スイス・サンティミエの名門、ロンジン。同社の長い歴史の中で培われてきた豊富なアーカイブスを題材にしたヘリテージコレクションは、いまやロンジンの魅力のひとつだ。現在のヴィンテージウォッチブームよりはるか前から良質な復刻モデルを手掛けてきたロンジンの取り組みを、前後編の2回にわたって振り返っていく。
Text by Mark Bernardo
Edit by Tsuyoshi Hasegawa
2021年5月6日掲載記事
豊富なロンジンのヘリテージコレクション
時計業界にも流行り廃りは当然あるものだが、懐古的な傾向は今までになく強いベクトルを見せている。二次流通市場の成長と時計オークションの高い水準が重なり、20世紀初頭から半ばにかけて発表されたヴィンテージタイムピースのリバイバルは、この10年間において業界のなかでも存在感を増すばかりだ。
ほとんどのブランドが自身の歴史を掘り下げ、昨今の顧客が食指を動かしそうなレトロ調デザインのアイディアを探っている。しかしそんな状況において、ビンテージ好みの顧客に以前からから訴求し続け、多くのスタイルを提供してきたブランドがある。ロンジンはその歴史を1832年までさかのぼり、1980年代にはヴィンテージリバイバルを高く掲げた希有なメゾンだ。
2019年はタグ・ホイヤーのモナコやゼニスのエル・プリメロ、それに最初のクォーツウォッチなどを筆頭に、時計業界における半世紀を祝う式典が華やかに行われた。反して、どちらかというと控えめなセレモニーとなったのが、同年、元CEOのウォルター・フォン・カネルが入社して50年を数えたロンジンだ。
創業の地であるサンティミエに現在も拠点を置く同社だが、カネルがロンジンのCEOに就任したのは1988年。顧客が何を求めているかを正確に把握し、時に納得してもらう方法を知らずして、競争の激しいラグジュアリーウォッチ業界でCEOを務めることなどできない。2020年6月に引退したフォン・カネルは、「1970年代に会社の方向性において変化がありました」とロンジンオフィスにて2019年に行われた貴重なインタビューの際に語っている。
また、「当時のロンジンのモットーは技術優先主義でした。『会社は作りたいものを作るから、君たちはそれを販売することが使命だ』とよく言われたものです。営業部門はこの姿勢を改め、会社の哲学として『市場が求めるものを見極め、会社がそれを作る』という考えに変化していったのです。これは全体的に見て、良い動きだったと思います」とも語った。市場が求めるものに適応すべしというこの社風の変化は、強豪相手だったスイスのメーカーを次々と倒していった極東発のクォーツ攻勢のなか、長い歴史を誇るロンジンが生き延びていくために、必要な決断であったと思われる。
パイオニア:ヘリテージコレクションのさきがけとなったアワーアングル・ウォッチ
今日では重要な存在となったロンジンのヘリテージコレクションは、1987年のフォン・カネルへの一風変わったプレゼンテーションが発端となった。それはここ数年来のトレンドである、レトロ・ルックやヴィンテージピースから発想を得た時計がトレンドとなるずっと以前のことであり、スイスの機械式時計がクォーツ危機から脱し、成功を勝ち得たジャンルとなる以前のことである。
87年は、チャールズ・リンドバーグがニューヨーク〜パリ間における大西洋横断ノンストップ飛行に成功したという27年から60年を数える記念の年。その時使用された機体はスピリット・オブ・セントルイス号であり、ロンジンは国際航空連盟(World Air Sports Federation)を代表し、オフィシャルタイムキーパーを務めていた。
リンドバーグが使用した「アワーアングル・ウォッチ」を現代に復刻したモデル。何度か復刻されており、写真は2017年に発表された現行モデル。自動巻き(Cal.L699)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約46時間。SS(直径47.5mm、厚さ16.3mm)。3気圧防水。62万9200円(税込み)。
当時リンドバーグは、ロンジンと協力して歴史的に重要なタイムピースの製作にも関わっていたのだ。1931年にリリースされた「アワーアングル・ウォッチ」がそれである。GPSが存在しなかった時代に、パイロットやナビゲーターは長距離飛行において経度測定が必須だった。画期的な回転ベゼルを備えた「アワーアングル・ウォッチ」は、それが可能であり、素早く、そして正確に地理的位置を把握し、目的地を特定することができるものだった。
フォン・カネルはその60周年記念モデルとして、「アワーアングル・ウォッチ」の復刻を決めたのだ。このモデルはフォン・カネルにとっても驚くほどヒットしたのである。このようにして幅広く、整理が行き届いたロンジンのアーカイブから、より多くのモデルを復刻させるという環境が整ったのである。
航空系ウォッチのアーカイブを生かした「アヴィゲーション」ウォッチ
「リンドバーグ アワーアングル・ウォッチ」が歴史的背景と現代的訴求力を合わせ持つパイロットウォッチとして完成したことで、もう1本別の復刻モデルが同じように現代的なラインナップに加わることとなる。それが「ロンジン ウィームス セコンドセッティング ウォッチ」である。
これを機にロンジンは自らのミュージアム所蔵のタイムピースから発掘を試みるようになったのだが、その多くは第一次及び第二次世界大戦において軍用生産されたモデルが中心であった。
1935年製の「タイプA-7」を復刻したモデル。斜めにセットされたダイアルが特徴。自動巻き(Cal.L788)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約54時間。SS(直径41.0mm)。3気圧防水。45万3200円(税込み)。
ロンジンは初期の航空機におけるコックピット用ダッシュボードクロックや、クロノグラフを製造しており、その実績が1920年代のパイロット用リストウォッチへとつながっていくのだ。「ロンジン アヴィゲーション タイプA-7」の斜めに傾いたレトロ調デザインは、1930年代にアメリカ空軍のパイロット用に開発されたモデルに由来している。当時の軍(空軍が部隊として独立するかなり以前)は、非常に厳格な規格、精度、品質、視認性を設定し、軍用として採用される前に、これらの条件をクリアする必要があったのだ。
その条件に合致した時計こそ「タイプA-7」と呼ばれたモデルだ。2012年、ロンジンの創業180周年記念に発表された最初の現代版タイプA-7には、右に40度傾いた文字盤が採用され、手首の内側に時計を着用するパイロットが、素早く容易に視認できるデザインとなっていた(ちなみに「アヴィゲーション」は、「アヴィエーション」と「ナビゲーション」を組み合わせた造語)。
文字盤は機体の計器と並んでいるかのように絶妙な角度に設定されており、パイロットは腕を動かしたり操縦桿を放したりすることなく、時間を読み取ることができるのだ。最初に復刻された際は、存在感のある49mm径スティール製ケースが特徴だった。そしてパイロットがグローブを着用したまま操作しやすい大きな刻みのついたリュウズ、またムーブメントはそのリュウズにプッシュボタンを組み込んだモノプッシャークロノグラフであるキャリバーL788を搭載した。初出となるブラック文字盤モデルの後に続いたのは、ホワイトラッカーの文字盤を持つ「ロンジン アヴィゲーション タイプ A-7 1935」だ。よりレトロ調の外観を与えるアンティークスタイルかつハニーカラーの光沢で仕上げられたステンシルタイプのインデックスと、スケルトン加工が施された梨型の針が合わせられていた。また、ケースも直径が41mmに変更されている。
ブラック文字盤の「ロンジン アヴィゲーション タイプ A-7 1935」も、直径41mmのケースを備えて2020年に再登場した。自動巻き(Cal.L788)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約54時間。SS(直径41.0mm)。3気圧防水。45万3200円(税込み)。
ロンジンはその他にも、2017年にビッグアイ・モデルと呼ばれるアヴィゲーションウォッチを復活させている。1930年代に作られた時計をインスピレーション源とする「ロンジン アヴィゲーション ビッグアイ」はハーフマット加工のブラック文字盤に夜光性のアラビア数字インデックスと、特に大きな30分積算計を3時位置に備えているところがポイントだ。これがモデル名「ビッグアイ」の由来である。文字盤は6時位置に12時間積算計、9時位置にスモールセコンドを備え、より伝統的なふたつのプッシャーを備えたクロノグラフのレイアウトとなっている。ムーブメントとしてCal.ETA A08.L01をロンジンのために改良した、Cal.L688を搭載する。
1930年代のアーカイブを参考にしたモデル。写真のモデルのほか、2021年にはブルーダイアルモデルが登場した。自動巻き(Cal.L688)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約66時間。SS(直径41mm、厚さ14.5mm)。3気圧防水。34万7600円(税込み)。