セイコーのみが持つムーブメント方式「スプリングドライブ」。滑らかに文字盤上を動くスイープ運針は、同ムーブメントの数ある魅力のひとつである。今回はスプリングドライブのスイープ運針を「連続」と「離散」の観点から解き明かそう。
Text by Shinichi Sato
2021年3月24日掲載記事
スイープ運針とは何かを改めて考える
スプリングドライブは、これまでセイコーが培ってきた機械式時計の技術と、クォーツを用いた技術を組み合わせた独自の駆動方式である。その特徴は、主ゼンマイを動力とすることで太く重い針を確実に駆動し、クォーツ式に迫る精度を実現しながら秒針を滑らかにスイープ運針することにある。一般的なクォーツ式と機械式では両立しがたいふたつの特徴を兼ね備えている点は、セイコーの独自性のある技術力を象徴している。しかし、それだけがメリットなのであろうか?
筆者は、スプリングドライブとは「連続」と「離散」の観点から動作原理について考察すると、連続的な時間の流れを上手く表現した類まれなメカニズムであるとの考えに至った。
今回は、数学や制御の学問における連続と離散の概念の説明と、時間および時計との関わりについて述べながら、連続する時の流れをスプリングドライブがいかに上手く表現しているかについて考察する。
連続値と離散値
連続値をイメージするには、先に離散値について述べた方が分かりやすいと筆者は考えているので、離散値について述べてゆこう。
離散値とは、1、2、3、といった整数のように、途切れ途切れで間に数値が存在しない数を指す。離散値を用いる代表例がデジタル表示を持つクォーツ時計で、例えば3時10分3秒なら、"03:10:03"といったように明確に数字で時間を表示し、3秒の次は4秒と途中の時間を取り扱わない。やがて11分、12分と繰り上がってゆく。これが値を離散的に扱う考え方である。
クォーツ時計は、水晶振動子を発振させた際の高い周波数(おおよそ1秒間に3万2768回)の振動をICが分周することで、1秒を正確に測っている。非常に短い時間間隔で動作をしているが、それ以上に細かな時間を取り扱うことはできないのが離散の特徴である。これはおもちゃのブロックを組んで作ったリンゴに考えると近く、ブロックの切れ目でしか分割することができない。
デジタル時計は、正確に説明するならば、離散(discrete)時間で制御するコントローラーによって、一定周期で標本化(サンプリング)し、量子(digital)化された時間の値として表示する時計である。クォーツ(電波ソーラー)。18KYG(高さ48.9×幅42.8mm、厚さ13.4mm)。20気圧防水。世界限定35本。770万円(税別)。完売。
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連続値は、このような最小単位を積算する考え方ではなく、際限なく切り分けることができる状態を指す。先の例であれば本物のリンゴであり、これはどこに包丁を当てても切り分けることができる。
時間は連続値であり、1秒の半分のさらに半分……と無限に細かく分けることができる。原初の時計である日時計は、時刻表示に用いる影を生み出す太陽の位置と、その影の向く角度は無限に細かく分割できる。この点から、日時計を連続値である時間を、連続値のままで扱っているのが分かる。
機械式時計の動作を連続と離散の観点から考える
針で時間を表示する多くの機械式時計は、秒針が細かく運針する様が美点のひとつであると言われることが多い。この点から、機械式時計の示す時間は連続値であるように感じられるが、連続と離散の観点から厳密に考えると違った見方ができる。
多くの機械式時計は、振り子やテンプの往復運動をアンクルに伝え、巻き上げられた主ゼンマイが一定時間に一定の量だけほどけるように制限する仕組みである。往復運動の端まで機構が到達した時に最小単位分動くため、往復の半周期を最小単位として時間を取り扱っていることとなる。例えば、36000振動/時で動作するハイビートムーブメント、セイコー「Cal.9SA5」は、0.1秒毎に1回、アンクルを動かし、秒針を0.1秒分だけ進ませる。
すなわち、このムーブメントが扱う時間の最小単位である0.1秒を積算して1秒、1分を指し示しており、文字盤上に表示される時間は離散的に変化していると考えることもできる。
自動巻きスプリングドライブ。38石。パワーリザーブ約120時間。
スプリングドライブの動作原理
スプリングドライブが針を動かす動力源は主ゼンマイで、テンプやアンクルを持たず、主ゼンマイがほどけることによって生じる回転運動の速度を電磁ブレーキで制御している。
1秒間に6°だけ秒針が進むように回転速度を制限できれば、1分間に360°回転して、正確な時計として機能する仕組みである。ここで"1秒間に"と述べたが、ムーブメント内での1秒が正確でなければならない。
例えば、ある時間間隔で30°だけ秒針が動いたとする。これが、ピッタリと5秒間であれば秒間6°だけ秒針が進む正確な時計となる。しかし、これが6秒間で30°の動きであったとすると秒間5°の動作となり、1分間に300°しか動かず、時計の盤面上では1分間に10秒遅れてしまうこととなる。よって、正確に秒針を秒間6°の回転速度で動かすためには、より正確な既知の時間間隔で制御しなければならないことが分かる。
この正確な時間間隔を司るのがクォーツの発振周期を用いた制御回路である。クォーツを用いて発振させると、周期が一定した電圧変動を得ることができるため、それをトリガーにすれば正確な時間間隔を得ることができる。
この制御回路を動作させるには電力が必要だ。スプリングドライブは、電磁ブレーキによって発生した電力で動作している。ここで、自転車のダイナモライトを考えよう。自転車が進むことでダイナモライトの発電機が回ると、電気的エネルギーが得られてライトが光る。これと同時に、発電機側はエネルギーを奪われることとなるので、回転する方向に反する力を受けて減速する。これが、電磁ブレーキが発電機としても動作している原理である。
スプリングドライブが表現する時間の連続性
しっかりと巻かれた主ゼンマイがほどける力は、途切れの無い連続的なものだ。それにより回転する輪列もまた連続的な運動を行う。スプリングドライブは、この回転運動の速度を低下させるように制御している。この制御は短い時間間隔毎に実行されているが、回転運動を停止させているわけではないので、輪列の動きは連続性が保たれている。
この点は、一定周期に時間をカウントするクォーツ時計や、振動周期を基準とした時間の最小単位を積算する機械式時計とは大きく異なる。スプリングドライブが、その他の多くの動作方式と異なって、連続である時間を連続のまま針の位置として表現していることは、大きな特徴であると言えるだろう。
最後に
ここまでの議論は、各種時計の動作原理を、数学や制御の概念である連続と離散の観点から分類するものであり、優劣を検討したものではない。ムーブメント、ケース、文字盤のそれぞれの仕上げ、振動数の違いによる針の動きの差、リュウズの操作感などに時計の魅力を見出すのと同様に、形のない時間を文字盤上に表現するプロセスに思いを巡らせることを提案するものだ。
飽和潜水対応の600m防水と、エクステンションを内蔵したバックルを持つプロフェッショナルユースに対応できるダイバーズウォッチ。本作が9RA5のデビューモデルに選ばれたのは、グランドセイコーの自信の表れであろう。自動巻きスプリングドライブ(Cal.9RA5)。38石。パワーリザーブ 約120時間。ブライトチタン(直径 46.9mm、厚さ 16.0mm)。600m防水。飽和潜水対応。世界限定700本。115万円(税別)。㉄セイコーウォッチお客様相談室 Tel.0120-061-012
滑らかにスイープする秒針を見て、途切れることのない時間の流れを感じることは、スプリングドライブ搭載モデルのユーザーに与えられた特権だ。決して安価ではないモデルを手に入れる、あるいは興味を示したのであれば、さまざまな視点から楽しんだ方がお得である、と筆者は提案したい。
興味を持った方は店頭で手に取って、今回の内容を思い出しながら楽しんでいただけると幸いである。
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