ブランドロゴにあしらわれた碇のマークが示すように、歴史的にユリス・ナルダンといえば、かつて航海に必須であったマリンクロノメーターの製造でその名を馳せ、以来、海のイメージをまとった時計メーカーとして知られてきた。だが、現代のユリス・ナルダンは、そうした歴史を受け継ぎつつも、「X」というコードに新たなコンセプトを込め、モダンなスケルトンウォッチを矢継ぎ早に世に送り出している。現代のユリス・ナルダンが打ち出すニューコード「X」の秘密を、2021年の新作から解き明かす。
鈴木幸也(本誌):取材・文 Text by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2021年7月号 掲載記事]
Pursuit of Modern Skeleton
2021年に創業175周年を迎えたユリス・ナルダンが、4月に開催されたウォッチズ&ワンダーズで発表した世界限定175本の新作。現行のダイバーコレクションの「ダイバーX」と、エグゼクティブコレクションの「スケルトンX」が持つ要素を巧みに融合した現代のユリス・ナルダンを象徴する新機軸が、この「ダイバーX スケルトン」である。ブルーPVDを施したチタン製ケースに、同じくブルーの航空宇宙素材のカーボニウム製ベゼルを搭載。自動巻きのスケルトンムーブメントは、一際目を引く大型のシリコン製テンワに加え、シリコン製の脱進機(ガンギ車とアンクル)を採用する。左はオーシャンブルー、右はスーパーチャージドオレンジのラバーストラップを装備。自動巻き(Cal.UN-372)。23石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約96時間。Ti(直径44mm)。200m防水。世界限定175本。各267万3000円(税込み)。
かつてユリス・ナルダンを成功へと導いた技術の探求に加え、最先端にチャレンジし続けること。近年、同社が打ち出す「X」というコードには、こうしたメッセージが込められている。同時に、この「X」はデザインモチーフでもある。それが見事に体現された新作が、今回紹介する「ダイバーX スケルトン」と「ブラスト アワーストライカー」だ。このふたつの新作が、現代のユリス・ナルダンを象徴していると言っても過言ではない。両者に共通するのは、「X」をモチーフにしたスケルトンとオープンワークが描き出すモダニティにほかならない。
それを踏まえて、ダイバーX スケルトンを注視すると一層興味深い。同社のアイコンである「マリーン ダイバー」という伝統に、「X」をモチーフにしたスケルトナイゼーションという新機軸の挑戦を採り入れた賜物だからだ。ベースとなったのは手巻きのスケルトンムーブメント、キャリバー371。これを自動巻き化したのが、今作が搭載するキャリバー372である。自動巻き化した理由は、ダイバーズウォッチはスポーツウォッチのカテゴリーにあるからだ。躍動するスポーツウォッチには自動巻きが相応しい。しかし、スケルトンを際立たせるには視界を遮る回転錘のない手巻きが望ましい。この相反する要件への挑戦は、「X」に込められたコンセプトにも合致する。
同社の開発陣は見事にその難問を解決した。「X」をかたどったセンターローターが、文字盤にあしらわれたX型のオープンワークと呼応して一体感を生み出すデザインは心地よいほど潔く、モダンだ。注目すべきは6時位置にのぞく巨大なシリコン製のテンワだ。ここにもシリコン技術の先駆者であるユリス・ナルダンの矜恃がデザイン要素として盛り込まれ、スケルトンを強調する効果的なアクセントとなっている。
「X」に込められた探求心がより鮮烈に表現されているのが、もうひとつの新作「ブラスト アワーストライカー」である。その名の通り、音で時を知らせるストライキングウォッチだ。ユリス・ナルダンは歴史的に、マリンクロノメーターに加え、ストライキングウォッチでも名を馳せてきた。その技術力に、現代の同社のコードであるモダンスケルトンの要素を取り込み、文字盤をオープンワークにして、ストライキング機構を見せること。さらに、音の質と大きさを向上させること。
これらを成し遂げるため、1980年代にストライキング機構の開発を復活させ、蓄積してきたノウハウに、2019年に発表した「アワーストライカー ファントム」で協業したフランスのオーディオ機器メーカー、デビアレ社との共同開発の成果が役立ったと、チーフプロダクトオフィサーのジャン=クリストフ・サバティエは言う。
「以前の鳴り物の技術では、文字盤をオープンワークにする余裕がなかった。今回、鳴り物をゼロベースで開発し、文字盤側からゴングをはじめとする鳴り物機構を見えるようにした。フライングトゥールビヨンに鳴り物を加えるのは特に困難な挑戦ではなかった。だが、既存のキャリバーをベースに、約50%もこの時計のために新たに部品を作ったのだが、既存と新規のパーツを統合する初期段階の設計が難しかった」
音量に関しては、デビアレ社のスピーカーをヒントに、ゴングの振動を厚さ0.3mmのチタン製の薄膜(メンブレン)に伝達することで増幅しているのだが、空気振動ではなく、ゴングサポートからトランスミッションアームを経て、防水パッキンの外側にあるメンブレンに振動を伝達しているため、30m防水を確保することができた。
1980年代以降、ユリス・ナルダンが得意としてきたストライキングウォッチのノウハウを基にゼロベースで開発された新型ムーブメントCal.UN-621を搭載。毎正時と30分ごとに自動的にゴングを打ち鳴らすアワーストライキング機構に加え、10時位置のボタンを押すことで、オンデマンドで作動させることもできる。自動巻き(Cal.UN-621)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KRG(直径45mm)。30m防水。1262万8000円(税込み)。
特筆すべきは、裏蓋を開けることなく、裏蓋に設けられたメンブレン音響調整ネジを出し入れすることで、メンブレンの振動を変え、音質の調整を可能にした新システムの導入だ。
「一番強調したいのは、耳で鑑賞する音に関する探求だけでなく、目で見て楽しむ新しいデザインの審美性に加え、装着した時の心地よさ。これらを実現しつつも、従来のトゥールビヨンと同じ価格帯を維持していること」
こうした要素すべてが、この新作の着想の源泉だとサバティエは説明する。
このふたつの新作に加え、海から宇宙へと発想を広げた〝未来のマリンクロノメーター〞とも言うべき造形を持つ「UFO」。この3つの新作からは、「X」に続く今年のテーマ「バーティカル・オデッセイ」というキーワードを読み取ることができる。マリンクロノメーターからダイバーズへの発展、爆発的な自然界のエネルギーを意味する「ブラスト」、海と宇宙を彷彿させる「UFO」。ユリス・ナルダンの技術と意匠の歴史が、現代という時間軸で垂直につながる。〝今〞を創造するユリス・ナルダンの新たな物語の始まりである。
ユリス・ナルダンが、175年後のマリンクロノメーターを想像して製作したクロック。3つの文字盤が3つのタイムゾーンを表示する。毎秒1振動でゆっくり往復運動する頭頂部の巨大なテンプの下に、デッドビートを刻む秒表示が置かれる。部品点数675個。手巻き(Cal.UN-902)。3600振動/時。パワーリザーブ約1年。アルミニウムフレーム(直径159mm、高さ264mm)。世界限定75個。497万2000円(税込み)。
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