菊野昌宏、浅岡肇に続いて、独立時計師協会(アカデミー)に名を連ねたのが、牧原大造である。その経歴はかなり変わっている。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2021年9月号掲載記事]
決して遅咲きにあらず、27歳でキャリアを始めた“第三”の独立時計師
独立時計師。1979年生まれ。料理人としてホテルや専門学校に勤めたのち、27歳でヒコ・みづのジュエリーカレッジに入学。フィリップ・デュフォーとの出会いにより、時計製作を志す。2011年から研究生として時計製作を開始。19年には第1作となる「菊繋ぎ紋 桜」を発表。20年にオートマタ付きの「花鳥風月」を完成させる。19年よりAHC(I Académie Horlogère Des Créateurs Indépendants=独立時計師協会)準会員。
「もともとは調理の専門学校で料理人をやってたんですよ。担当はイタリア料理ですね。でも、時計学校というものがあることを知って、ヒコ・みづのジュエリーカレッジに入学したんです」。彼はこともなげに言うが、転職を決めたのは27歳の時だ。時計師としてのキャリアを始めるには、いささか遅いように思える。「それ以前は、直す時計師しか知らなかったんです。しかし、フィリップ・デュフォーさんに会って、作る時計師がいることを知りました」。時計作りに取り組んだ牧原は、日本の伝統工芸に目を向けるようになった。初めて完成させたのが、文字盤全面に江戸切子を採用した「菊繋ぎ紋 桜」である。
「『菊繋ぎ紋 桜』を作った後は、オートマタを作ろうと思っていたんです。アイデア自体はすでにありました。ちょっとチャレンジングでしたけど、バーゼルワールドが延期になったから、時計作りに集中できたのかもしれません」。彼は涼しい顔をして言うが、2作目にオートマタを作ろうと考えること自体、尋常ではない。
彼が2020年に完成させた「花鳥風月」は、和洋を高度に融合させた時計だ。江戸切子の文字盤には桜とメジロのつがいがあしらわれ、2時位置と10時位置の花弁は、12時間、24時間ごとに開閉する。
「注文はいただいていますが、まだデリバリーはしていないんですよ。花弁の大きさをコンマ数ミリ変えたいんです。開く動作が気になるし、誤作動が生じるのも嫌ですしね」。これは彼のまだ2作目である。今後、牧原はどういう時計を作りたいのか。
「今までの時計は直径42㎜でした。次作はサイズダウンをして、アンダー40㎜のシンプルな時計を作ろうと決めています。そして、自製できる部品を増やしていきたい。まずはシンプルなモデルをコンスタントに製作し、その後に付加機能を加えようと思っています」。しかし、立て続けに成功を収めた彼は、自身をどう見ているのか?
「正直、成功するとはまったく思っていませんでしたね。ただ江戸切子の文字盤は大きかったんじゃないでしょうか。世界初の試みでしたしね」。また彼はこうも続けた。
「ある程度の規模感を持っていきたいと思っています。中身は自分でいじりたいけど、餅は餅屋だから、外部の助けは借りますよ。今のところ目指しているのは、浅岡さんや菊野さんの真ん中あたりでしょうか」。淡々と情熱を語る牧原大造。2作目でオートマタを作り上げてしまったのだ。彼は間違いなく、言葉通りに歩んでいくに違いない。
2時位置と10時位置に自動的に開閉する花弁を、6時位置にムーンフェイズを備えた花鳥風月。江戸切子製の文字盤には手作業でメジロと桜があしらわれる。これは試作品のため、ケースはステンレススティール製。製品版は18Kホワイトゴールドケースになる予定。手巻き(Cal.DM O2)。25石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約38時間。直径42mm。参考商品(試作品)。
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