2021年の4月7日から13日にかけて開催された、「ウォッチズ&ワンダーズ 2021ジュネーブ」のデジタル版(実にややこしい名前だ)と、同時期に各社の開催した新作発表会。速報は書かなくていいが、気になったモデルを取り上げろという。どのモデルも面白そうだが、まずはパテック フィリップの新しい「カラトラバ 6119」を書こうと思う。理由は、久々に出た手巻き「専用機」を搭載していたからである。
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
2021年4月16日掲載記事
手巻きムーブメントは今や絶滅危惧種
長年、パテック フィリップは純然たる手巻きのキャリバーとして、Cal.215(2針)とCal.215 PS(スモールセコンド3針)を使ってきた。Cal.215の発表は1976年。Cal.23-300の後継機として生まれたCal.215は、直径約21.9mm、厚さ2.55mmという薄型にも関わらず、高い精度を持つムーブメントだった。2万8800振動/時という高い振動数と、このサイズのムーブメントとしてはかなり大きな5.5mg・cm2というテンワの慣性モーメント、そして高い振り角は、小径らしからぬ精度をCal.215にもたらした。このムーブメントが、40年以上にわたって永らえてきた理由である。
もっとも、Cal.215が良すぎたためか、パテック フィリップは大振りなケースにもこのムーブメントを与えてきた。代表作は、直径36mmのケースを持つRef.5119や、37mm径のRef.5196や38mm径のRef.123などである。筆者は後に慣らされたが、直径21.9mmのムーブメントを直径37mm前後のケースに収めると、スモールセコンドの位置は文字盤の中心に寄りすぎてしまう。時計好きたちが言う「寄り目」である。大きなムーブメントを載せれば「寄り目」は解決できるが、大きな手巻きは、どのメーカーも作りたがらない。誰も欲しがらないから、だ。
全機械式時計の出荷数に占める手巻き時計の割合は、時計好きが多い日本でさえも5%に過ぎないし、他の国ではもっと低いそうだ。しかも、手巻きのほぼすべてが、オメガの「スピードマスター プロフェッショナル」やパネライ、ノモスとにいわゆるユニタス(ETA6497)搭載機ではないか。好んで3針の手巻きムーブメントを買うのは、筆者のような(弊誌読者のような)、頭のネジが飛んだ人しかいないのである。
久々の純然たる手巻き専用機。ふたつの香箱をつなげたツインバレルにより、テンワの慣性モーメントは薄型ムーブメントとは思えない10mg/cm2もある。直径30.4mm(総径31mm)。厚さ2.55mm。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。ジャイロマックスによるフリースプラングテンプ。シリンバー製のスピロマックスヒゲゼンマイ。ストップセコンド付き。日差-3秒~+2秒以内。
まさかの新型手巻きムーブメントがパテック フィリップから登場
もはや新しい手巻きムーブメントは望むべくもない、と思っていただけに、新しく手巻きムーブメントを作ったというパテック フィリップのアナウンスは意外だった。新しいカラトラバ 6119が搭載するのは、純然たる新規キャリバーのCal.30-255。名称が示すとおり、直径31mm(正確に30.4mm)、厚さ2.55mの手巻きムーブメントである。サイズの拡大により、6時位置のスモールセコンドはようやく適切な位置に収まった。
ムーブメントの構成は今風となった。丸穴車を小さくしてスペースを捻出し、そこにふたつの香箱を収めている。パテック フィリップ曰く「ダブルバレル」ではなく「ツインバレル」。理由は、ふたつの香箱から同時にトルクを放出するためだという。香箱からのトルクは、ムーブメント中心のカナと、ボールベアリング保持(!)の中間車を経て、2番車、3番車、4番車、ガンギ車、アンクルを経てテンプに至る。
受けを外した状態のCal.30-255 PS。ふたつの香箱と、歯車の多さが目を引く。面白いのはテンプである。小さく見えるが、リムの厚みを増すことで慣性モーメントを高めている。また、ストップセコンド用のレバーは、ふたつのリンクを介して、ムーブメントの外周に取り付けられている。
あえてツインバレルにした理由は、テンワの慣性モーメントを増やしたため。パテック フィリップのアナウンスによると、テンワの慣性モーメントは10mg・cm2もあるという。テンワの直径はCal.215 PSと変わらなさそうだが、写真を見ると、外周部のリムを厚くしているのが分かる。ちなみに10mg・cm2というテンワの慣性モーメントは、ロレックスの3100系ほどではないが、Cal.ETA2892A2よりも大きい。実際の携帯精度は、Cal.215 PS搭載機よりもさらに良いと推測できる。
個人的な好みを言うと、ムーブメントの中心にはカナではなく、きちんとした2番車を置いてほしかった。ただ、パテック フィリップは古典的な構成よりも、薄さを重視したのだろう。このムーブメントは、厚さが2.55mmしかないのである。あくまで予想だが、カナを中心に置くことで、針合わせ時の針飛びは起きないだろう。同社の設計思想に「針飛びを起こさない」があることを思えば、無理矢理そうに見える2番カナの採用は納得だ。さらに言うと、ベアリングで保持される中間車やふたつの香箱をつなぐカナの位置なども、これが正しい解なのかという疑問はある。ただし、パテック フィリップのことだから、問題はクリアしたに違いない。
こちらは18KRGモデル。文字盤はグレイン仕上げのシルバーカラーである。直径39mmのケースに、ラグ幅21mmという太めのストラップを合わせている。時計の全長は46.9mmと短くないが、着け心地はかなり良い。装着感の改善に取り組むパテック フィリップらしい時計だ。手巻き(Cal.30-255 PS)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。18KRG(直径39mm、厚さ8.1mm)。3気圧防水。339万9000円(税込み)。
ふたつの香箱と複雑な輪列を持つCal.30-255は、古典的な手巻きムーブメントとは全く違った見た目を持つ。ただし、新しい形としては大いにアリだと思うし、むき出しにした輪列も見応えがある。面取りも相変わらずの手仕上げだし、ブリッジ上のジュネーブ仕上げも、高級機らしくごく浅く施されている。面取りは明確な出角を持たないが、この価格帯で望むのは酷だろう。