2021年に発表されたザ・シチズンのキャリバー0200は、シチズンの考える時計の本質を盛り込んだ大作だ。良い機械式時計を作りたいという設計者たちの思いは、やがて時間精度と審美性というカタチになった。フリースプラングテンプに、スイス公式クロノメーター検定協会「C.O.S.C.」の基準を超える高い精度、そしてシチズンらしい立体的な造形。これは、次なる腕時計の理想に挑む、新しいザ・シチズンを象徴するモデルである。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2021年7月号 掲載記事]
シチズンの最高技術を結集した Caliber 0200が創出する新価値
シチズンが、スイスのプロサーホールディングを買収したのは2012年のこと。ムーブメントメーカーのラ・ジュー・ペレ社を傘下に持つ同社を加えることで、シチズンは機械式時計の分野に再進出を果たした。しかしシチズンは、それ以前から機械式時計の開発を続けていたのだ。定番の自動巻き82系に加え、10年には薄型ムーブメントとして新規開発された90系と、ザ・シチズン向けの兄弟機である09系をラインナップに加えた。残念ながら09系を載せたザ・シチズンは生産中止となったが、シチズンはそれを置き換えるモデルの開発を進めていた。満を持してお披露目されたのが、21年の「ザ・シチズン メカニカルモデル キャリバー0200」である。
キャリバー0200は、今までのザ・シチズンとはまったく異なるデザインに特徴がある。いわゆる〝ラグジュアリースポーツウォッチ〞に見えるが、そのデザインは、かつてのシチズン製腕時計に触発されたもの。また、ケースに施された歪みのない面と、完全に切り立った稜線の両立は、今までの日本製腕時計には珍しいものだ。一見シンプルだが、非常にコストのかかった造形である。
シチズンが、まったく違うデザインを与えた理由は、搭載する自動巻きムーブメントにある。新規開発されたキャリバー0200は、フリースプラングテンプに加えて、スイス公式クロノメーター検定協会「C.O.S.C.」の基準を上回る高精度機だ。ムーブメントの仕上げも同価格帯のスイス製腕時計を超えている。
キャリバー0200は手堅い構成を持つ。6時位置にスモールセコンドを置くベーシックな輪列で、自動巻きも90系や09系に同じ、シンプルな片方向巻き上げ式だ。ムーブメントのサイズも昔の自動巻き並みに大きく厚い。構成だけを見れば、1950年代の自動巻きのようなキャリバー0200。しかし〝攻めた〞設計を盛り込むことで、第一級の性能を持つ自動巻きムーブメントとなった。
設計をまとめたのはシチズン時計の中川太郎氏と土屋建治氏。「0200では機械式時計らしさを強調したかった」とそのコンセプトを語る。あえて日付表示を省き、スモールセコンドにしたのは、クォーツ時計との違いを強調するためだ。
キャリバー0200の開発が正式にスタートする以前から、シチズンは精度を高める基礎研究を続けていた。そうしたテンプや脱進機に対する取り組みが、キャリバー0200の新しいフリースプラングテンプを生み出したのだ。緩急針を持たないこの精度調整装置は、長期間精度を維持しやすい上、衝撃にも強い。そのため、スイスの高級時計には不可欠な機構になりつつある。
しかし、長年機械式時計から距離を置いてきたように見えるシチズンが、いきなりフリースプラングテンプを搭載するとは予想外だった。ラ・ジュー・ペレ社製と思いきや、シチズン製という。土屋氏は「特に品質面において自社で生産できる体制が整ったからフリースプラングテンプの採用に踏み切れた」と説明する。キャリバー0200のテンプはフリースプラングに加えて、同社の2万8800振動/時のムーブメントとしては最大級の慣性モーメントを持つ。そのため理論上だけでなく、実際の携帯精度も優れているだろう。同様に、脱進機や歯車も完全にシチズン製である。「従来からシチズンには高精度部品加工技術が蓄積されており、キャリバー0200の部品製造にもそれがいかんなく発揮されている」と土屋氏は語る。
シチズンが11年ぶりに発表した機械式ムーブメントがキャリバー0200である。6時位置のスモールセコンドや片方向自動巻きといった構成は極めて古典的。しかし、フリースプラングテンプや、ベアリング保持のローター、実用的なパワーリザーブといった最新の機構を搭載する。精度もC.O.S.C.認定クロノメーター以上だ。自動巻き(直径29.1mm、厚さ5.0mm)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。静態時の平均日差-3秒~+5秒。
中川氏は、キャリバー0200をセンターセコンドにすべきか迷ったと語る。「4番車をセンターに置かないスモールセコンドにすれば、設計はシンプルになるし、生産性も上がる。また歯型のモジュール(歯の大きさ)と歯車の厚みを増すことで加工精度も改善できるため、時計の精度も良くなる」
その姿勢を示すのが、新しい精度検定だ。一般的なC.O.S.C. 認定クロノメーターは、ムーブメント単体で精度を測る。その内容は3温度、5姿勢で15日間の検定だ。対してキャリバー0200は、ムーブメントをケースに収めた状態で、3温度、6姿勢、17日間のチェックを受ける。一般的にムーブメントをケースに収めることにより、精度はわずかに変わることがある。そこでシチズンは、より実際に近い、ケーシングした状態で精度を測ることに決めた。「0200は精度が出ることが分かったので、ケースに入れた状態で精度を測ろうとなった」と土屋氏は語る。静態時の平均日差はマイナス3〜プラス5秒と、C.O.S.C. 認定クロノメーターよりも厳格だ。
キャリバー0200は美観に対する配慮も際立っている。地板と受けはスイスのラ・ジュー・ペレ社製。専用の治具を使って、上面にヘアラインを施したのは、シチズン初の試みだ。また、ダイヤカット仕上げの面取りも、日本製のムーブメントとしては例外的にかなり深い。地板全面にペルラージュ装飾を施しているのも、この価格帯では珍しい。
面白いのは、天真に加えられた新しい耐震装置「ランブロック」だ。長年シチズンはパラショックという耐震装置を使ってきた。対して「何か新しいものを加えたかった」中川氏は、キャリバー0200に新しい耐震装置を与えた。ショックを受けた際の耐衝撃性や復元性は、今までのパラショックにほぼ同じだが、デザイン上、テンプが大きく見えるという利点がある。併せて、テンプの受けにはヒゲ持ちを支えるスティール製のプレートが追加された。これはヒゲ持ちを強固に支えるだけでなく、見た目のアクセントにもなっている。
シチズンが満を持してリリースしたザ・シチズン メカニカルモデル キャリバー0200。無理のない設計と巧みなパッケージング、そして随所に盛り込まれた新機構は、久々の機械式腕時計とは思えないほどの完成度を誇っている。このモデルが指し示すのは、日本製高級腕時計の、新しい理想なのである。
シチズンの考える腕時計の理想形。実用的なサイズに、堅牢で高精度な新規設計の自動巻きムーブメントを搭載する。あえて片方向巻き上げ式を採用することで、理論上、さまざまな条件でも主ゼンマイが巻き上がりやすい。薄型にもかかわらず、立体的な造形と切り立ったエッジを持つ。自動巻き(Cal.0200)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。SS(直径40mm、厚さ10.9mm)。5気圧防水。静態時の平均日差-3秒~+5秒。各予価60万5000円(税込み)。2021年8月発売予定。「シチズンオーナーズクラブ」への登録により5年間無償保証・無償点検でサポート。