ウォッチジャーナリスト渋谷ヤスヒトの役に立つ!? 時計業界雑談通信
2021年2月4日、タグ・ホイヤーが自動車メーカーのポルシェと広範囲での戦略的なパートナーシップ締結をオンラインで発表し、そのコラボレーションによる「タグ・ホイヤー カレラ キャリバー ホイヤー02 クロノグラフ ポルシェスペシャルエディション」2モデルを発表した。すなわち今後、タグ・ホイヤーから「ポルシェ」の名を持つ腕時計がリリースされるのだが、もうひとつの「ポルシェ」の名を冠した腕時計「ポルシェデザイン」はどうなるのだろうか?
(2021年3月13日掲載記事)
「ポルシェ」の名を持つふたつのウォッチブランド
タグ・ホイヤーとポルシェのパートナーシップ締結のニュースを聞いて、時計通なら「ポルシェデザインの時計はすでにあるのに、なぜ? どうして?」と思った人も少なからずいるはずだ。
中には「ポルシェの腕時計は今後、タグ・ホイヤー製になるのか?」と早合点した人もいるかもしれない。こう誤解されても仕方のない、偉大な名門同士のパートナーシップである。
しかし、それは明らかな誤解だ。この直後、ポルシェデザインから「ポルシェデザインの時計事業」の計画に変更はないというプレスリリースが発表されている。
そこで今回は、かつてバーゼル・フェア後にオーストリアのポルシェデザイン本社の取材をした経験も踏まえて、このふたつの「ポルシェ」関連ウォッチブランドの違いと今後についてお伝えしたい。
なお、新作の「タグ・ホイヤー カレラ キャリバー ホイヤー02 クロノグラフ ポルシェスペシャルエディション」の魅力については、webChronosの他の記事で十分に語られているので、この時計については今回あえて触れないことにする。
時計界の伝説「ポルシェデザイン」ウォッチ
これまでは「ポルシェ」ブランドの腕時計といえば、時計業界では「ポルシェデザイン」の腕時計のことだった。デザイナーは伝説的なスポーツカー「ポルシェ911」をデザインしたことでも知られる工業デザイナー、フェルディナンド・アレクサンダー・ポルシェ(略称F.A.ポルシェ、愛称ブッツィー)。
その祖父は、“20世紀最高の自動車設計者”としてダイムラー・ベンツ(現メルセデス・ベンツ)の一連の名車、ミッドシップレーシングカーの元祖「アウトウニオン・Pワーゲン」、そしてドイツの国民車「フォルクスワーゲン・タイプⅠ(ワン)」をデザインした天才技術者フェルディナンド・ポルシェである。最新のEV(電気自動車)に使われているインホイールモーターも19世紀末にオーストリア・ウィーン時代にポルシェが発想したものであることが、自動車のEV化が進む中で改めて話題になっている。
そして父親は、自動車メーカー・ポルシェを創業し発展させたフェルディナンド・アントン・エルンスト・ポルシェ(愛称フェリー)だ。
ブッツィー・ポルシェは1957年に父フェリー・ポルシェの会社であるフェルディナンド・ポルシェ社に入社。1962年にデザイン部門の責任者となり、名車ポルシェ911のスタイリングデザインを担当したF.A.ポルシェは1972年、デザインスタジオ、ポルシェデザインを設立して独立。工業デザイナーとしての独自の活動を開始する。
独立の理由のひとつは、ポルシェ社で同族経営を制限する社内規定が設けられたことだと言われるが、自動車や公共交通機関、空間デザイン、家電製品など、その後のジャンルを超えた精力的な活動や作品を見ると、工業デザイン全般への熱い情熱も大きな理由だったのではないかと思われる。
そして、1974年のバーゼル・フェアに先駆けてF.A.ポルシェは、時計の歴史に残る傑作を発表する。世界初の“マットブラックウォッチ”「クロノグラフⅠ」だ。スイス・グレンヘンのオルフィナ社(現在は消滅)が製造を担当。搭載ムーブメントはETA社製のバルジュー7750。マットブラックのダイアルにホワイトのインデックスやタキメーター表示、そしてレッドのクロノグラフ秒針が配される。F.A.ポルシェは、機能をストイックに最優先したポルシェのダッシュボードのデザインコードをダイレクトに時計の世界に持ち込んだのだ。
そして1978年から1998年3月に関係終了を発表するまで、ポルシェはIWCとのパートナーシップで、ダイバーズウォッチの「オーシャン2000」や「チタニウム・クロノグラフ」など、一連の傑作を世に送り出した。
この間、1995年にポルシェデザインは子会社を通して、ボールベアリングをローターに組み込んだ自動巻き機構「エテルナマチック」の開発で知られる名門時計ブランド「エテルナ」を買収。エテルナとポルシェデザインはライセンス契約を締結。2014年までポルシェデザインの腕時計は、エテルナによる製造で展開されることになる。
では現在はどうなっているのか? ポルシェデザインの腕時計は、誰がどこで製造しているのか?
それについて書かれた記事は、筆者が知る限り日本にはほぼないようなので、今回、新たに確認した情報を含めてハッキリ書いておきたいと思う。