2021年の上半期にオーデマ ピゲが発表した2本の新作「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」と、「ロイヤル オーク オフショア ダイバー」。ニューノーマルライフスタイルを意識してか、絶妙に立ち位置を変えてきた両機のインプレッションとオーデマ ピゲの中長期的な戦略について、『LEON』と『クロノス日本版』の両編集長にそれぞれの視点で語ってもらった。
鈴木裕之:まとめ Text by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2021年9月号掲載記事]
ニューノーマルライフスタイルを模索する軽やかなポジションシフト
ミドルケースにブラックセラミックスを用いた新作。縦方向に走るヘアラインを強調したスモークグレーのグラデーションダイアルも斬新。自動巻き(Cal.4401)。40 石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。右/18KWG×セラミックス、左/18KPG×セラミックス(直径41.0mm、厚さ12.6mm)。30m防水。共に495万円(税込み)。
オーデマ ピゲ オフィシャルサイト:https://www.audemarspiguet.com/code-11-59-by-audemars-piguet
CODE 11.59だけが持つ不思議な存在感
――オーデマ ピゲが今年上半期に発表した新作「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」(以下CODE 11.59)と、「ロイヤル オーク オフショア ダイバー」(以下オフショア ダイバー)について、これからお話ししていただくわけですが、まずはどんな印象をお持ちでしょうか?
石井洋(LEON編集長):正直なところCODE 11.59って、僕の中ではどう受け入れたら良いのか迷った時計だったんです。オーデマ ピゲにはドレスの「ジュール オーデマ」やシンプルな3針もあって、かつスポーティーな「ロイヤル オーク」もあって、すでにオンオフ両面をカバーしている。歴史も技術も十分にあって、要はオーデマ ピゲって、もうこれ以上画期的なコレクションが出てくる余地はないなと思っていたんですよ。
1974年、福島県生まれ。エディターとして多方面で活躍した後、ミドルアッパー層に向けた男性ライフスタイル誌『LEON』に参画。2017年3月より同誌編集長に就任。2018年12月よりオフィシャルWEBサイト『LEON.JP』編集長を兼任。創刊20周年イヤーとなる今年は特に数々の企画を仕掛けている。
広田雅将(本誌編集長):そこに発表されたのがCODE 11.59だった、と。
石井:ちょっと不思議な曲面を持ったケースとか、それでいてストラップはドレッシーで、実際に手にした時に、どう形容していいか分からなかったんです。僕はドレス寄りに使えそうな時計だなと思ったんですけど、例えばタキシードの正統性にアクを足してくれるし、逆にポロシャツ、スラックスに白いスニーカーっていう大人なカジュアルにもアクを足してくれる。単純なドレスウォッチよりもCODE 11.59みたいな不思議な存在感のほうがアクを足せる。
最近はずっとCODE 11.59に力を入れてきたじゃないですか? 今年はミドルケースがセラミックスとか。なるほどオーデマ ピゲは、ファッション的な要素も大切にしながらCODE 11.59を育てようとしているんだなと思うようになりました。僕と同じように、ジワジワとハマっていく人が多い時計なんだろうなって。
広田:なるほど。アクを足すって言い得て妙ですよね。すごく腑に落ちました。
1974年、大阪府生まれ。2ちゃんねるのコテハンとして活躍した後、脱サラして時計ジャーナリストに転身。いつの間にやら業界ご意見番に。多くの時計専門誌に寄稿する傍ら、『クロノス日本版』では創刊2号から主筆を務める。2016年より編集長に就任。
石井:正統派中の正統ではないんですよ。
広田:それはオーデマ ピゲが狙った部分でもあるし、それを破綻なく仕上げてしまうところがうまい。僕もCODE 11.59を最初に見た時、なんだこれって思ったんですけど、実際腕に巻いてみると納得できるんです。CODE 11.59って結局、オーセンティックなラウンド時計を現代風に仕立て直すっていうか、立体感を足していく試みだったと思うんです。
ロイヤル オークって確かにラグジュアリースポーツではあるんだけど、僕の中であれは「立体感のある薄型時計」なんですよ。CODE 11.59は逆で、ベーシックなラウンド時計にスポーティーな要素を足して、どこまでブリッジをかけられるかっていう試み。だから万能時計は意識しているんだけど、そもそもの出発点が違う気がしました。ミドルケースがセラミックスなんて離れワザも、CODE 11.59だからできる。
石井:いずれにしても「不思議な時計」が最初の印象。写真で見ると、その凄さがすぐには分かりにくいんだけど、腕にしてみると沼に引き込まれていく、ハマっていくみたいな、そんな時計なんですよね。
広田:『LEON』の読者層って雑食ではあるんですけど、ラグスポが好きな層にも結構アリなデザインなんじゃないかな。今はラグスポと、そうじゃない普通の時計のデザインが乖離しちゃってますけど、CODE 11.59はいい塩梅。あくまでこれは個人的な意見ですけどね。
時代性にフィットさせてきたCODEの新戦略
――先ほどCODE 11.59をファッション視点で大切に育てるというお話がありました。たしかにデビューイヤーはゴールドケースにアリゲーターストラップで、2シーズン目にバイカラーケースとカラードダイアルを追加。そして3シーズン目の今年がセラミックスとキャンバス調のラバーストラップです。ドレスから始まって降りてくる、よりカジュアル路線を模索しているようにも受け取れますが、『LEON』ではそのあたりをどのように捉えていますか?
石井:創刊以来20年にわたって時計を追いかけていますし、男性ライフスタイル誌の中でもしっかり取材をしているメディアだと思うんですよ。その視点で言うと「オタクでお洒落」が機械式時計の中では最高のポジション。中身の技術だったり、歴史的なバックストーリーだったり、もっと細かく言えば磨きの云々や重心の安定など、ディテールや中身をきっちりと理解したうえで、最終的なアウトプットは着けた人がお洒落に見えることがキモ。全体のバランスとしても、社会的ポジションなんかもアピールできるとか、総じてお洒落という言葉にしてますけど、その両面をずっと追い求めてきたんですよね。
さらに言えば、ウォッチメゾンそのものの歴史や技術革新の歴史、業界におけるヒエラルキーの理解など、オタク的な観点で深掘りしたかと思えば、今度は実際に着けてみて、ミーハー観点ではどうなんだろう?……といった作業を繰り返していく。詰まるところ、分かってないなとならないためには、オタクとお洒落の両面を大事にしないと良し悪しが分からないんですよ。そうした観点からすると、CODE 11.59のカジュアル化はファッション化のことなのでは、と分かる。「オタクでお洒落」を回を重ねるごとに体現している時計なんだと理解できるんです。時計を眺めるだけで終わらない、ちゃんと見られることを意識しているんですね。
――もうひとつ、CODE 11.59のデビューってコロナ禍以前なんですね。最初は世代交代と言うか、ニューリッチ向けのスタンダードみたいな製品戦略だったと思うのですが、近年はそれが少しずつ変質しているようにも感じられます。
石井:2期目、3期目を迎えて、オーデマ ピゲもCODE 11.59の役割自体に少し軌道修正をかけたかもしれませんね。各メディアへのアプローチにしてもファッション性を強く掲げてきたし、受け手側も時代に合った時計を探し始めた時に、ひょっとしたらCODE 11.59ってボーダーレスに着けられる時計なんじゃないかって気付いた。最初はニューリッチが1本目に選ぶ時計だったかもしれないけど、もともとオーデマ ピゲが好きだった人たちが、2本目、3本目に選ぶような時計に育った気はします。
広田:ファッションの流れって、今はストリート寄りっていうか、ドレスダウンみたいな感じになっているじゃないですか。でもジャケットはやっぱりイタリアがうまい。コンフォートな感じで、できるだけ仕立てを良くして着心地よくみたいな。それと同じ流れが時計にも来た。昔からあるドレスウォッチとか、ビジネスウォッチとか、カチッとしたカタチをソフトに、今風にアレンジしていくような流れが……。
石井:それはあるかもしれませんね。いわゆる正統派のテーラーの、昔で言えばパッドが入っていて体型を補正していくようなスーツを仕立てる老舗テーラーが、時代に寄り添うように、よりコンフォートなものを作ってゆく。それにちょっと近いのかもしれませんね。オーデマピゲの中でのCODE 11.59って。
新しいオフショア ダイバーはガシガシ使える
約10年振りとなるデザインチェンジが施された新作ダイバー。ムーブメントが刷新されたことで、よりスポーツウォッチらしいスペックを手に入れた。オフショア独特のメガタペストリーダイアルはより繊細になり、シンプルな“APロゴ”に刷新された。自動巻き(Cal.4308)。32石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。SS(直径42.0mm、厚さ14.2mm)。30気圧防水。共に280万5000円(税込み)。
オーデマ ピゲ オフィシャルサイト:https://www.audemarspiguet.com/new-royal-oak-offshore-diver
広田:新しいオフショア ダイバーは、見た目はあんまり変わらないけど、ムーブメントが新しくなって、パフォーマンスが伸びたっていう印象ですね。
石井:オフショア ダイバーは『LEON』にとってちょっと特別な存在なんですよ。昔の記事で、創刊編集長が自分で買ったオフショア ダイバーをわざと傷つけて撮影して。こんな高級ラグスポを、「今朝のサーフィンでちょっと削っちゃったんだよね」という内容(笑)。だからもちろん新作にも注目してたんですけど、ラグがちょっとまろやかになったというか、インターチェンジャブルになったから角が取れたのかな? 先ほどのカジュアル化の話じゃないけど、着けやすさっていう部分では大きく進化していると思います。
中身の話は広田君に任せるけど、僕らとしてはやっぱり外せない時計ですよ。ラグジュアリースポーツで、かつ日焼けした男の腕に載ってて欲しい時計ナンバーワン。白いポロシャツとか、リネンのカプリシャツをまくり上げてオフショア ダイバーみたいな、そういうリッチなオヤジのアイコンなんですよ。
今年の新作に関してはよりタフさが増した印象がある一方で、大人の色気みたいなものを備えるようになりましたね。インターチェンジャブルになったことで、シーンを選ばずに着けやすいのも『LEON』ファンには嬉しい点です。まぁ、インターチェンジャブルストラップは、実際に替える替えないはひとまず置いといて、替えられるってだけで男性には嬉しいもの。持っているだけで気分が高揚してくるっていうか、こういう進化のさせ方ってあるんだなって素直に感心しています。
広田:インターチェンジャブルになってサイズも微妙に変わったのかな? 着け心地としては、良い方向に進化していると思うんです。あとムーブメントが別モノになったので、ガシガシ使えるようになった。先ほど石井さんがタフネスのお話をされてましたけど、それは中身でも明確になった。でもそれを、あまり声高にアピールしない姿勢は、進化として上手ですよね。結局はジャケパンで使えちゃうって感じの見せ方は面白いなと。
石井:成熟したっていう言い方もできるでしょうね。例えば「この人って昔、スポーツとかの世界で一流だったんだろうな」って匂わせる人、たまにいるじゃないですか? もう結構なお歳なんだけど、いかにも「俺って凄いぜ」っていう感じじゃなくて、どこかオーラがあるからよくよく聞いてみたら「あ、やっぱりそうですよね」みたいな感じ。数年前のカラフルなイメージも好きだけど、今年はカラーリングも含めてそんな感じがするなあ。
広田:そのあたりのさじ加減が、最近のオーデマ ピゲはすごくうまくて、新しいオフショア ダイバーと、やっぱりミドルケースにセラミックスを使ったCODE 11.59の構造だったりが、一番分かりやすい例なんですよね。
石井:オフショア ダイバーが、ラグスポ視点で「今」っていうものを捉えて進化していき、逆にCODE 11.59はドレスウォッチ派生から「今」の感覚にどんどん近づいていってる。最初は違うポジション、異なる立ち位置にいた存在なんだけど、少しずつ歩み寄ってきているような感覚もすごく感じるんですよ。
オーデマ ピゲ公式ホームページ 日本特別コンテンツ
https://borninlebrassus.audemarspiguet.com
https://www.webchronos.net/features/65775/
https://www.webchronos.net/iconic/23303/
https://www.webchronos.net/features/62455/