過去60年にわたりグランドセイコーはクォーツ式と機械式、そしてスプリングドライブといった、腕時計用ムーブメントの開発を通して、世界でも最も優れた精度の時計を追求してきた。そしてこの日本の“巨人”がついに、「T0 コンスタントフォース・トゥールビヨン」を発表することで、真の意味でのオートオルロジュリの分野に進出したのである。
Text by Roger Ruegger
Edit by Tsuyoshi Hasegawa
2021年3月12日掲載記事
グランドセイコーの技術を結晶したT0 コンスタントフォース・トゥールビヨン
2020年9月にセイコーウォッチは、「T0 コンスタントフォース・トゥールビヨン」(通称T0:ティーゼロ)を、グランドセイコーのコンセプトクリエイションとして発表。それはコンスタントフォース機構を完全一体化しつつ、同軸上にトゥールビヨンを搭載した世界初のムーブメントである。
目的は機械式時計に最高レベルの精度とプレステージ性を持たせることにあった。コンスタントフォース機構により、主ゼンマイの巻き上げ状況にかかわらず安定したエネルギーをエスケープメントへの供給を可能とし、トゥールビヨンは回転するキャリッジの中にエスケープメントのパーツとテンプを内包することで、重力による誤差を解消する。
手巻き。43石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。コンスタントフォースとトゥールビヨン を同軸上に配置。
T0はセイコーにとって、初めてのトゥールビヨンモデルというわけではない。16年にはクレドールの「トゥールビヨン彫金限定モデル FUGAKU」が発表されている。また、ルモントワールとトゥールビヨンを併せ持つ初めての時計というわけでもない。だがグランドセイコーにとっては確かに初めてのモデルであり、ルモントワールとトゥールビヨンを完全な同軸上に組み合わせた世界初の時計であると同社はアナウンスしている。
多くの場合、コンスタントフォース機構が追加されたムーブメントは、キャリッジと切り離されるケースが多い。しかし今回、T0はキャリッジと同軸上に配されたギアからトルクを蓄える設計だ。そして主ゼンマイがほどけるにつれて得るエネルギーを、回転キャリッジとテンプに使用しているのだ。
セイコーウオッチのムーブメント設計者であり時計師でもある川内谷卓磨氏のチームによると、ラボにおいて50時間以上のパワーリザーブにて発揮するT0のパフォーマンスは、設計に関して申し分ないものとしている。実にT0は、日差±0.5秒という信じがたい精度を記録したのである。
川内谷氏はT0のギアを製作するに際し、従来とは異なるアプローチを試みたという。伝統的な機械工作よりも精度を上げるため、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)という半導体の現場で使用される製作工程を選んだのだ。
この技術では、金属製のフィルムがプレーティングのようにレイヤーをなし、精緻な歯の形状をミクロン単位で実現可能だ。同じ工程はすでにグランドセイコーのアンクルとテンプ製作に採用されていたが、今回初めてほとんどすべてのギアに対し、この技術が導入されることとなった。
ストップホイールには耐久性と摩擦軽減のため、セラミックギアが選択されている。その他のムーブメントの特徴としては、(ブルーのチタン製)トゥールビヨンキャリッジが回転している間、アウターキャリッジはストッパーとストップホイールにより停止し、結果として秒針のデッドビートにつながる点が挙げられる。
T0は手仕上げの部分だけで3カ月を擁し、全体で5年以上の歳月をかけて開発された。新ムーブメントは並列に置かれたふたつの香箱により、約50時間のパワーリザーブを保持している。
T0の直径は36mm、厚さは8.22mm(トゥールビヨンを含む)、340点のパーツで構成されている。驚くことにムーブメントのベースとなったのは、「9Sメカニカルシリーズの最も標準的な自動巻きムーブメント」であるグランドセイコーのCal.9S65だ。
そのためテンプの振動数は2万8800振動/時であり、現代的な機械式時計の標準的なものであるが、今回はルモントワールとトゥールビヨンも含んでいる。まだコンセプトの段階だが、T0は量産モデルではないという。
しかし、21年はトゥールビヨン誕生220周年(アブラアン-ルイ・ブレゲが特許を取得したのは1801年6月26日)であることから、メカニズムの精度に常にコミットしてきたグランドセイコーが、精度を高めるための工夫と呼ぶべき“旋風(=Tourbillon)”を巻き起こすのではないかと期待している。
T0のベースとなったCal.9S65
自動巻き(Cal.9S65)。35石。パワーリザーブ約72時間。SS(直径40mm、厚さ13mm)。10気圧防水。世界限定2500本。55万円(税別)。
T0のベースにもなったCal.9S65は、グランドセイコーの60周年を記念した直近のリミテッドエディションにも搭載されている。グランドセイコー、Ref.SBGR321がそれである。この発表は、20年7月のグランドセイコースタジオ 雫石のオープニングに続くものだ。
グランドセイコースタジオ 雫石には岩手県にある盛岡セイコー工業の高級時計とムーブメントの生産拠点、雫石高級時計工房が入っており、「グランドセイコーの機械式時計と、その他のハイエンドなタイムピースの生産に特化した」場所となっている。
ディープブルーの文字盤は、「岩手の山に輝くように広がる青空と、グランドセイコースタジオ 雫石の時計師や技術者たちを迎える夜明け」にインスパイアされたものだという。
40mm径のステンレススティール製ケースとそれにマッチした、3つ折りのプッシュボタンにて開閉するスティールリンク製ブレスレットを備え、100mの防水性能と4800A/mの耐磁性を持つ。サファイアクリスタル製ケースバックから鑑賞できるムーブメントは、グランドセイコースタジオ 雫石において手作業にて調整と点検が行われたものだ。精度は日差+5秒から-3秒の間に調整され、振動数は2万8800振動/時、パワーリザーブは約72時間を保持している。Ref.SBGR321は限定生産2500本、価格は55万円である。