創業175年の軌跡 不撓不屈のA.ランゲ&ゾーネ

2021.05.30

ランゲ1

ランゲ1

完璧なプロポーションにより生み出される審美性。オフセットしてレイアウトされた唯一無二の文字盤を持つ「ランゲ1」は、今日でもブランドの顔である。手巻き(Cal.L121.1)。43石(うち8石はビス留め式ゴールドシャトンを使用)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。18KPG(直径38.5mm、厚さ9.8mm)。30m防水。レディッシュブラウンアリゲーターストラップ。380万円。

 オフセットしてレイアウトされた文字盤を持つランゲ1は、1990年代の半ば、腕時計に新しい美学をもたらした。左方向に移動したメインダイアル、特徴的な針を持つスモールセコンド、グラスヒュッテの伝統を踏襲した「アップ/ダウン」のパワーリザーブ表示、そして、ゴールドの枠で飾られたアウトサイズデイトが、明確な意志を感じさせる審美性を生み出した。黄金比の法則により、完璧なプロポーションと観察者を魅了してやまない美が出現したのである。文字盤の機能はそれぞれが同等の価値を有し、より詳細に観察するように見る者を促す。新規導入されたモデルがこれほどまでに持続性を持つのは稀なことである。ランゲ1はその後も、ブランドの中核を成すコレクションであり続け、ムーンフェイズ、セカンドタイムゾーン、トゥールビヨン、永久カレンダー、自動巻きなどが追加され、コレクションとしてさらに成長していった。ケースのバリエーションも豊富で、夜光表示を搭載したモデルも登場した。

 新生A.ランゲ&ゾーネの最初のコレクションでは、往年の懐中時計の意匠は意図的に踏襲されなかった。ウォルター・ランゲとギュンター・ブリュームラインは1990年代と、来たる21世紀に向けて、唯一無二の様式を生み出そうとしたのである。

職人の手による卓越した仕上げ

Cal.L051.2

4分の3プレート、ビス留め式ゴールドシャトン、ハンドエングレービングを施したテンプ受けなど、A.ランゲ&ゾーネ特有の仕上げを備える「1815 アップ/ダウン」のムーブメントCal.L051.2。

 外観の意匠とは異なり、ムーブメントにおいては、グラスヒュッテの時計作りの伝統に見られる装飾が最高水準で再現された。洋銀製4分の3プレート、ビス留め式ゴールドシャトン、グラスヒュッテ・ストライプ、ゴールドを塗工したエングレービングなど、19世紀のA.ランゲ&ゾーネのムーブメントに見られる特徴が存分に盛り込まれた。一番のハイライトは、スワンネック型緩急調整装置とハンドエングレービングを施したテンプ受けである。今日もなお、A.ランゲ&ゾーネのすべての時計に、自社で開発されたマニュファクチュールムーブメントが搭載されている。1990年以降、新たに開発されたムーブメントは今や65にも上る。ヒゲゼンマイも含め、ほぼすべての部品が社内で製造されているのだ。

 A.ランゲ&ゾーネのムーブメントの仕上げが、スイスなどのごく少数の競合他社しか成し得ない水準で実施されているのには、歴史的な裏付けがある。A.ランゲ&ゾーネの時計は、ほぼすべてがトランスパレントバックを備えており、複雑さの度合いに多少の違いはあるものの、ここを通して常に仕上げの完璧なムーブメントを観賞することができる。もちろん、こうした細やかな作業にはそれなりの対価が求められる。これは販売価格にも反映されているが、年間生産本数が推定で5000個から7000個と少ないのもその代償と言えるだろう。しかし、この事実があるからこそ、A.ランゲ&ゾーネの時計の価値は下がらず、稀少性が維持されているのである。

1990年以降のマイルストーン

ダブルスプリット ツァイトヴェルク

2000年以降のハイライト、「ダブルスプリット」(右)と「ツァイトヴェルク」(左)。

 ランゲ1は大成功を収めた。だが、A.ランゲ&ゾーネはそれ以降も、並外れた技術力と卓越した審美性によってマイルストーンとなる新しいモデルを次々と発表した。1999年に発売されたダトグラフもそのひとつである。アウトサイズデイトとふたつのサブダイアルが二等辺三角形を形成するデザインが、いかにもランゲらしい様式美である。秒と分のスプリット針を備えたダブルスプリットや、後には3組の計時用針を備えたトリプルスプリットも開発された。また、2009年に発表された、時と分をデジタルで表示するツァイトヴェルクは、機械式時計の世界に衝撃を与えた。

A.ランゲ&ゾーネが初めて文字盤にエナメル焼成とエングレービングを組み合わせた装飾を試みたモデル。2017年に世界限定20本として発表された「1815ラトラパント・パーペチュアルカレンダー “ハンドヴェルクスクンスト”」。その裏蓋には、レリーフ彫りでローマ神話に登場する月の女神が描かれている。

「ハンドヴェルクスクンスト」では、極限まで昇華された手作業による仕上げの技術が存分に発揮されている。さまざまな限定モデルで、芸術的なエングレービング、エナメル仕上げ、手描きの日付ディスクなど、A.ランゲ&ゾーネの熟練した職人による伝統的な工芸技術を堪能することができる。複雑機構のハイライトは、2013年に発表された「グランド・コンプリケーション」だろう。1902年に作られたグランド・コンプリケーション№42500にインスパイアされたモデルで、大小のハンマー打ち機構(グランソヌリとプチソヌリ)、ミニッツリピーター、永久カレンダー、フドロワイヤントを備えたスプリットセコンドクロノグラフが搭載されている。新生A.ランゲ&ゾーネになってから最も複雑な時計であり、合計6本しか作られていない。

 1990年以降のA.ランゲ&ゾーネの成功は、確固たる歴史的な基盤に基づくものである。19世紀から20世紀初頭にかけてA.ランゲ&ゾーネは、精度が高く高品質で美しい懐中時計によってドイツ国内だけでなく、世界中で名声を博した。成功の決定的な要因は、技術においても審美性においても妥協のない最高のクォリティを提供することを自らに課し、一貫してこれを成し遂げてきたことにほかならない。唯一無二のデザインと限られた生産本数とともに、こうした実直な姿勢こそが、A.ランゲ&ゾーネというブランドの高い人気を裏付けているのである。

オデュッセウス

2019年に発表されたA.ランゲ&ゾーネ初となるステンレススティール製のスポーティーウォッチ「オデュッセウス」。自動巻き(Cal.L155.1)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。SS(直径40.5mm、厚さ11.1mm)。12気圧防水。310万円。
Cal.L1902

2013年に発表された世界限定6本の「グランド・コンプリケーション」に搭載されるムーブメントCal.L1902。1902年に製作された懐中時計のグランド・コンプリケーションNo.42500から着想されたモデルで、現代のA.ランゲ&ゾーネの技術力と装飾技法の粋が注ぎ込まれた超複雑ムーブメント。グランソヌリとプチソヌリ、ミニッツリピーター、永久カレンダー、フドロワイヤントを備えたスプリットセコンドクロノグラフが搭載される。


interview with WILHELM SCHMID
ウォルター・ランゲこそブランドの魂

ドイツ・グラスヒュッテにおいて175年に及ぶ伝統を誇るA.ランゲ&ゾーネ。その時計作りと、同社を再興した立役者であるウォルター・ランゲをたたえ、人々の記憶にとどめるべく、グラスヒュッテの地に設置された彼の記念碑について、クロノスドイツ版編集長リュディガー・ブーハーが、A.ランゲ&ゾーネCEOヴィルヘルム・シュミットに、その意義を問うた。

ヴィルヘルム・シュミット

ヴィルヘルム・シュミット
A.ランゲ&ゾーネCEO。1963年、ドイツ・ユーリッヒ生まれ。アーヘン大学で経営学を学んだ後、石油会社のBPカストロールを経て、BMWに8年間在籍。そのうち約3年間(2007~2010年)、南アフリカでBMWのセールス&マーケティング責任者として手腕を発揮。それが高く評価され、本社のボードメンバーに抜擢される。2011年、A.ランゲ&ゾーネのCEOに就任。

──1845年、フェルディナント・アドルフ・ランゲはグラスヒュッテに時計工房を開設し、それに続いて自身の会社であるA.ランゲ&ゾーネを創業しました。F.A.ランゲの重要性は今日、どのようなものでしょうか?

 F.A.ランゲが1845年に時計師養成学校を設立していなかったなら、また、養成学校から発展した彼の会社がその後、持続的に成功を収めていなかったなら、グラスヒュッテは今日、ドイツ時計産業の中心地にはなっていなかったことでしょう。彼は、A.ランゲ&ゾーネというブランドに利益をもたらしただけでなく、グラスヒュッテを時計産業における重要な町に成長させたのです。ランゲ・ファミリーは、第2次世界大戦後に国有化されるまで、時計を作る才能と意欲を育んできました。このふたつこそ、A.ランゲ&ゾーネというブランドの特徴であり、ふたつの世界大戦、世界恐慌、そして旧東ドイツ時代を乗り越える糧となったものです。

──A.ランゲ&ゾーネのCEO(最高経営責任者)として、F.A.ランゲからどのようなインスピレーションを得ていますか?

 法的形態こそ家族経営ではありませんが、私たちは多くの場面で家族企業のように振る舞っています。グラスヒュッテを拠点としながらもグローバルに活動しており、スイスブランドの存在が大きな時計産業において、ドイツの時計ブランドとして特別な役割を果たしています。私たちは常に「自分たちに何ができるか」を証明しなければなりません。この姿勢が、「Never Stand Still(決して立ち止まらない)」という私たちのモットーに表れているのです。このモットーの中にこそ、F.A.ランゲ、彼の息子たち、そしてウォルター・ランゲ(創業者の曾孫であり、1990年の新生A.ランゲ&ゾーネの創立者)とギュンター・ブリュームライン(ランゲ・ウーレンGmbHの初代CEO、1990年代の復興における立役者)の人格が表れています。そして、それは私たちのブランドに根付き、今日も生き続けているのです。

──「Never Stand Still(決して立ち止まらない)」というモットーは何を表しているのですか?

 昨日よりも今日、あらゆる分野において少しでも進化できるように努力することを意味します。これは、工房内の工程にも当てはまります。作業手順は基本的に決まっているのですが、時折チェックして、必要があれば改善しています。

──具体的に教えていただけますか?

 ひとつの例が作業手順です。すべての工程に作業指示書がありますが、時計師の目から見てより良い方法があれば提案するように、常に言っています。新しく得られた知見は社員全員で共有し、今までのやり方を改善します。これは私たちの企業文化のひとつです。

──A.ランゲ&ゾーネの時計師と設計士は、F.A.ランゲの作品からどのくらい影響を受けていますか?

 当時は技術的に不可能と思われていたことが今日では可能になっていることは、もちろん多々あります。ですが、往年のランゲ・ウォッチの装飾や模様彫りを見ると、今日ここまでのクォリティを果たして実現できるか、自問することもあります。3本のアニバーサリーエディション〝F.A.ランゲへのオマージュ〞の仕上げが良い例です。受けの表面にきめ細かな模様彫りが施されていますが、古典的なペルラージュ模様の代わりに施しているグレインフィニッシュの技法は、昔の「ランゲ1Aクォリティ」にインスパイアされたものです。加工に高い技術が必要で、表面に傷が付きやすいため、こうした仕上げは特別なモデルでしか行いません。

──175周年記念モデルについてお聞きします。2針時計、ラトラパント、そしてグランド・コンプリケーションという、レンジのまったく異なるモデルを選んだのはなぜですか?

 異なるレンジから選んだのは、私たちの時計のコレクターのみなさんがそれぞれに異なる経済的背景をお持ちだからです。私たちは、どのコレクターにも選んでもらえるようなラインナップを提供しようと考えました。どの時計にも何か新しいものを見つけてもらえると思います。2針時計の「1815 フラッハ・ハニーゴールド」は、エナメルで仕上げた文字盤とフラットなケースが特徴のモデルです。「1815 ラトラパント・ハニーゴールド」は純粋なラトラパントとして、他の複雑機構は搭載しませんでした。「トゥールボグラフ・パーペチュアル・ハニーゴールド」の複雑かつ立体感あふれる文字盤は、唯一無二の仕上がりです。

──今回、文字盤が自社製となりましたが、なぜですか?

 2020年春にコロナ危機が始まったとき、私たちのサプライヤーは何も生産することができなくなってしまいました。ですから、私たちは自分たちで製造することを余儀なくされたのです。ケースと同様、ハニーゴールドで文字盤を作るというアイデアは、以前からすでに持っていました。今回、トゥールボグラフ・パーペチュアル・ハニーゴールドで採用したハニーゴールド製文字盤は、インデックスがアプライドではなく、削り出し加工されています。文字盤自体はブラックロジウムコーティングが施されていることから、コントラストが明瞭で、独特な立体感を生み出しています。

 ツーピース構造のエナメル文字盤を備えた1815フラッハ・ハニーゴールドは、伝統的な懐中時計に着想を得ていますが、ケースは極めて薄く、約72時間のパワーリザーブを備えています。つまり、最新鋭の技術が駆使されており、古典的なデザインコンセプトとの乖離が、まさにこの時計に美しさを与えているのだと思います。この時計を初めて手首に着けた時、私は驚きと興奮を覚えました。2針時計ではデザイン上の選択肢があまり多くないので、設計やデザインが非常に難しいのです。

──アニバーサリーエディションすべてに共通しているのはハニーゴールド製のケースです。この素材のメリットは何ですか?

 まず、美しく変化する色です。自然光と人工光のどちらで見るかによって、ホワイトゴールドから優しいピンクゴールドまで色調が変化します。非常に魅力的で、時計に特別な価値を与えます。この合金は硬いので傷には強いのですが、その半面、加工がとても難しい素材でもあります。製造の段階だけでなく、後のサービスにおいても、不活性ガスであるアルゴン等の雰囲気ガスを充填した環境でレーザー加工しなければなりません。ですから、ハニーゴールドは限定モデルにしか使われていません。

──2020年9月18日、グラスヒュッテのマルクス・ドレスラー市長も出席し、ウォルター・ランゲ記念碑の除幕式が行われました。現在に受け継がれるウォルター・ランゲの功績は何でしょうか?

ウォルター・ランゲ像

2020年9月18日、グラスヒュッテのマルクス・ドレスラー市長も出席の下、グラスヒュッテで行われたウォルター・ランゲ像の除幕式。

 ウォルター・ランゲは1990年に曽祖父の会社を復興し、ギュンター・ブリュームラインとともにA.ランゲ&ゾーネというブランドを復活させました。この新たな始まりがなければ、今日のグラスヒュッテはなかったでしょう。ウォルター・ランゲは最後までブランドの魂であり、その魂と彼が重視していた価値を、社風として根付かせることに成功しました。

──ウォルター・ランゲが重視した価値とはどのようなものですか?

 売り上げだけでなく、人間のことも考えることです。例えば毎年、新しい研修生を受け入れること。そして、20年後の時計産業がどうあるべきかイメージすることです。ウォルター・ランゲが常に求めていたこれらの価値は、私たちの企業文化の一部になっています。

──グラスヒュッテの住民と来訪者に対して記念碑が発信するメッセージとは何でしょうか?

 グラスヒュッテがドイツ時計産業の中心地であるということです。ウォルター・ランゲのように、ひとりの人間がこの町の現在と未来に大きな影響を与えることができるということ。そして、ランゲ・ファミリーと多くの人々によって始まった歴史が、これからも続いていくということです。

──記念碑の制作で特に注意した点は何ですか?

トーマス・ヤストラム

ウォルター・ランゲの像を制作中のハンブルクの彫刻家、トーマス・ヤストラム。

 私たちが求めていたのは、F.A.ランゲのような胸像でもなく、台座に君臨する立像でもありませんでした。ウォルター・ランゲらしい何かを作りたいと模索しました。こうして行き着いた結果が、穏やかに歩を進めるウォルター・ランゲの姿だったのです。道ゆく人々と同じ目の高さで手を差し伸べる等身大のウォルター・ランゲ。しっかりと地に足を着け、そっと人々に歩み寄る。まさに、かつて彼がそうであった通りの像が出来上がりました。ハンブルクの彫刻家、トーマス・ヤストラムは、100%写実的ではありませんが、彼独自の解釈でウォルター・ランゲの人格を表現してくれました。

──ウォルター・ランゲの記念碑は、グラスヒュッテの事業ですか? それともA.ランゲ&ゾーネ独自の企画ですか?

 記念碑はグラスヒュッテとの共同プロジェクトです。グラスヒュッテの協力がなければ、A.ランゲ&ゾーネの敷地外に記念碑を設置することは不可能だったでしょう。ウォルター・ランゲにとってはグラスヒュッテの町全体がA.ランゲ&ゾーネと同じくらい大切なものでした。記念碑が建てられたのは、ウォルター・ランゲがいつも気にかけ、個人的にも支援していた教会の前の広場です。曽祖父の胸像からも近く、これ以上、ふさわしい場所はないと思います。



Contact info: A.ランゲ&ゾーネ Tel.0120-23-1845


2021年 A.ランゲ&ゾーネの新作時計まとめ

https://www.webchronos.net/features/62372/
アイコニックピースの肖像 A.ランゲ&ゾーネ/ランゲ1

https://www.webchronos.net/iconic/14701/
マクロ写真で楽しむA.ランゲ&ゾーネの芸術的ムーブメント

https://www.webchronos.net/features/42095/