ロンジンが展開する「スピリット」コレクション。飛行士向けのディテールを備えたこの時計に秘められた、ロンジンと名高きパイロットたちのストーリーを前後編に分けて紹介する。前半では1920年代から、いかにロンジンがパイロットたちに支持されてきたのかを紹介した。後編では、チャールズ・リンドバーグらが設計に関わった時計や、それらがどのように発展を遂げたのかをたどりつつ、現行モデルの魅力を改めて見ていく。
「大空に夢を馳せた、ロンジンと伝説のパイロットたちのストーリー(前編)」を読む
Text by Ruediger Bucher
2021年9月1日掲載記事
チャールズ・リンドバーグと「リンドバーグ アワーアングルウォッチ」
チャールズ・リンドバーグが1927年の有名な大西洋横断飛行の時に、ロンジンの腕時計を持っていなかったことは興味深いことである。彼は自分の腕時計について一言も語らず、そのメーカーも現在まで謎に包まれたままだ。コックピットに備え付けられていた計器のおかげで、リンドバーグは目的地に到着することができたが、彼が無事にパリへ到着できたことはほとんど奇跡に近いものだった。まず、リンドバーグは軽量化を図るため、重要な航法補助装置を省かねばならなかった。また操縦席がエンジンの真後ろにあったため、前方を直接見ることができず、潜望鏡でしか見ることができなかった。さらに、彼は航法の経験が豊富とは言えなかった。今日、航空史家の間では、リンドバーグは楽観主義と忍耐力に加えて、非常に幸運であったことが認められている。他のパイロットはそれほど幸運ではなかった。1927年だけでも、リンドバーグの大西洋横断飛行を再現しようとして15人ものパイロットが命を落としている。ほとんどの場合、航法の知識が不十分であったことが理由であった。
リンドバーグが1928年のキューバ近くのフライトで、航路を見失う事故を起こしたあと、彼は1カ月かけてウィームスから天測航法のトレーニングを受けた。ウィームスが考案した「セコンドセッティング・ウォッチ」を理解した後に、リンドバーグはパイロットが経度を測ることにより自身をナビゲートできるような時計のスケッチに着手した。リンドバーグのデザインしたものは、太陽の時角を測定する回転ベゼルと、回転するセンターダイアルを備えるツールウォッチであった。時針が12時間を示すだけでなく、度数を表すものだった。例えば、12は180度に値する。分針は回転式ベゼルに印刷されたアークミニッツを示す(15は60分に値する)。文字盤の中央には「ウィームス」と同じように調整可能なサブダイアルがあった。リンドバーグの時計では、このサブダイアルは秒針と連動して、さらに15分のアークミニッツを読み取れる。3本の針によって示される値を合計し、ベゼルを回すことで真太陽時と平均太陽時の差を算出することができるのだ。リンドバーグもウィームス同様にロンジンへ連絡を取り、ロンジンはリンドバーグとの共同制作に乗り出した。1931年、ロンジンは「リンドバーグ アワーアングルウォッチ」の生産を開始した。直径47mmの腕時計としてキャリバー18.69Nを搭載し、同じムーブメントを木製のボックスに収めたオンボード・クロノメーターとしても発売した。1930年代には、多くのパイロットがアワーアングル ウォッチを注文し、航海用計器として使用した。
ハワード・ヒューズと「シデログラフ」
ロンジンは1938年に「シデログラフ」の開発で、さらなる一歩を歩みだした。この装置は恒星時(temps sidéral)にその名を由来し、一般的な太陽時とは切り離されたもので、グリニッジ恒星時を時角、分、分(角度)の単位で表示する。グリニッジに対する春分点の時角(恒星時)が直接表示されるため、従来の太陽時と恒星時の変換が不要になり、機体の現在位置がより早く計算できるようになった(さらに、この時計はパイロットや航海士が太陽に頼らなくてもよくなり、結果として夜間の航行も可能になった)。シデログラフのケースには軽量で耐磁性のあるアルミニウムケースが選ばれ、1910年に開発されて精度が高く評価されていたキャリバー21.29が搭載された。
起業家、ハリウッドのプロデューサー、映画監督としても有名なハワード・ヒューズは、ロンジンのシデログラフを使用した最初のパイロットのひとりだった。ヒューズは、自分で開発した飛行機でいくつもの記録を打ち立て、パイロットとしても名を馳せていた。例えば、1935年には時速352マイルの新記録を樹立し、ロサンゼルスからニューヨークまで7時間28分25秒という記録的な時間で飛行している。1938年には、ロッキード社の14N2スーパーエレクトラで北半球をわずか3日と19時間14分で一周した。パリ、モスクワ、オムスク、ヤクーツク、アンカレッジ、ミネアポリス、ニューヨークを経由した1万4800マイルの旅には、ヒューズのシデログラフが活躍した。
第2次世界大戦中から戦後にかけての航空技術の急速な発展と、1970年代の「クォーツ危機」の到来に伴い、ロンジンをはじめとする機械式時計メーカーは急速に影を潜めていった。しかしそれ以降、機械式時計の復興が始まり、サンティミエの開発者たちは再びクラシックなパイロットウォッチに着手した。リンドバーグのパリ上陸60周年を記念して、ロンジンは「アワーアングル ウォッチ」のアニバーサリーコレクションを発表し、その後もさまざまな後継機を展開してきた。そのほとんどがリンドバーグの時計のバリエーションだったが、ウィームスモデルや、文字盤を右に45度回転させた「アヴィゲーション タイプA-7」、24時間表示の「トゥエンティーフォー アワーズ」など、ロンジンの歴史的なパイロットウォッチをベースにした限定モデルもあった。
「スピリット」コレクションの誕生
ロンジンが2020年初夏に発表した新しい「スピリット」コレクションは、ブランドの航空分野でのルーツを思い起こさせる。クラシックなロンジンのパイロットウォッチが、このコレクションのデザインの多くに反映されている。特に、すっきりとした文字盤、アラビア数字、そして針や数字に施された蓄光塗料による高い視認性が挙げられる。またそれは大きなリュウズにも見られるが、歴史的モデルほどの大きさではなく、また玉ねぎ型のものでもない。ダイヤモンド型のアワーマーカーは、1930年代のロンジンのパイロットウォッチを想起させる。
スピリットコレクションを特別なものとしているのが、文字盤の5つ星であろう。これはロンジンの歴史に由来するもので、1960年代から1970年代にかけて人気を博した「アドミラル」のようなモデルでは、ムーブメントの品質を示すために星が使われていた。5つ星は最高レベルで、最高の品質基準を示しており、今日でも同じである。キャリバーL888.4(ETA A31.LIIベース)にはシリコン製ヒゲゼンマイが採用され、スイスのクロノメーターテスト機関C.O.S.C.による認定を取得している。C.O.S.C.認定はラチェット式ホイールと自動巻き機構を備えたクロノグラフであるキャリバーL688.4(ETA A08.L01ベース)においても取得されている。ただしパワーリザーブはETAのキャリバーより長く、クロノグラフで約66時間、3針モデルで約72時間となっている。
この5つの星は、従来のモデルでは星の中心を棒でつないでいたため、組み立ての際にひとつの部品を入れるだけで済んでいた。同モデルからは、ひとつずつ星を入れるようになっており、見栄えも良くなった。
豊かな現行モデルのバリエーション
スピリットの購入を検討する場合、いくつかの仕様から選ぶことができる。3針とクロノグラフの両モデルともに、マットブラック、サンレイ仕上げのブルー、グレイン仕上げのシルバーの3種類の文字盤が用意されている。それぞれの仕様にステンレススティールブレスレットかレザーストラップが用意され、どちらも価格は同じである。
3針モデルにはステンレススティールブレスレット、ダークブラウンのレザーストラップ、NATOスタイルのレザーストラップの3種類のリストバンドが付属するプレステージモデルも展開されている。
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