突如、2022年の「復活」を発表! バーゼルワールドはカムバックできるか?

ウォッチジャーナリスト渋谷ヤスヒトの役に立つ!? 時計業界雑談通信

2021年6月23日(現地時間)、突然、「BASELWORLD is back.」というニュースリリースを配信したバーゼルワールド事務局。その内容は、「主にミドルレンジセグメントにおけるB2Bプラットフォームになるだろう」というものであった。開催時期はジュネーブで予定されている「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ2022」とほぼ重なる。その挑戦的な発表を、ジャーナリストの渋谷ヤスヒト氏が緊急報告する。

MCHグループのオフィシャルサイトより。
渋谷ヤスヒト:取材・文・写真 Text & Photographs by Yasuhito Shibuya
(2021年6月27日掲載記事)


「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ」に喧嘩を売った!? 2022年同時期開催を発表したバーゼルワールド

 2021年6月23日深夜25時、ディスプレイを見て「えー、正気なの!?」と絶句した。

 世界最大の時計宝飾フェア「バーゼルワールド」事務局の親会社であるスイスのMCHグループが、つい数時間前に突如「BASELWORLD is back.」というプレスリリースを発表。さらにYouTubeの公式チャンネルに2分間の告知動画、そして40分間に及ぶバーゼルワールドのマネージングディレクター、ミシェル・ロリス-メリコフ氏が出演したライブカンファレンス動画を配信していたのを「発見」したからだ。

YouTubeのMCHグループ公式チャンネルで配信された、2022年3月31日(木)から4月4日(月)にバーゼルワールドのライブイベントを開催するという告知動画。

 動画のタイトル通り、告知とライブカンファレンスの内容は「2022年にバーゼルワールドが帰ってくる」つまり復活する、ということ。メリコフ氏は「バーゼルワールド2020の中止」から現在までの間にいろいろと検討を重ねた結果、今回の復活を決断した。「アワーユニバース」構想はなくなった、と断言した。

 今回の発表で、まず問題なのは開催期間である。開催予定期間は2022年3月31日(木)から4月4日(月)。ジュネーブで開催される「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ(WWG)2022」が、3月30日(水)から4月5日(火)であるから、それにピッタリ重ねている。

YouTubeのMCHグループ公式チャンネルより、ライブカンファレンスの様子。インタビュアーはスイスの時計ジャーナリスト兼エディターのソフィー・ファーリー氏。

 メリコフ氏はライブカンファレンスで「世界の時計関係者の利便性を考えて」と語ったが、同時に「時計ブランドには、自分たちが良い方のフェアに出展してくれればいい。選んでほしい」と発言。まるでWWGに喧嘩を売ったかたちにも受け取れる。内容はデジタルとライブ、つまりバーチャルとフィジカルの2本立てになるという。WWGと同様と考えていいだろう。

 個人的に正直に申し上げれば、この開催期間の設定は私たち取材陣にとっては迷惑でしかない。重ねるなら日程の一部、それもWWGの前か後に開催すべきだ。

 ライブカンファレンスの告知を私は受け取っていないし、たぶん日本のジャーナリストにはほとんど来なかったのだろうが、ライブカンファレンスに参加したヨーロッパのジャーナリストからは「WWGの主催者であるFHH(The Fondation de la Haute Horlogerie)とは相談したのか?」「スウォッチ グループのニック・ハイエック氏とは会って相談したのか?」「現時点で決まっている内容は?」「現時点で出展を決めている時計ブランドはあるのか?」「あなたたち事務局やバーゼル市は、高額過ぎる出展料やホテル代などの問題を根本的に改善する気があるのか?」「小さなブランドを大切にする気があるのか?」などの質問が出た。

ライブカンファレンス動画で質問に答えるバーゼルワールドのマネージングディレクター、ミシェル・ロリス-メリコフ氏。

「FHHとは相談していない」「ハイエック氏とは連絡を取ってはいる」「フェアの確定した内容は、まだ開催を決めたばかりで決まっていない」「これまで出展してきた時計ブランドの約80%とは話をしたが、現時点で出展が決まったとお知らせできるところはない」「高額な出展料については、ブース自体の在り方から変えるから大きく変える。ホテル代を通常の5倍にする価格設定など、バーゼルの関係者も変わらなければならないことはよく分かっているはずだ」「小さなブランドは大切にしたい」というのが、メリコフ氏の回答だった。

 現時点での氏のトークや各種の情報を総合すると、具体的なことはまだ何も決まっていない、というのが真相だろう。これから関係者と交渉を始めるのだと思われる。

 今年、2021年8月30日(月)から9月3日(金)の間、ジュネーブでポップアップ展示を行い、この秋にはデジタルプラットフォームとハイブリッドイベントを立ち上げる。そして2022年3月31日(木)に開催する、というスケジュールは発表されているが、その進捗状況によってはどうなるか分からない。

YouTubeのMCHグループ公式チャンネルの告知動画において、この秋にはデジタルプラットフォームとハイブリッドイベントを立ち上げると発表された。

 メリコフ氏の話で首をひねらざるを得なかったのは「バーゼルが時計産業にとってアイコニックな場所なのだ」という主張だった。ジュネーブ、ヌーシャテル、ビール/ビエンヌ、ジュラ山脈地域を認めた上での話だ。ただそれは、スイス産業博覧会時計部門以来、100年を超える歴史がある、ということのみではないか、と思うのだが。

 気がつくと25年以上も取材していて、バーゼル・フェアとバーゼルワールドには愛着がある筆者だが、正直なところ現時点ではこの「帰ってきたバーゼルワールド」が、かつてのようなプレゼンスを取り戻すことはどんなに楽観的に見ても不可能だし、イベントとして成立するかどうかも疑わしいと思う。

 ライブカンファレンスを観て、どうしても違和感を覚えずにいられなかったのは、フェアの期間設定とメリコフ氏のトークのニュアンスから漂ってくる「相変わらず傲慢な」バーゼルワールド事務局の姿勢だ。

 現時点ではこの件については、HODINKEEのUS版に短信ニュースが掲載されているだけだが、記事について書き込まれたコメントも辛辣なものが多い。新しい運営体制になったMCHグループだが、バーゼルワールドに関する限り、あまり期待が持てそうにない。運営スタッフが変わらなければ、それは仕方のないことだろうけれど。

バーゼルワールドの崩壊は、2020年春、同事務局の独断による延期告知から始まった。

 ワクチン接種が遅れに遅れて、1回接種者をカウントしても接種率わずか19.5%、2回接種者はわずか8.7%(2021年6月23日時点)の日本と違い、スイスはワクチン接種が進み、接種率はイスラエル、アメリカに次ぐ高水準。その結果、さまざまな行動制限は解除されて、経済は徐々に通常に戻りつつある。このタイミングでの発表は、そんなスイスの状況を反映したものだろう。

 果たして、バーゼルワールドはカムバックできるのか? とにかく今は注視するしかない。



渋谷ヤスヒト

渋谷ヤスヒト/しぶややすひと

モノ情報誌の編集者として1995年からジュネーブ&バーゼル取材を開始。編集者兼ライターとして駆け回り、その回数は気が付くと25回。スマートウォッチはもちろん、時計以外のあらゆるモノやコトも企画・取材・編集・執筆中。


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