忘れられない「巨額の経済効果」
地元であるバーゼル・シュタット州出身役員にとって、メッセ・バーゼル以外でのフェア開催による地元への経済効果消失は、到底容認できるものではないのだ。「バーゼルワールド(旧バーゼル・フェア)」が何十年間も地元バーゼル市に与えてきた経済効果の巨大さ、重要性について、残念ながら明確なデータは発見できなかった。だが、1995年から2019年までバーゼルに毎年通ってきた筆者には、その経済効果の大きさは容易に想像できる。
バーゼルワールドに出展する時計ブランドは巨額の出展料を事務局に支払うが、2018年夏にスウォッチ グループが撤退を表明した際、5000万スイスフラン(約56億円)に上る出展料をまず撤退の理由に挙げた。わずか10日間あまりのイベントとしては法外な金額だ。しかも、この出展料に加えて時計ブランドは、世界中から集まるスタッフやゲストの滞在費、食費や接待費も負担することになる。ところが、フェア中のバーゼル市内や近郊のホテルの宿泊費は最低でも通常の3倍から5倍が当たり前。だから宿泊費だけでも膨大な金額になる。時計ブランドはこれまで、この法外な料金を「仕方なく」払ってきた。
そして、バーゼルの経済界は何十年もこのフェアの「恩恵」を享受し続けてきた。だから「何が何でも続けてもらわなければ困る」というのが本音だろう。それに加えて「アワーユニバース」では出展社が集まらないという状況を見て、他の役員も「老舗の看板を使って出展社を集めるしかない」という結論に到ったのだろう。地元とMCHグループ。両者それぞれの経済的な事情から「バーゼルワールド」は突如として復活したのだ。
傲慢なノスタルジーに未来はない
人は美味しい記憶、ノスタルジーにしがみつきたいものだ。日本には今も、30年以上も前の1980年代バブル景気を懐かしみ、その復活を夢見る人たちが相当数いる。バーゼルワールドの「凋落」が始まったのはわずか10年ほど前のこと。むしろ、スイス時計全体の海外出荷額は当時を上回っている。2020年のスイス時計の海外出荷額はコロナ禍の影響で前年比マイナス21.8%となったが、2021年は2019年とほぼ同程度に回復すると予測される。確かにこの数字を見れば「バーゼルワールドは復活可能だ」と考えるのも無理はない。
だが、本当にそうだろうか。残念ながら、フェア崩壊の最大の原因である「バーゼルワールド運営事務局に対する不信感」は、ほとんど払拭されていない。しかも、新型コロナウイルス危機のこの2年間の間に、時計業界を取り巻く状況は劇的に変わった。もはやバーゼル市やバーゼルワールド関係者の「ひとりよがりのノスタルジー」に、時計ブランドや時計業界関係者が付き合う余裕があるとは思えない。
2021年8月10日の予告通り、8月30日から9月3日にかけて開催された「ジュネーブ・ウォッチ・デイズ 2021」でバーゼルワールド事務局は、5つ星ホテルで参加ブランドの製品展示と、参加ブランドのプロモーションVTRやプレスカンファレンスなどのYouTube配信を開始。フィジカル&バーチャルのハイブリッドな時計フェアであることをアピールした。だが、そこにメジャーな時計ブランドの名前はない。
この「復活劇」で見えてくるのは、MCHグループとバーセルワールド事務局、そして地元経済界の「ひとりよがりのノスタルジー」と、共感不可能な「傲慢さ」だ。そして、この印象はジュネーブ・ウォッチ・デイズで配信されたプレスカンファレンス映像でのバーゼルワールドのマネージングディレクター、ミシェル・ロリス-メリコフ氏とMCHグループCEO、ビート・ツワレン氏の発言を視聴してさらに強まった。
このままだと、バーチャルなオンラインフェアとしては成立可能かもしれないが、メッセ・バーゼルでのフィジカルなフェアの「復活」は不可能だろう。たとえ開催するとしても最低限、会期の変更は必須だろう。それでも多くの参加者、来場者は期待できず、経済的には大失敗に終わるだろう。「ひとりよがりのノスタルジー」で「傲慢に」強行されるイベントは、周囲の人を不幸にするだけだ。そうならないことを願いつつ、その行方を見守りたい。
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