オメガ 新旧スピードマスター 徹底解析

2021.06.24

再三取り上げてきたオメガの新しい「スピードマスター ムーンウォッチ マスター クロノメーター」。その高い精度や耐磁性は、実用時計としてのスピードマスターを別次元へと引き上げるものだった。しかし、本作の語りどころは、傑出した実用性だけには留まらない。優れた装着感をもたらすブレスレットや発光量を増した新しいインデックスといった、今のオメガらしいディテールは、この定番の魅力をいっそう増したのである。

奥山栄一:写真 Photographs by Eiichi Okuyama
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)


マスター クロノメーター化された新しいスピードマスター

スピードマスター ムーンウォッチ マスター クロノメーター(ヘサライトモデル)
2021年1月に発表された新しいスピードマスター。1万5000ガウスの耐磁性能と0秒~+5秒以内の静態精度を持つマスター クロノメーター規格をパスしている。デザインのモチーフとなったのは、1964年発表のST 105.012である。こちらもヘサライト風防のモデル。手巻き(Cal.3861)。 26石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。SS(直径42mm、厚さ13.58mm)。50m防水。73万7000円(税込み)。

 1万5000ガウスという超耐磁性能と高い等時性を持つマスタークロノメーター規格。その発表時に、オメガは順次、新しいモデルをマスタークロノメーターに置き換えていくとアナウンスした。しかし、新しい設計を持つキャリバー8500系や9300系ならさておき、基本設計を1968年にさかのぼるキャリバー1861を搭載する「スピードマスター ムーンウォッチ プロフェッショナル」をマスター クロノメーター化することは、まず不可能だと思われた。クロノグラフ部分は刷新されたとはいえ、地板の設計は42年のレマニアCHRO27にほぼ同じだ。古くて小さなこのムーブメントに、大きなコーアクシャル脱進機を載せるスペースはない。

 もっとも、2018年夏の時点で、オメガの副社長であるジャン-クロード・モナションは、スピードマスターにもコーアクシャル脱進機を載せ、数年後には発表すると述べたが、まさかこの「古い」ムーブメントにコーアクシャル脱進機が載るとは、にわかには信じ難かった。

 19年、オメガは限定版のスピードマスターに、マスター クロノメーター化したキャリバー3861を搭載。21年には、満を持してレギュラーモデルにも採用した。もちろん、その性能は格段に優れている。しかし、それ以上に驚かされたのは、その非凡な外装であった。

スピードマスター ムーンウォッチ プロフェッショナル

スピードマスター ムーンウォッチ プロフェッショナル(ヘサライトモデル)
1968年のST 145.022以降、ほぼ変わらないまま製造されたのが前作。機械式クロノグラフとしては極めて熟成されている。これはヘサライト風防と耐磁性のインナーケースを持つモデル。比類のない時計だが、控えめに言っても装着感は良くない。手巻き(Cal.1861)。18石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。SS (直径42mm、厚さ14.3mm)。50m防水。 60万5000円(税込み)。

 08年の「デ・ヴィル アワービジョン」以降、オメガはようやく外装の改良にも取り組むようになった。ブレスレットのコマはネジ留めになり、ケースやブレスレットの面の歪みは小さくなった。さらに、文字盤にはさまざまな色や仕上げが盛り込まれるようになった。正直、あのオメガがセラミックスやエナメル文字盤を使うとは、誰が予想しただろう。

 21年に発表された新しい「スピードマスター ムーンウォッチ マスター クロノメーター」には、そういったオメガのノウハウが随所に盛り込まれた。まずは、その概要を述べたい。オメガ社長兼CEOのレイナルド・アッシェリマンは、同社の課題として、装着感の改善を挙げた。曰く、オメガの時計はまだ薄くできるし、着け心地もよくできるだろう。

 本作も例外ではなく、デザインとサイズが見直された結果、おおよそスピードマスターらしからぬ着け心地を持つ。時計の全長は48.2mmから47.46mmへと短くなったほか、オメガの言うTシェイプの弓管は、張り出しを抑えたUシェイプに改められた。また、サファイアクリスタル風防のモデルは厚さが13.5mmから13.18mmになり、プラスティック風防を持つヘサライトモデルの厚さは14.3mmから13.58mmへと大幅に薄くなった。

スピードマスター ムーンウォッチ マスター クロノメーター

スピードマスター ムーンウォッチ マスター クロノメーター(サファイアクリスタルモデル)
ムーブメント自体が耐磁性能を持った結果、インナーケースが不要になった新しいスピードマスター。シースルーバック仕様にもかかわらず、性能はヘサライトモデルと遜色ない。なお、サファイアクリスタルモデルはブレスレットがサテンとポリッシュ仕上げの併用となる。手巻き(Cal.3861)。26石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。SS(直径42mm、厚さ13.18mm)。50m防水。84万7000円(税込み)。

 また、磁気をシャットアウトするインナーケースが不要となった結果、時計の重さは、旧ヘサライトモデルの157gに対して、新しいサファイアクリスタルモデルが138g、へサライトモデルが135gと大幅に軽くなった。その装着感は掛け値なしに歴代モデルのベストだ。

 手つかずだったディテールもアップデートされた。インデックスは振動数に合った3分の1秒刻みとなり、かつてのモデル同様、秒針と分針の先端は大きく曲げられた。また、文字盤の下地を強く荒らすことで、黒の発色は以前のものよりいっそう鮮やかである。そして、インデックスの蓄光塗料は、文字盤の上に載せるのではなく、文字盤のインデックス部を切削し、その中に蓄光塗料を流し込むように改められた。共通して言えるのは、これらの改善が、質感よりも実用性の向上のためということだ。

 実用性への配慮は、新しいブレスレットでいっそう顕著である。コマが約8.5mmから約5mmと短くなったほか、ケース側20mm、バックル側18mmだった幅も、20mmと15mmに改められた。普通、ヘッドの重いスポーツウォッチは、ブレスレットを絞らない。しかし、インナーケースを省いて軽くなったため、スピードマスターはあえてドレスウォッチのような強いテーパーのかかったブレスレットを採用した。20mm-15mmというサイズは、ヘッドを支えるには頼りなさそうに見えるが、バックルのプレートを頑強に作ってあるため、まったく問題ない。

スピードマスター ムーンウォッチ プロフェッショナル

スピードマスター ムーンウォッチ プロフェッショナル(サファイアクリスタルモデル)
旧型スピードマスターのサファイアクリスタルモデル。風防がヘサライトからサファイアクリスタルに変更されたほか、耐磁用のインナーケースもない。ヘサライトモデルに比べてケースは薄いが、サファイアクリスタルの採用によりヘッドはわずかに重い。いわば、ムーブメントファン向けのモデル。手巻き(Cal.1863)。18石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。SS(直径42mm、厚さ13.5mm)。50m防水。71万5000円(税込み)。

 マスター クロノメーター化されたムーブメントについても改めて述べたい。古典的な1861の耐磁性能を引き上げるため、オメガは22カ所の素材を鋼やダルニコから、ニヴァガウスやニッケル合金といった非磁性の素材に置き換えた。すべての金属部品を置き換えなかったのは、その必要がなかったためとのこと。

 コーアクシャル脱進機も進化した。かつてのコーアクシャル脱進機は、ふたつの歯車を重ねるという構造を持っていた。対して3861のそれは、同じく2層構造ではあるものの、ふたつの歯車は一体成形された。以前のコーアクシャル脱進機で問題となった、ふたつの歯車のズレと、それが引き起こす止まりは、3861では起こらないだろう。

主ゼンマイのエネルギーが1.5倍に増えたとしても、それだけでは重いコーアクシャル脱進機と、1.85倍もの慣性モーメントを持つテンワは動かせない。そこでオメガは効率の高い新しい歯型を、駆動輪列はもちろん、クロノグラフ輪列にも採用した。設計の詳細は秘密とのことだが、上のグラフが示す通り、トルクの伝達効率は約95%から約97%に向上したほか、トルクの変動も極めて小さくなった。

 重いコーアクシャル脱進機の採用にもかかわらず、3861のパワーリザーブは、1861よりわずかに長くなった。理由は、近年のスウォッチ グループが好む新しい香箱のおかげである。香箱の軸を細くすることで、新しい3861は、1861と同径の香箱に約1.5倍ものエネルギーを持つ主ゼンマイを収めることに成功した。香箱真を細くする技術は、すでにスウォッチ グループ各社で使われているが、その信頼性を見極めた上で、オメガは過酷な環境で使われるスピードマスターに転用したのである。

 また、3861は2万1600振動/時という低振動にもかかわらず、0秒〜プラス5秒以内というクロノメーター以上の高い静態精度を持つ。その理由はテンワの慣性モーメントを増やしたため。1861の13mg・㎠に対して、新しい3861の慣性モーメントは約1.85倍の24mg・㎠に増えた。もちろん、重いコーアクシャル脱進機と大きなテンワを動かすため、主ゼンマイのトルクは大きく増えている。しかし、いっそう重要なのは、新しいプロファイルを持つ歯車が、トルクの伝達効率を改善したことである。

Cal.3861に、より長いパワーリザーブと、大きなテンワをもたらした一因が、香箱の新しい設計である。かつて、香箱に収められる主ゼンマイの容量は決まっていた。しかし、素材の進化によって、同じ体積の香箱に、より太くて長い主ゼンマイを収めることが可能になった。右はCal.1861、左はCal.3861の香箱と香箱真の断面図である。香箱真を細くすることで、より長く、より太い主ゼンマイを収納できるようになった。

 オメガを含むスイスの時計メーカーの多くは、標準的なNIHS規格に則った歯型を持つ歯車を使ってきた。対して最近は、伝達効率に優れたSPYR(シュピール)という歯車も見られるようになった。オメガの説明によると、3861の歯車はNIHSでもSPYRでもない新しいプロファイルを持つとのこと。結果、トルクの伝達効率が改善されたほか、クロノグラフ作動時の抵抗も減った。

 キープコンセプトで、大きく中身を進化させた新しいスピードマスター。モデル名は「プロフェッショナル」よりも「ムーンウォッチ」を強調するが、新作は掛け値なしに最良のスピードマスターと言えるだろう。ちなみに、完成度に感銘を受けた筆者は本作を早速購入した。満足していることは、この原稿をお読みいただければ言わずと分かるはずである。