看板のないイタリア料理店「湯浅一生研究所」が、今春、より進化を遂げて西麻布に移転。アートに囲まれた空間と記憶に残るトスカーナの味わいでゲストをもてなす。
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
[クロノス日本版 2021年7月号 掲載記事]
14皿前後のお任せコースの中盤で提供されるシグネチャーと呼べる一皿。数種の甲殻類、魚の骨、貝をそれぞれに最適な調理法で別々の鍋で仕立てたスープに、本枯節を加えた身体に染み入る味わい。具材には伊豆下田の金目鯛と九十九里浜の蛤、シシリアンルージュを使用。魚は、カレイ、のどぐろ、平目、ホウボウなど、季節の移ろいと共に替わる。
本物に触れる唯一無二の追体験
「学生時代に訪れたトスカーナのどこか特有な料理に魅了され、それを再確認するために、この地に戻ってこようと心に決めました」と自身の原点を語る湯浅一生氏。その言葉通り、数年後には料理人としてイタリアに渡り、トスカーナ州とエミリア・ロマーニャ州で研鑽を積んだ。
1984年、千葉県生まれ。専門学校卒業後、都内イタリア料理店に勤務し、2011年に渡伊。帰国後、横浜「SALONE2007」、渋谷「BIODINAMICO」などを経て、20年11月に恵比寿「湯浅一生研究所」のシェフに就任。21年4月、移転に伴い、西麻布「ISSEI YUASA」をオープン。
装いを新たに移転した「ISSEI YUASA」では、郷土色豊かなテイストで現地を旅するかのようなコースが展開される。蓋を開けると豊かな香りが漂う「カチュッコ」は、トスカーナ州のリヴォルノという小さな港町で生まれた漁師料理。スプーンで口に運べば、その滋味深さに一瞬にして虜になってしまう。力強さだけでなく洗練された上品さが共存するのは、本場の味を知ったうえで、自身のフィルターを通して再構築しているから。
現地の漁師たちがすべての素材を同時に鍋に投入して煮込む豪快なスープに対し、湯浅氏は素材ごとに最適な火入れを行い、カネサ鰹節商店の本枯れ節で味を調えている。日本の魅力ある食材を主役にしたレシピの数々は、これまで各地に赴き、生産者と親交を深めてきた賜物だ。
「少し癖のある料理を意識しています」と湯浅氏。“癖”とは、トスカーナを自分らしく皿の上に投影した料理であり、オリジナリティーを追求して辿り着いた表現のかたち。「カチュッコ」を魯山人の器で提供するというのも非常に興味深い。ここでしか体験できないユニークな違和感が、好奇心を掻き立ててくれる。
料理や器における「本物に触れて欲しい」という想いは、空間にも一貫。アルベルト・ジャコメッティや藤田嗣治といった壁に飾られたアート作品は、まるでプライベートギャラリーのよう。食事の間、ゲストが最も長く触れている椅子は、ピエール・ジャンヌレを採用した。
食後のエスプレッソは、使い込むほどに風味が増す直火式のマキネッタを愛用。可能性を秘めた一杯を傾けつつ、湯浅氏の過去、現在、未来への味の追体験をするような食事の余韻に浸っていただきたい。
ISSEI YUASA
東京都港区西麻布1-4-22 アートスクエア西麻布1F
Tel.03-6804-1191
日曜定休 18:00~23:00 ※情勢に応じて変則的
お任せコース1万9800円(サービス料10%別)
完全予約制
https://www.webchronos.net/features/63546/
https://www.webchronos.net/features/60079/
https://www.webchronos.net/features/57177/