった。その多くが採掘からカット、研磨に至るまで、家族経営の小規模な事業者で構成され、独自のサプライチェーンを持つことも要因のひとつである。この分野に向き合うべく、ショパールは16年に責任あるカラージェムストーンのサプライヤーである「ジェムフィールズ」とのパートナーシップを開始。追ってRJCがトレーサビリティの認証範囲にカラーストーンを設定した19年には、ティファニーやリシュモンも加盟する「カラー・ジェムストーン・ワーキング・グループ(CGWG)」に参加し、新たなアプローチに着手すると表明した。
時計業界としては新しい試みと評されたエシカルゴールド。その歩みを止めることなくさらなる難題に励むその姿は、ラグジュアリー界のリーディングカンパニーと呼ぶにふさわしい。(野上亜紀)