西麻布に佇み、三重の恵みを存分に堪能できる割烹料理店「伊勢 すえよし」。伝統を重んじながら、時代を見据えた試みで常に進化を遂げ、食文化の未来を問う。
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
[クロノス日本版 2021年9月号掲載記事]
「週末菜食のススメ」で提供される涼を感じる夏の一皿。上から出汁のジュレ、トマトを昆布出汁で炊いたすり流し、胡麻ペーストや蜂蜜、薄口醤油などで味を調えた豆腐のクリーム。スプーンで3つの層を一緒に口に運べば、カプレーゼやガスパチョを彷彿させるような爽やかさが感じられ、素材由来の自然なコクと甘味が口いっぱいに広がる。
後世へつなげる食文化のSDGs
故郷である三重の食材に特化した数々の料理でゲストを魅了する「伊勢 すえよし」。そのルーツは、店主の田中佑樹氏が25歳の頃にさかのぼる。世界各国を巡って帰国し、地元の生産者を訪問して魅力を再確認していた時期。京都の老舗料理宿「美山荘」での料理に感銘を受けた。「あえて不便さを取るかのように、その土地の食材だけでその土地を表現することで、食が文化であることに気づかされました」と振り返る。
1988年、三重県生まれ。専門学校卒業後、老舗料亭「菊乃井」などで研鑽を積む。24歳から見聞を広げるため世界一周の旅へ。ペルー、アルゼンチン、イタリアなど、世界15カ国以上を巡りながら郷土料理を学ぶ。2015年、西麻布に「伊勢 すえよし」を開業。
田中氏は、しっかりと生産者の想いを汲み、食べ手に伝えることに重きを置く。多言語に対応した懐石料理の基礎知識やマナーのしおり、食材ブックが用意され、提供時にも英語での丁寧な解説を欠かさない。さらに、ベジタリアン/ハラル/ビーガンにも対応している。
コロナ禍においては、今後の指針を考え直した。「持続可能で豊かな和食を30年先につなぐ割烹店」という想いの一端として「週末菜食のススメ」をスタート。「全国を走り回って集める“御馳走”が求められる懐石料理では、サステナブルと両立するイメージが困難かもしれません。しかし、三重の食材を余すところなく使う当店では、生産者と食の未来への情熱を共有することで、エシカルで地球への優しさを追求できます」。SDGsへの取り組みとして、ジビエや未利用魚にもより注力するようになった。
夏の定番として愛されるトマトのすり流しもビーガン懐石にアレンジされている。トマトは、三重県多気町で、使用する水量を最小限に抑えるなど環境に配慮した新たな技術で農業を行うポモナファームが生産する旨味の強いルネッサンスという品種。ベースの精進出汁には、三重県津市美杉町で天日干しと炭火乾燥によって作られる菊芋茶と牛蒡茶を使用している。優美な佇まいも風味の満足感も、通常メニューのクォリティと遜色ない。
田中氏の試みは、伝統を絶やさないために不可欠な現代の料理人のあるべき姿だろう。“美味しい恵みを未来に残す”を信条とする小さな一軒。食文化における大きな価値と可能性は、食べ手にとっても重要な意味を持つ。
伊勢 すえよし
東京都港区西麻布4-2-15 水野ビル3F
Tel.03-6427-2314
不定休 17:00~23:30 ※情勢に応じて変則的
懐石コース1万2000円、1万6000円(消費税・サービス料込み)
週末菜食のススメ1万円 ※毎月最終日曜日開催
完全予約制
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