2021年に発表されたブレゲの「クラシック ミニッツリピーター 7637」はエナメル文字盤を持つ、好事家好みのシンプルなミニッツリピーターだ。19世紀のリピーターを思わせるフィンガーブリッジのムーブメントもやはり時計好きにはたまらないディテールだろう。しかし、このモデルの本当の魅力は、凝った見た目以上に中身にある。搭載するキャリバー567は今までとほぼ同じ設計と仕上げを持つが、その音量と音質は、現行リピーターの中でも第一級と言ってよい。
広田雅将(本誌):文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2021年9月号掲載記事]
古典的な設計はそのままに、21世紀の「音」を盛り込んだ傑作
長らく、ミニッツリピーターからは距離を置いてきたように見えるブレゲ。精度と実用性に注力する今の同社からすれば、実用的とは言い難いミニッツリピーターには、食指が動かなかったのかもしれない。したがって、クラシックラインのリピーターをリニューアルした、という話を聞いた時も、まったく期待はしていなかった。
銀座にあるブレゲのブティックで、その新しい「クラシック ミニッツリピーター 7637」を見る機会を得た。ムーブメントは今までにほぼ同じ。しかし、端正な2針で、しかもブレゲお得意のブルーエナメル文字盤とあれば、好事家たちはこぞって歓迎するだろう。ついでにケースサイドのスライダーを下げて、音を聞かせてもらった。これは予想外だった。この「古い」リピータームーブメントが、素晴らしい音量と音質を持つとは、誰が想像しただろう?
搭載するキャリバー567.2は、基本設計を1990年代初頭に遡るいわば「古典機」である。その設計は、19世紀のリピーターを模したもの。見栄えも仕上げもずば抜けているが、今の水準から見ると、音量も音質も十分とは言えなかった。ではブレゲは、キャリバー567の設計をほぼ変えずに、どうやって音量と音質を劇的に改善したのだろうか? 今までのアプローチでは、まず無理だろう。
ブレゲ社副社長であるナキス・カラパティスが説明してくれた。「リピーターの音量と音質を改善するにはいくつかの方法があります。例えば、ケースに空洞を設けること、ハンマーやゴングの質量を増やすことなど。しかし、今回選んだのはまったく違うアプローチでした。それが共振です」。正直説明するのは難しい、と前置きした上で、彼はその理屈を話してくれた。
「ハンマーがゴングを叩いても、共振しなければ音は鳴りません。そして、その音が空気を通してケース外に共振しないと、音は聞こえません。今回取り組んだのは、ゴングの振動が部品の壁を越えるために、徹底的に共振させることでした」
そのアプローチは驚くほど科学的だ。「ゴングとそれを取り付ける部品はゴールド製。そしてケースもゴールド製です。素材が同じだと、いわゆる『インピーダンス』が揃って、共振しやすくなる。そして、振動を吸収する要素をできるだけ省いていきました。例えば、風防に伝わる振動などをね」。
風防が大きくなると、音は拡大するとカラパティスは言う。しかし、例えば風防の素材が共振に適していない振動を持っていると、むしろ音を殺してしまうとのこと。「部品ごとに伝達が優れた振動を見つける」とは初耳だが、今回ブレゲは、地板や風防など、音を吸収する部品の素材などを、厳密にコントロールしたという。
「ムーブメントは前作とほぼ変わっていないのです。リピーターを動かすゼンマイのトルクも、前作と同じです。ゼンマイを強くして、ゴングの容積を大きくしたわけではありません。私たちは、音を拡大する共振を探して、それを妨げる要素を省いていっただけ」。しかし、ゴングにゴールドを使うと、ハンマーで叩くたびに摩耗するのではないか?
「素材自体は普通の金合金です。しかし、ワイヤに加工できるものです。硬さは300HV。スティールに比べて軟らかいため、低音が強調されるのです。また、固有の振動数も違うため、ゴングを延ばしてカセドラルにする必要はありませんでした。より短い巻き数で、同じ音を得られますから」
基本設計を1990年代に遡るCal. 567に、澄んだ音色と大きな音量を与えた傑作。グラン・フー・エナメルや、秒針を省いたシンプルな造形も魅力的だ。ガバナーにはあえて機械式を採用。動作するタイミングをコントロールすることで、ガバナーの作動音は、リピーターの音に被らないようになっている。手巻き(Cal. 567.2)。31石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約40時間。18KWG(直径42mm)。非防水。予価2822万6000円(税込み)。
ブレゲの細やかな配慮は、ゴングに巻かれた細いリングに見て取れる。ショックを受けてゴングがケースなどに接触した際に、このリングが緩衝材となって音が鳴らないようになっている。その位置は「シミュレーションで完全に計算した」とのこと。
共振というまったく新しいアプローチで、古典機に際立った音をもたらしたブレゲ。ひょっとして、この新しい7637以降、ミニッツリピーターの在り方は、劇的に変わっていくかもしれない。これは、今のリピーターを代表する傑作中の傑作だ。
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