一流のセレブたちは一体どんな腕時計を選ぶのか? 世界のセレブたちのワンシーンを切り取り紹介する連載コラム「セレブウォッチ・ハンティング」。今回は宇宙飛行士、野口聡一の腕時計を紹介しよう!
野口聡一
1965年4月15日生まれ、神奈川県横浜市出身の野口聡一。東京大学大学院で航空学の修士課程を修了後、石川島播磨重工業(現・IHI)で航空宇宙事業本部の技術者としてジェットエンジンの設計および性能試験業務を担当。96年に旧・宇宙開発事業団NASDA(現・宇宙航空研究開発機構JAXA)の公募で選出されてから、これまで3度の宇宙滞在を行っている宇宙飛行士だ。
2020年11月から現在まではアメリカのスペースX社が開発した新型宇宙船クルードラゴンに搭乗し、国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在して任務を遂行している。いよいよ帰還を目前に控えた野口聡一のアーカイブを振り返り、今回はその腕時計にフォーカスしてみた。
オメガ「スピードマスター X-33」
まず最初に紹介するのは、2005年にNASAのスペースシャトル「ディスカバリー号」で撮影された写真である。野口聡一は2005年7月26日から15日間をかけて国際宇宙ステーション組み立てミッションに参加した。この写真は、機器のチェックを行う姿を捉えたものである。左手首に装着が見られるのは、おそらくNASAから公式装備品として提供されたオメガ「スピードマスター X-33」だろう。
「スピードマスター X-33」は、オメガが1998年に発表した液晶ディスプレイ(LCD)表示を行うデジアナモデルである。搭載されるのはクォーツクロノグラフムーブメントのキャリバー1666。デジタルの標準的な表示機能である、日付、カウントダウン、アラームやストップウォッチのほか、ミッションのトータルの経過時間表示機能まで備えたものだ。電子発光バックライトを搭載しているために暗所でも表示が見やすく、視認性も高い。スピードマスターといえば、NASAが65年に公式装備品として認定した機械式クロノグラフの通称「ムーンウォッチ」が広く知られているが、時を経て、その仕様は宇宙飛行士がより使いやすいものへと進化を遂げていた。
オメガ「スピードマスター フロム ザ ムーン トゥ マーズ」
2枚目の写真も、2005年にディスカバリー船内で撮影されたものである。スピードマスターの3つ目のサブダイアルがそれぞれ赤・白・青色のモデルが写っていた。これはおそらく「銀河鉄道999」で知られる漫画家の松本零士の原案をもとに、03年に発表された「スピードマスター フロム ザ ムーン トゥ マーズ」であろう。3時位置に描かれているモチーフは火星、6時位置は月、9時位置は地球である。03年といえば、NASAが無人火星探査車「マーズ・エクスプロレーション・ローバー」を火星に向けて打ち上げた年だ。この時計は世界限定3500本が販売された、野口聡一はそのうちの1本のオーナーであった。
ここでなぜ野口聡一が2種類の腕時計を着けていたのか疑問が生じる。ここからは筆者の推測であるが、この腕時計はおそらく野口聡一の私物ではなかろうか。さまざまな情報に目を通すと、野口聡一は中学生の頃に観たテレビアニメ「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河鉄道999」の影響を受けて、宇宙への憧れを強めていたことが分かった。そして高校生の頃にスペースシャトルの打ち上げを見て、宇宙飛行士になろうと心に決めたようである。自分に影響を与えた松本零士が関わったモデルとあって、この腕時計は特別な存在だったはずだ。またこの機械式クロノグラフという仕様は、1969年にアポロ11号の宇宙飛行士バズ・オルドリンが月面で着用した伝説のムーンウォッチの後継にあたる。
ディスカバリー号への搭乗は、野口聡一の宇宙への初フライトとあって不安も大きかったはずだ。そのような中、自分を鼓舞するアイテムとしてこの1本を持参したのではないか。野口聡一はミッション遂行時に公式装備品の「スピードマスター X-33」を左手首に装着していたのに対し、こちらは右手首に着けている。左利きの野口聡一が本来着けるのは、右手首だ。自由の許される時間に、好きな腕時計を自分らしく着けることが、緊張をほぐすひとつの方法だったのかもしれない。
フォルティス「コスモノート・クロノグラフ」
3点目に紹介する時計は、2009年12月21日より翌年5月31日まで行われた野口聡一の2度目のフライトで携行された腕時計だ。野口聡一はこのとき日本人として初めてロシアのソユーズ宇宙船に搭乗し、船長補佐を務めた。そして「きぼう」日本実験棟ロボットアームの子アームの取り付けや実験運用などを実施した。このとき宇宙飛行士用腕時計として公式支給されたのが、フォルティスの「コスモノート・クロノグラフ」だった。
コスモノートは1994年より、ソユーズやミールなどの宇宙船を開発、運用するユリ・ガガーリン宇宙訓練センター(現・ロシア連邦宇宙局)に公式装備品として選ばれてきたフォルティスのコレクションである。フォルティスは1912年の創業以降、特にパイロットウォッチで名を馳せたスイスの時計ブランドだ。同社の製品はソ連とロシア、イギリス、ハンガリー、ドイツの各空軍に公式時計として納入された実績があった。
コスモノートシリーズは1994年以降、その後継機も含めると現在までに30回以上、宇宙船ソユーズとともに宇宙へ旅立ってきた。公式装備品として選ばれてきたコスモノートには3針などのバリエーションもあったが、野口聡一が携行したのはデイデイト表示とスモールセコンド、30分積算計、12時間積算計を備えるクロノグラフモデルであった。余談だが、フォルティスは2021年に初の商業宇宙旅客機「スペースシップ2」で宇宙へ旅立つ予定のデンマークの民間宇宙飛行士パー・ウィマー氏が宇宙へ携行する腕時計もオリジナルで手掛けており、こちらも「コスモノート・クロノグラフ」をベースとしたものである。
「スペースX」で着用しているのはApple Watch?
野口宇宙飛行士の宇宙暮らし054 #SpaceX #宇宙服 解説 https://t.co/xkWsM9weto
— NOGUCHI, Soichi 野口 聡一(のぐち そういち) (@Astro_Soichi) April 4, 2021
現在、民間宇宙船「スペースX」に搭乗中の野口聡一氏は自身のSNSアカウントを活用して積極的に宇宙生活の情報発信を行っている。そこで多く見られるのは、Apple Watchと思われる腕時計だ。Apple Watchには従来の腕時計にはなかった便利な機能が多く搭載されているが、中でも血中酸素濃度や心拍数の計測機能などは宇宙での健康管理に役立っているかもしれない。今回の宇宙での着用経験をふまえて野口氏に、腕時計に求める新機能を挙げてもらったならばどう回答されるだろうか。
今、世界は宇宙大航海時代にあり、宇宙が商業的に利用される新しい時代が幕を開けている。腕時計においても新しい発展があるだろう。GPSウォッチなどは早い段階で大きく進化を遂げるのではなかろうか。野口氏の活躍を振り返りながら、まだ見ぬ未来の時計に思いをめぐらせている。
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