ピカソの腕時計が2800万円超え。記録的な結果を生んだ時計オークションを振り返る

2021.09.11

世界で行われる時計オークションについての情報をお届けするwebChronosの新連載「グローバルウォッチマーケットからの最新ニュース」。その第1回は、老舗オークションハウス「ボナムズ香港」の時計部門国際ディレクター、ティム・ボーン氏が、2021年に行われた時計オークションについて振り返る。

ティム・ボーン(ボナムズ香港):文
Text by Tim Bourne(Bonhams Hong Kong)
2021年9月11日掲載記事

ティム・ボーン

ティム・ボーン[ボナムズ香港 時計部門国際ディレクター]
20年以上の経歴を持つ高級時計の専門家であり、ボナムズ香港を拠点に活動する時計の国際ディレクター。世界最古のオークションハウス「サザビーズ」が拠点を置くロンドンと香港における時計部門の国際責任者と、クリスティーズの時計部門の国際共同責任者として活躍した後、ボナムズに加わった。


時計市場に変化をもたらした2021年

 2021年は、世界の時計市場にとって驚くべき繁栄の年となった。ほぼすべてのオークションで世界記録が樹立され、多くの時計メーカーで新しい価格が設定された。世界規模の時計オークションに参加するユーザーの数も増え続けている。

 新型コロナウイルスによるパンデミックが我々にもたらした影響は、世界の人々の行動を制限する反面、これまでオークションハウスとの関わりが少なかったユーザーや時計コレクターを新たに引きつけ、コレクターの間でさまざまなカテゴリーの価格を上昇させるという好影響ももたらした。

 経済的なプラス効果だけでなく、コレクターが持つ情報量や知識も大幅に向上している。それぞれのコレクターが購入したいと思うものの幅広さと多様性が、この魅力的な収集カテゴリーを、とても中毒性があり、達成感を感じられるものにした。


意外な結果を残した2本の腕時計

 私が第1回のコラムで注目するのは、大きな関心を集めて最終的には記録的な価格となったが、あまり一般的ではないために広く評価されていない可能性のある時計である。ロレックスやパテック フィリップ、オーデマ ピゲ、F.P.ジュルヌなど、今日のオークションで人気のあるブランドの希少なモデルが驚異的な価格で落札されていることは、多くの人に知られている。

 そしてこれらは、品質の高さやブランドが持つDNAの強さ、並外れたクラフツマンシップによって、正当な価格であると言えるが、すべてのコレクターが同じものを好むわけではない。究極のコレクターとは、自身でビジョンを持ち、そのテーマに情熱を注いでいるために収集し、膨大な量のリサーチを行っている人のことを言う。

 コレクションは人格を反映しており、その人の外向的もしくは内向的な性質を持つ内面がにじみ出るものである。ボナムズの最近のオークションに出品された2本のまったく異なる腕時計は、もともとそれらを所有していたコレクターのひたむきなアプローチを示す完璧な例だった。

ミレニアム

ジョージ・ダニエルズ「ミレニアム」(1999年)
71万7500USドル=約7903万円(1USドル=110.16円、2021年9月10日現在、バイヤーズプレミアムを含む、以下同)で落札。

 ひとつ目は、20世紀における最も偉大なウォッチメーカーのひとりであるジョージ・ダニエルズ博士が手掛けた腕時計である。 画期的なコーアクシャル脱進機を開発し、この技術的なマイルストーンがウォッチメイキングの一翼を担うようになったことを記念して「ミレニアム」と呼ばれるシリーズを製作するに至った。彼の弟子であるロジャー・スミスと協力し、48本の腕時計を製作した。

 1999年に納品されたこのモデルを入手することができた48人のコレクターは、幸運にも現代の時計製造の歴史の一部を手にすることができたのだ。このロットが2カ月ほど前にオークションに出品された時、予想通り非常に高い競争率だったが、最終的に71万7500USドル(約7903万円)というこのモデルの世界記録を樹立した。

ピカソウォッチ

パブロ・ピカソが「Michael Z.Berger」に製作を依頼した「ピカソウォッチ」(1960年頃)
25万8000USドル=約2841万円で落札。

 ふたつ目の情熱的なコレクターの腕時計は、マスターウォッチメーカーとはまったく別の分野で、5月にパリのサロンで開催されたオークションに出品されたものだ。この腕時計は機械的にもブランド的にも金銭的価値はほとんどなかったが、非常に魅力的な歴史を持っており、20世紀で最も偉大な画家のひとりであるパブロ・ピカソが着用していたものである。

 文字盤の12カ所にピカソの名前が一文字ずつ配されており、さらには彼がアートセッションの際にこの腕時計を着用している写真も添えられていた。この腕時計は、何の根拠もなければ約50USドルの価値しかなかったが、その根拠と歴史、そして魅力的なストーリーとともに出品されると、たちまち非常に収集価値のあるものとなった。アートコレクターたちによる15分間の入札争いの後、当初の落札予想価格の約20倍にあたる25万8000USドル(約2841万円)で落札されたのだ。

 このふたつの時計収集の例から分かるのは、所有者が持つ考え方に対する大きな自信と、コレクションを形成するために必要なひたむきな知識である。ふたりのコレクターは多くの人に好みを合わせるのではなく、情熱を持って自身のコレクションを作り上げていたのだ。


西部開拓時代を物語るふたつの懐中時計

 8月に開催されたオークションでは、アメリカ映画「ワイルド・ワイルド・ウエスト」の初期の記念品を熱心に収集していたジム&テレサ・アール夫妻のコレクションから出品されたふたつの懐中時計が、どのような成果を上げるかが注目された。

 ひとつはアメリカ西部開拓時代に活躍したガンマン、パット・ギャレットが所有していたもので、伝説の無法者ビリー・ザ・キッドを裁いた際に贈られた懐中時計。もうひとつは、アメリカ西部開拓時代の象徴的な人物であるバッファロー・ビルの名前が刻印された銀製のポケットウォッチだ。

ポケットウォッチ

(左)パット・ギャレットの懐中時計、リンカーン市による贈与
落札予想価格:3万〜5万USドル(約330万〜550万円)
※落札価格未公表
(右)バッファロー・ビルのシルバーコイン懐中時計
落札予想価格:8000〜1万2000USドル(約88万〜132万円)
1万4025ドル=約154万円で落札。

 もしあなたが時計コレクターであるならば、自身の判断を信じて、できるだけ多くのリサーチを行い、自分の収集テーマや哲学を貫き、情熱を持って経済力の範囲内で購入してほしい。その価値は十分にあるだろう。


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