バーゼルワールド「突如復活」の裏事情とは? ―傲慢なノスタルジーの行方―

ウォッチジャーナリスト渋谷ヤスヒトの役に立つ!? 時計業界雑談通信

2021年6月23日(スイス時間)、突如復活が宣言された「バーゼルワールド」。一旦は、名称を「アワーユニバース」と変更して、装いを新たに再出発するかに思われた世界最大の高級時計・宝飾展。だが、コロナ禍の影響もあり、紆余曲折を経て「バーゼルワールド」復活の発表に至った。その裏事情と展望をジャーナリストの渋谷ヤスヒト氏が考察・解説する。

渋谷ヤスヒト:取材・文 Text by Yasuhito Shibuya
(2021年9月14日掲載記事)

バーゼルワールド

2019年まで、毎年3月もしくは4月のイースター休暇前に開催されていた世界最大の高級時計・宝飾展「バーゼルワールド」の様子。


幻に終わった「アワーユニバース」

 時計業界のビッグイベントといえば、1917年のスイス産業博覧会の時計部門をルーツに100年を超える歴史を誇る、スイスの第2の都市バーゼルで毎年春に開催される「バーゼルワールド」だった。最盛期には宝飾ブランドも含めて2000を超える出展社が集ったこの見本市が開催できずにすでに2年。2020年夏には事務局の親会社MCHグループが存続を諦め、新イベント「アワーユニバース」へのスイッチを表明した。だが、MCHグループは「アワーユニバース」構想を撤回、2021年6月23日の発表をもって突如、ゾンビのように「バーゼルワールド」が再びよみがえったのは、先日のこのコラムでお伝えした通りだ。

 今回は、その「復活」への最初のステップとなる8月30日からスイス・ジュネーブで開催された「ジュネーブ・ウォッチ・デイズ」への出展。その内容について、8月10日のプレスリリース、ウィーク中にYouTubeで公開されたコンテンツから「復活」の裏側と今後を展望してみたい。

 そもそもバーゼルワールドの「寿命」は昨年2020年春に尽きている。2018年春のフェア開催後に、「オメガ」を筆頭に18もの時計ブランドを出展していた世界最大の時計会社スウォッチ グループが撤退を表明したことからカウントダウンは始まった。主催するメッセ・バーゼルはこの撤退をきっかけにフェアの構造改革を宣言したものの、出展社を納得させることはできなかった。

 そして2020年4月、ついに終わりが来た。2月28日に新型コロナウイルス感染症の感染対策を理由にフェア中止が決定。その際、事務局が出展社に無断で発表した「延期開催」の日程、出展料の返還条件に出展ブランドが猛反発。4月14日に「ロレックス」「パテック フィリップ」「ショパール」「チューダー」「シャネル」がバーゼルワールド離脱を宣言。LVMH傘下の「ブルガリ」「ウブロ」「ゼニス」「タグ・ホイヤー」もこの動きに追随し、ここでバーゼルワールドの「寿命」は尽きたのだ。

バーゼルワールド

2020年2月28日にバーゼルワールドのオフィシャルサイトで発表された「『バーゼルワールド2020』の2021年1月への延期開催」。これが「バーゼル消滅」のトリガーになった。

 そして、MCHグループは2020年7月23日に後継イベントとして「アワーユニバース」を発表。だが新型コロナウイルスのため、2021年春の開催も夏に延期。そして今年2021年6月23日に発表されたのが、まさかの「バーゼルワールド」復活宣言だった。

バーゼルワールド

こちらは先日、2021年8月30日の「バーゼルワールド」オンラインプレスカンファレンスで公開された今後のスケジュール。2022年秋のアジア、2023年のアメリカでの展開予定にも要注目だ。

 驚いたのはその強気の会期設定。2022年4月にジュネーブで開催される「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ(WWG)2022」の開催期間に真正面からぶつけた。まるで「どっちを選ぶ?」と挑発しているかのようだ。


元の「バーゼルワールド」に戻した理由とは?

 MCHグループはこの時期、この状況でなぜ「バーゼルワールド」の復活を宣言したのだろうか。1995年から2019年まで毎年、バーゼル・フェアおよびバーゼルワールドに通って取材を続けてきた筆者の経験から、その理由を解説してみよう。

 まず、ひとつめの理由は「アワーユニバース」では、出展ブランドがまったく集まらなかったからだろう。その結果、「世紀を超えた看板」の知名度に頼るしかない、と判断したのだ。メッセ・バーゼルに再び出展社を集めるためには、このヘリテージ(古くからある有形無形の受け継ぎたい価値)をアピールするしかない。そのためには「アワーユニバース」という実績のない新看板を引っ込めた方がいい。これは当然の判断だ。

 ただスイス時計のヘリテージはバーゼルにはなくジュネーブにある。これまでバーゼルワールドが成立したのは、スイス時計産業博覧会として始まった歴史的経緯、そしてバーゼル空港が「ユーロエアポート」と呼ばれるように、ヨーロッパの中央に位置する立地のおかげだ。

バーゼルワールド

8月31日に配信されたオンラインプレスカンファレンスのトップページ。下記のURLよりYouTubeで視聴可能(英語)。https://youtu.be/uAZzQlkUozk

 だが「バーゼルワールド」復活のいちばんの理由は、「地元バーゼルの政界・経済界の強い意向、希望」だろう。MCHグループは2000年代まで、地元のバーゼル・シュタット州やチューリヒ市が出資する半官半民、つまり準公営企業であった。だから、地元の産業振興に寄与するという使命を負っている。時計の「バーゼルワールド(旧バーゼル・フェア)」と、1970年に始まるアートの見本市「アート・バーゼル」の成功・発展で、これまで地元に多大な経済効果をもたらしてきたからだ。

 2018年には民間の投資家がMCHグループに出資して経営の主導権を取得した。さらにビッグブランドの撤退が決まり、経営が苦境に陥った2020年8月には、メディア王ルパート・マードックの次男で後継者であるジェームズ・マードックが率いる投資会社「ルパ・システムズ」から増資という形で巨額の資本を受け入れている。

 とはいえ、2020年12月に発表された同社のリリースによれば、同社の取締役会には、地元であるバーゼル・シュタット州の代議員2名、チューリヒ市から派遣された1名が依然として、役員として名を連ねている。そして、彼らは同グループの株式の33.34%を依然として保有している。つまり、財務上はほとんど民間企業だが、「官」の資本と意向が完全に消えたわけではない。

「アワーユニバース」構想が発表される前、バーゼルワールドのマネージングディレクターであるミシェル・ロリス-メリコフ氏は海外メディアのインタビューに「新しい時計フェアの開催場所は、バーゼルとは限らない。チューリヒやローザンヌの可能性もある」と発言していた。だが同時に「バーゼル以外での開催はありえない」という、これを否定する意見が社内から出ているという報道もあった。そしてその後、「MCHグループがチューリヒでウォッチウィークを計画しているという噂があるが、こうした話はない」という否定のリリースをMCHグループはわざわざ発表している。