細腕にも優しいぞ! “小さく”なったIWC「ビッグ・パイロット・ウォッチ 43」

FEATUREその他
2021.06.24

2021年に発表されたIWC「ビッグ・パイロット・ウォッチ 43」を、IWCオタクの広田編集長が2週間にわたって早速着用。Cal.82100を搭載することで従来モデルより3mm以上小径化し、細腕の人でも問題なく使用できるようになった、“小さな”ビッグ・パイロット・ウォッチの魅力に迫る。

ビッグ・パイロット・ウォッチ 43

広田雅将:文(クロノス日本版)
Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)
2021年6月24日掲載記事


「小さな」ビッグ・パイロット

 筆者はそもそもIWCに甘い。この仕事を始める前は昔のIWC、いわゆる「オールドインター」の愛好家だったし、仕事としてIWCの工場を見、関係者に会うようになって一層好きになった。故に、筆者のIWCに対する評価はあまり当てにならない、とあらかじめ述べておきたい。

 2021年、IWCは「ビッグ・パイロット・ウォッチ」に小型版の「ビッグ・パイロット・ウォッチ 43」を追加した。「小さな」ビッグ・パイロットとは奇妙な表現だが、既存の直径46.2mmサイズに比べれば、確かに43mm径は小さい。加えて厚みは大きく減り、15.5mmから13.6mmとなった。筆者は2000年以降のビッグ・パイロットをひと通り見てきたが、これは細腕の人でも着けられる、唯一のビッグ・パイロット・ウォッチではないか。

IWC ビッグ・パイロット・ウォッチ

(左)直径46.2mmの「ビッグ・パイロット・ウォッチ」(IW501001)。Cal.51000系搭載モデルに比べてケースがわずかに薄い。約7日巻きの自動巻きと軟鉄製のインナーケースを備える。自動巻き(Cal.52110)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約168時間。フリースプラングテンプ。巻き上げヒゲ。SS(直径46.2mm、厚さ15.5mm)。6気圧防水。160万500円(税込み)。
(右)新しく追加された「ビッグ・パイロット・ウォッチ 43」(IW329304)。Cal.82000系を採用し、インナーケースを省くことで直径43mmとなった。これはブレスレット仕様。ほかにもカーフスキンストラップのモデルがある。自動巻き(Cal.82100)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。フリースプラングテンプ。SS(直径43mm、厚さ13.6mm)。10気圧防水。118万2500円(税込み)。

 46mmサイズから43mmへの縮小を可能にした「タネ」は新しい82000系のムーブメントにある。筆者はこのムーブメントについて散々書いてきたが、改めて述べたい。

 05年にIWCは既存ムーブメントの79000系の輪列に、ペラトン式の自動巻きを加えた80000系自動巻きを完成させた。別の言い方をすると、ETA7750の上モノを外して、ペラトン自動巻きを足したものである。

ビッグ・パイロット・ウォッチ 43 ボックス

借りたビッグ・パイロット・ウォッチ 43はこんな箱に入っていた。簡単にストラップが交換できますよ、という説明書きが付いている。

 これは無類に頑強なムーブメントだったが、7.9mmという厚さは、汎用ムーブメントと呼ぶには厚すぎた。また、約48時間というパワーリザーブもお世辞にも長いと言えなかった。筆者はこのムーブメントが大好きだが、IWCはせっかく完成させた80000系を持て余していたのではないか。


搭載ムーブメントCal.82100について

 さすがにIWCは反省したのか、高い汎用性を持つ次世代機の開発を急いだ。完成したのが、2017年発表の82000系である。直径は同じ30mmだったが、厚みは大きく減り、パワーリザーブは約60時間に延びた。また、センターセコンドだけでなくスモールセコンドにも対応するようになった。

Cal.82100

ビッグ・パイロット・ウォッチ 43を駆動するのが、新世代の基幹キャリバーである82000系だ。これはセンターセコンド版のCal.82100。自動巻き機構を丸穴車に直結させるという、今では面白い設計を持つ。自動巻き機構にセラミックスを多用することで、自動巻き機構の主要部は、理論上ほぼ摩耗しない。

 そのアーキテクチャは80000系とは別物だ。設計は完全で、約8日巻きの52000系と、クロノグラフの890000系の部品を上手く組み合わせたものである。緩急装置も、89000系に同じフリースプラングテンプ。加えて、ペラトン自動巻きも大きく進化した。ちなみに82000系ムーブメントでは32000系や79000系の輪列を使っているという記述をしばしば見かけるが、これは間違いである。

汎用性の高い新型自動巻き、82000系

 一般的な自動巻きムーブメントと異なり、82000系の自動巻き機構は丸穴車に直接かませるという構造を持つ。まるで1950年代のハーフローター自動巻きのような設計だが、部品点数を減らすことができる。そのため新しいペラトン自動巻きは、理論上いっそう高い耐久性と巻上げ効率を持つようになった。

 素材も変更された。80000系はペラトン自動巻きの歯車や爪がベリリウム合金製だったが、82000系ではセラミックスになった。その結果、82000系の自動巻き機構は、実質的に摩耗しないし、手巻きをしても痛むことはほぼない。筆者の私見を言うと、安心して手巻きの出来る自動巻きムーブメントは、自動巻き機構にセラミックスを使った82000系と、その兄貴分にあたる52000系ぐらいではないか。

 高い汎用性と頑強な自動巻き機構を持つ82000系は、IWCのマニュファクチュールとしての成熟を感じさせるもの、と言えそうだ。

デスクワークでも十分巻き上がる

 ビッグ・パイロット・ウォッチ 43に搭載されたのは、センターセコンド版のCal.82100である。82000系は4番車をセンターに置かないインダイレクトセンターセコンド輪列を持つが、秒針の動きにムラはなく、針飛びも見られなかった。82000系にはスモールセコンド版とセンターセコンド版のふたつがあるが、筆者が触った限りで言うと、センターセコンドのほうが向いている(といっても分かるような差異はほとんどない)。

 使用感は非常に優秀だった。腕上での精度は平均して+4秒で、姿勢差誤差も小さかった。またデスクワーク中心で使っても、主ゼンマイは十分巻き上がった。その「小さな」サイズと合わせて、ビッグ・パイロット・ウォッチ 43は、デスクワークでも使える時計と言えるだろう。実際、筆者はデスクワーク中も、この時計を外すことはなかった。