高級時計メーカーとして知られるポルシェデザイン。伝説の名車「ポルシェ911」をデザインしたF.A.ポルシェがポルシェデザインを設立してから、同社はいかにして今日までにその地位を確立してきたのだろうか。オルフィナ、IWC、エテルナといった時計メーカーとの提携もたどりつつ、改めて半世紀近くにわたる同社のストーリーを追っていこう。
Text by Mark Bernardo
2021年8月24日掲載記事
F.A.ポルシェが追求した機能美をたたえる腕時計
フェルディナンド・アレクサンダー・ポルシェ(略称F.A.ポルシェ、愛称ブッツィー)の残した言葉に「ある対象の機能を分析すれば、おのずとそのフォルムが浮かび上がってくる」というものがある。「アウトウニオン・Pワーゲン」や「フォルクスワーゲン・タイプⅠ」をデザインした天才技術者フェルディナンド・ポルシェの孫であり、また高級自動車メーカー、ポルシェの創業者フェルディナンド・アントン・エルンスト・ポルシェの息子であるF.A.ポルシェが、1963年に自動車界に最も伝説的な貢献をした「ポルシェ911」をデザインしたのも、この原則に基づいていた。ブッツィーはこの格言を追求するために、1972年、ドイツのシュトゥットガルトに「ポルシェデザインスタジオ」を設立し、自動車の世界を超えて、より広いラグジュアリープロダクトの世界にその創造力を注ぎ込んでいった。
F.A.ポルシェは、バウハウスの理念を受け継ぐ、かのマックス・ビルが設立したウルム造形学校で芸術を学んだ。F.A.ポルシェがデザインしたすべてからその精神を感じ取ることができる。ポルシェデザインスタジオから最初に生み出されたプロダクトのひとつ、先駆的なクロノグラフウォッチ「クロノグラフI」も例外ではなかった。当時の最新式自動巻クロノグラフキャリバーバルジュー 7750を搭載したこのモデルは、時計業界初の「オールブラック」仕様である。ケースとブレスレットにはブラックPVDコーティングを施したステンレススティールを採用し、ポルシェのダッシュボードにあるメーターのような、コントラストが強く視認性の高いブラックダイアルを組み合わせた。マネージングディレクター、ゲルハルト・J・ノヴァックは語る。「カーレースの黎明期には、日差しのまぶしさを避けることが最大の課題のひとつでした。F.A.ポルシェは、ダッシュボードを黒いコーティングで覆うことで、スポーツカーの機能性を向上させました。彼は時計を作る際にも同じように機能性を追求し、文字盤、ケース、ブレスレットを黒で覆い、白い針でコントラストをつけています。彼はすでに市場に出回っているものを見るのではなく、最初から機能的なものを作ることに興味を持っていたのです」。
オルフィナ、IWC、エテルナとの提携
ポルシェデザイン初期のころ、時計の製造は既存の時計メーカーへと外注されていた。その最初のメーカーが、アメリカではあまり知られていないスイスのオルフィナ社だった。オルフィナによって生産されたクロノグラフIは、1986年に公開された超大作「トップガン」でトム・クルーズが着用していたことで映画史に名を残しているが、当時はそのブランド名を知る人はほとんどいなかった。
1974年、シュトゥットガルトからオーストリア国境を越えてツェル・アム・ゼーという小さな町に移転したポルシェデザインスタジオでは、腕時計以外のプロダクトも手掛けられるようになった。1978年にはパイロット向けのサングラス、1999年にはテックフレックス・ボールペン、2007年にはアルミニウム製モノブロックケースの携帯電話などを発表している。そんな中でも腕時計は特に重要なテーマであり続けた。
1978年、ポルシェデザインはスイスの有名な時計メーカーであるIWCとの提携を開始した。この頃から1997年までが特に両社の創造性が高まった時期であると評価されている。この時代はF.A.ポルシェと、ジャガー・ルクルトの再生やA.ランゲ&ゾーネの復活など、時計業界に歴史的な足跡を残してきたドイツ人ギュンター・ブリュームラインのふたりのビジョンが深く融合していた時代でもあった。同時期には、耐磁性のあるブラックPVDコーティングのアルミニウムケースを採用した「コンパスウォッチ」や、西ドイツの海軍潜水士が着用していた「オーシャン2000」など、記憶に残る作品が多く発表されている。最も特筆すべきは、IWCを介してポルシェデザインが1980年に発表した初のオールチタニウム製の腕時計「チタニウム・クロノグラフ」だ。一体型ブレスレットと、隠されたようなプッシャーによる流線形のケースを備えたクロノグラフウォッチである。チタニウムはステンレススティールと同等の硬度を保ちながらも重量はその半分、腐食に強く耐磁性もあるという特徴を備え、耐アレルギー性も持つ素材でもある。「ブリュームラインはエンジニア、そしてポルシェはデザイナーで、ふたりともドイツ人であり、同じ視点を持っていたのです」とノヴァックは語る。「ふたりも機械式時計を愛していました。ポルシェはプロダクトに関するアイディアにあふれ、ブリュームライン氏はそういったアイデアを求めていました。そのため当時のパートナーシップは理想的なものだったのです」。
しかし1997年、ポルシェデザインとIWCの両者を支えた実りあるコラボレーションはいわゆる「クォーツ危機」により難しい局面を迎え、2社はより成功に満ちた未来に向かって、別々の道を歩むことになった。ブリュームラインはA.ランゲ&ゾーネやジャガー・ルクルトと合わせてIWCをリシュモン グループに売却した。そしてポルシェデザインスタジオはついに、おそらく必然的に、創業者一族が所有する自動車メーカー、ポルシェAGの傘下に入ったのである。次世代のポルシェデザインウォッチを誰が製造するかという疑問に対する答えとして、ポルシェ一族はスイスの時計メーカーでグレンシェンに拠点を置く1856年創業のエテルナを買収した。
この時代の代表的なモデルには、エテルナの歴史的なダイバーズウォッチ「コンティキ」の要素を取り入れた「P'6780ダイバー」や、機械式デジタル表示で第2時間帯を巧みに表示する「P'6750ワールドタイマー」、ダッシュボードにヒントを得たデジタルシステムでクロノグラフの表示を行う「P'6910インディケーター」などがある。ノヴァックによれば、エテルナ時代の時計の多くは、現在ポルシェデザインのCDOであり、ポルシェデザインの子会社「スタジオF.A.ポルシェ」のマネージングディレクターであり、2005年に引退するまでのF.A.ポルシェと密接に協力していたローランド・ハイラーの創造性に負うところが大きいという。
自社ファクトリー「ポルシェデザイン・タイムピースAG」の設立
F.A.ポルシェが逝去した2012年は、エテルナとの関係が解消された年でもあり、ポルシェ一族はエテルナを中国のハイダングループ(2014年にシティチャンプ・ウォッチ&ジュエリーグループに改称)に売却した。ここが時計メーカーとしてのポルシェデザインの分岐点であった。42年間にわたってパートナーのライセンス生産を続けたポルシェデザインは、今や垂直統合型の高級時計メーカーになるという目標を断固として掲げていた。
すなわち、時計のデザインはオーストリアのツェル・アム・ゼーで行い、製造はスイス・ジュラ山脈の麓にあるゾロトゥルンで行うという、ふたつの国際的なアプローチを採用したのである。「オーストリアデザイン、スイス製」が新たなモットーとなり、「ポルシェデザイン タイムピースAG」と名付けられた新工房の使命は、当初からポルシェの自動車製造の原理を高度な時計製造に導入することだったという。ポルシェデザイン タイムピースAGの社長であるロルフ・ベルクマンは、次のように説明する。「まず最初に行ったのは、ポルシェの車を作るときと同じような開発プロセスを作ることでした。次に、ポルシェの生産方針に基づいて独自の生産施設を設立しました。これにより、100%顧客志向の生産が可能となり、カスタムオーダーを受けて1本の時計を生産することができるようになりました。私はポルシェで長く自動車の生産に携わっていましたので、この方針がうまくいくことを知っています。自動車のように時計を生産し、かつ時計メーカーを内包している自動車メーカーは、世界でも私たちしかいません。私たちの存在は特別なのです」。
独立したばかりのポルシェデザインが2014年に発表した最初のコレクションは、1972年に発表された最初のモデルを彷彿とさせるものであった。「クロノタイマー」シリーズは、「クロノグラフI」を現代的にアップデートしたもので、直径42mmケース、3つ目のサブダイアル、そしてベースムーブメントはETA社製のバルジュー7750という同じ要素を備えていた。大きな違いは素材にあった。以前はステンレススティール製だったケースが、ブラックPVD加工が施されたチタン製となり、標準的なオールブラック仕様以外にもローズゴールドのタキメーターベゼルを備えたモデルや、ホワイトやブルーカラー、カーボンファイバーパターンの文字盤を備えたモデルなど、デザインの選択肢が増えていた。
2015年、「クロノタイマー」に続いて発表されたのは、F.A.ポルシェが愛したバウハウスのデザインスクールが設立された年にちなんで名付けられた「1919コレクション」である。1919コレクションはクロノタイマーと同様に、エテルナ社のワールドタイマーという前モデルを参考にした。「1919デイトタイマー」は、ユニークな形の透かし彫りのラグが特徴的で、ケースとブレスレットの間をスムーズにつなぐとともに、時計全体の軽量化を実現している(ケース直径は42mmで、ほとんどがビーズブラスト仕上げのチタン製である)。バウハウスの影響はミニマルな文字盤においても顕著で、時・分・秒針がクラシカルに中央に、そして見逃してしまいそうなデイト表示は3時位置に配された。その1年後、ポルシェデザインは「1919デイトタイマー エタニティ」を発表した。このモデルは、ダークグリーンのダイアルと経年変化を思わせるチタンケースのブロンズ仕上げなど、時代を超越した存在感を放っていた。ETA社製のバルジュー7750に代わり、セリタ製のムーブメントが搭載された。
2017年のバーゼルワールドで大々的に発表された「モノブロック・アクチュエーター GMT クロノタイマー」で、ポルシェデザインは時計メーカーと自動車メーカーのコラボレーションの新時代の扉を開けた。ドイツ・ヴァイザッハにあるポルシェ開発センターのエンジニアと、ツェル・アム・ゼーとソロトゥルンのチームが三国間で協力したのだ。その結実となったモデルは、懐かしいIWC時代の作品、特に「チタニウム・クロノグラフ」にオマージュを捧げたデザインで、まるで「腕の上のスポーツカー」を思わせる存在感であった。直径45mmのチタン製ケースの特徴は、ポルシェ911 RSRのレーシングエンジンのスライドバルブから着想を得た埋め込み型のシングルクロノグラフプッシャーだ。このプッシャーは、ケースのフォルムに沿ってぴったりと収まるように設計されており、クロノグラフ機能のストップ、スタート、リセットを行うとともに、操作中にケース内に湿気が侵入するのを防ぐ。
12時と6時位置のクロノグラフカウンター、モータースポーツにインスパイアされたタキメータースケールに加えて、9時位置にはポルシェデザインのもうひとつの特徴である「ファンクションインジケーター」が搭載されている。これは再設計されたスモールセコンドによって、ムーブメントが作動していることが分かる。またGMT機能が追加されており、先端が三角形の針がベゼルの24時間スケールを指して第2時間帯を示す。ポルシェデザインは、このユニークな機能を外注のベースムーブメントである自動巻きETA社製のバルジュー7754に搭載したが、この洗練されたポルシェ独自の複雑機構の発表により、ポルシェデザインの時計製造における次のステップとして、独自のムーブメントを開発することが当然の結論となった。
オリジナルムーブメント"WERK"の完成で独自性を強化
実際このプロセスは、ポルシェデザインが独立した時計メーカーとしての地位を確立した直後から始まっていた。2017年、ポルシェデザインは3年間の研究開発を経て、信頼性の高いETA7750をベースとし、自動巻き、約48時間パワーリザーブ、フライバック・クロノグラフ機能を保持した「Cal.Porsche Design WERK 01.200」を発表した。時計ケースと同様に、時計製造のノウハウと最先端の自動車製造技術を融合させている。ムーブメントの主要部品は、クロノグラフIの先駆的なデザインを踏襲したマットブラックで、ブリッジ、地板、ポリッシュ仕上げのネジにはクロムメッキが施されている。エネルギーを最適化するローターは、一部にタングステンを使用しており、ゴールドまたはブラックでアクセントをつけた"ホイールリム"を備えた車輪のようになっている。ポルシェの車と同様に性能は外観と同じくらい重要であり、C.O.S.C.認定を取得することで、ポルシェデザインはその堅牢性と精度を保証した。
ポルシェデザインの次なる専用ムーブメントであるキャリバー04.110は、セリタSW200をベースとており、1919コレクションを技術的に新たな領域へと導いた。ストップウォッチを廃止し、その代わりにクロノグラフと同様の操作で機能するユーザーフレンドリーな珍しいデュアルタイム機構を搭載していた。2018年に発表された「1919 グローブタイマー UTC」は、人間工学にのっとったふたつのプッシャーを押すことで、UTC針(ホームタイム)と分針に影響を与えずに、中央の12時間針を1時間単位で進めたり戻したりしてローカルタイムを変更できるものだった。9時位置の丸窓は昼夜表示(昼間は白、夜間は黒)となっており、ローカルタイムがAMまたはPMに正しく設定されていることを示す。自動車との関連要素を生かし、プッシャーの操作は、車のハンドルを握っていても、ねじ込みをほどいたりロックを解除したりという操作が簡単にできるようになっている。
車のデザインと時計のデザインの相乗効果は、まずポルシェのオーナーに向けた限定モデルのシリーズで高まった。2017年には、911ターボSのオーナーに提供され、同車に使用されているカーボンファイバーやラッカー塗装を取り入れた「クロノグラフ911ターボSエクスクルーシブシリーズ」、2018年には、アメリカのポルシェクラブ会員限定で、ポルシェ911に採用されていたフックス社製のアロイホイールの形をした特別なローターを搭載した「クロノグラフ 70Y スポーツワーゲン PCA エディション」などが発売された。
2020年にはこの相乗効果が本格的に発揮され、「カスタムビルド・タイムピース」プログラムが開始された。これはいわば時計のパーソナライズサービスである。同プログラムはボディーの塗装色をはじめ、シートやステッチのカラーなどの素材をオーナーが自由に選べるポルシェの既存のカスタマイズサービス同様の方式を採る。つまりポルシェデザインの顧客が自身の時計のケース、ベゼル、文字盤、針の色などを150万以上もの組み合わせから選ぶことができるのだ。これは現在の市場において、もっとも親和性の高い時計と車のデザインの融合といえるだろう。「ポルシェの車は、エンジンの性能だけが特別なのではありません」とノヴァックはまとめている。「その耐久性、走行性、軽量性など、あらゆる面で優れています。これら全てを時計作りに反映させたいと考えました。チタンの採用やC.O.S.C.の取得、そしてポルシェが自動車で25年前に成し遂げた、大量生産からオーダーメイドへの切り替えなどが、現在のゲームチャンジャーなのです」。
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