パテック フィリップは、チャイム機構の最高峰とされるグランドソヌリに敬意を表し、これにプチソヌリ、ミニッツリピーターを加えた最初の腕時計「パテック フィリップ・グランドソヌリ Ref.6301P」を発表した。チャイム・ウォッチの巨匠として時計業界に君臨する同社の技術力を今再び立証するタイムピースの誕生である。
Text by Roger Ruegger
2021年9月22日掲載記事
チャイム・ウォッチの巨匠、パテック フィリップ
高級時計の世界では、チャイム・ウォッチほど特別で魅力的なものはない。時計作りにおける究極の複雑機構とよく言われ、現在でもこれを自社で製造できるメーカーは限られている。当然のことながら、毎年スイスで生産されるミニッツリピーターはわずか数百本に過ぎず、その中でもグランドソヌリはほんの一握りしかない(補足すると、グランドソヌリとは毎正時と15分、30分、45分を自動的に音で知らせる機能である)。
2020年11月、パテック フィリップ名誉会長フィリップ・スターンの82歳の誕生日に合わせて、同社はこれまでのリピーターウォッチのコレクションに新たなリファレンスを追加した。それが「グランドソヌリ Ref.6301P」である。このモデルは古典的な3つのゴングを採用し、3つのハンマーで打って時を知らせる。そして6時位置にジャンピング・スモールセコンドを備える。
パテック フィリップは、創業当初からチャイム・クロックの製造に着手していた歴史がある。創業からわずか4カ月後の1839年9月には、リピーターを搭載した懐中時計を雑誌に掲載し、450スイスフランで販売していた。1850年にはグランドソヌリを搭載した複数の懐中時計が同じ雑誌に掲載された。1851年にロンドンで開催された万国博覧会(5月から10月にかけて約600万人を動員した初の万国博覧会)のカタログには、パテック フィリップの特製品として「リピーター」と「自動打刻機付き時計」が記載されている。これに続き1860年には、パテック フィリップ初のミニッツリピーター搭載の懐中時計が発表され、19世紀に入るとクォーター・リピーター、ファイブ・ミニッツリピーター、ミニッツリピーターを搭載した時計が発表された。より正確には、パテック フィリップ初のファイブ・ミニッツリピーター搭載の腕時計、No.174603は1916年製で、プラチナケースを備えたレディースモデルであった。続いて1925年には、ブランド初のミニッツリピーター搭載の腕時計が、後に車のクルーズ制御システムを開発する盲目の発明家、ラルフ・ティーター(1890年8月17日-1982年2月15日)に販売されている。
パテック フィリップが創業150周年を迎えた1989年、同社はキャリバー89を発表し、チャイム・ウォッチの雄としての復活を印象付けた。これは33もの複雑機構を搭載し、「この4半世紀における世界で最も複雑な携帯時計」と称賛されるものであった。これを境にパテック フィリップはリピーターの通常生産を再開している。現在ではティエリー・スターン社長が出荷前にすべてのリピーターの音色を確認しており、その了承が出たものだけが世に出されている。
キャリバー300から派生した新ムーブメント
グランドソヌリ Ref.6301Pのために、パテック フィリップは当然ながら新しいムーブメントを開発する必要があった。その土台として、チームは2014年に発表された「グランドマスター・チャイム Ref.5175」に採用されたキャリバー300を選んだ。グランドソヌリ、プチソヌリ、ミニッツリピーター、4桁の年表示、瞬時日送り式永久カレンダーなどに加え、あらかじめ設定された時刻に音を鳴らすチャイムによるアラーム、現在の日付を音で知らせるデイトリピーターという、世界初の特許取得のふたつの機能を含んだ20の複雑機構を搭載し、1366点のパーツで構成されたムーブメントである。この部品点数を703点へと洗練させた新キャリバーGS 36-750 PS IRMは、時刻表示用とチャイム機構用にそれぞれツインゼンマイを2組(合計4本)備え、直径37mm、厚さ7.5mmのムーブメントに収められた。これによりムーブメントは約72時間、打刻に約24時間のパワーリザーブを確保し、安定したトルクを実現した結果、時計は丸一日正時とクォーターを打刻できると同時に最適な音量も提供できるようになった。リュウズを押し込んだ状態で時計回りに回転させると時刻表示用に、反時計回りに回転させると打刻用に香箱の巻き上げを行うことができる。4本の主ゼンマイには張力が掛かり過ぎないよう、巻き止めが設けられている。またパテック フィリップではシリコン製のヒゲゼンマイを採用しているが、これはハイテク素材を使用するというブランドの姿勢を示すと同時に、より伝統的なスタイルで明確なデザインと装飾が施された時計とムーブメントのコントラストを際立たせている。
チャイム機構に関しては、パテック フィリップは古典的な3ゴング(低、中、高音)を採用した。これは2ゴング式の一般的な機構よりも多くのエネルギーを必要とする。また、3つの音色を正確にチューニングする必要があるため、職人の作業は非常に複雑になる。ムーブメントに取り付けられた3つのゴングは、その浮かんでいるスペースが非常にコンパクトであるにも関わらず、ゴング同士、またはケースやムーブメントなど他の部分に触れたりしてはならないのだ。
同じ大きさと質量を持つ3つのハンマーは、3つの音程を均一に打ち出す。正時の打刻は低音のゴングで、クォーターは高・低・中音の3連打で打たれる。最初のクォーター(15分)の場合は1度、2回目のクォーター(30分)は2度、3回目のクォーター(45分)は3度、音が鳴る。クォーターの前には自動的に正時の回数の打刻があり、その後クォーターの打刻が続く。打刻用のツインバレルによってエネルギーは充分に蓄えられ、24時間に1056回という驚くべき打刻を実現している。6301Pではプチソヌリという打刻モードの選択も可能だ。毎正時には打刻が行われるが、クォーターは省かれる。サイレントモードではすべての自動打刻が完全にオフになる。
打刻モードの選択は、6時位置のケースサイドにあるスライドスイッチによって行われ、スイッチを左(5時方向)にするとプチソヌリ・モードに、中央でグランドソヌリ・モードに、右(7時方向)でサイレントモードに切り替えることができる。打刻モードの選択と起動がひとつのスライドスイッチによって行えるこの特別な機能は、既出のグランドマスター・チャイムで開発された特許取得のものである。従来では同じことを行うのに、ふたつのスイッチが必要だった。またグランドマスター・チャイム用に開発されたもうひとつの特許によって、サイレントモード選択時にグランドソヌリだけ完全に切り離されており、動力の消耗を避けている。オンデマンドで、ミニッツリピーターは3時位置のリュウズに組み込まれたプッシャーによって作動する。すると低音で正時の、そして3音からなるクォーター(ここまではグランドソヌリ・モードと同じ)、そして高音のゴングで最後のクォーターに付け加えられる分の数だけ打刻が行われる。ミニッツリピーターはスライドスイッチがサイレントモードに設定されていても、いつでも作動させることができる。
パテック フィリップによると、チャレンジだったのは、グランドソヌリでは今までなかった6時位置のジャンピングスモールセコンドを組み入れることだったそうだ。175周年記念モデル、Ref.5275チャイミング・ジャンピング アワーの4つの特許をベースとし、Ref.6301Pは一般的なジャンパースプリングではなく、1秒ごとに瞬時に輪列を解き放つ歯車とリリースレバーを採用することによって、調整・制御のための動力消費を容易にしている。
Ref.6301Pにおいて、もっとも大きな挑戦は何であったかとティエリー・スターンに尋ねると、迷うことなくこう答えた。「間違いなく、音色ですね。これは常に大きな挑戦ですが、特に今回はそうでした。3つのゴングで、完璧なハーモニーを見つけるのは簡単ではありません。ひとつずつの調整は難しくないのですが、3つを組み合わせて、しかもお互いが触れないようにして、全体で同じハーモニーを奏でなければならないとなると、特にクォーターの場合、これは本当に大変なことです。この点については、父(フィリップ・スターン)のおかげで、多くの経験を積めていました。私がパテックに入社したとき、私は19歳でしたが、父が最初にしたことは、ミニッツリピーターの音色を聴き、確認せねばならない会議に私を連れて行ってくれたことでした。それ以来、たくさん聞くようになって、今では新しいアイデアを見付けるまでになりました。自分でミニッツリピーターをつくることはできませんが、どこまでいけるか、何をしなければならないかが明確に分かるようになったのです。例えばRef.6301Pでは、音を良くするための新しい直径や新しいアイデアを見付けることができました。ミニッツリピーターの購入者は時計の音色を聴き、「いいな」とか「あまり好きじゃないな」と思う感覚を、誰でもが持つでしょう。だからこそ、この時計に合う完璧なハーモニーを、特にプラチナケースの上で見つけるのは、本当に難しいことなのです。しかし、それが私にとってのポイントであり、目標でもありました。"私たちにはそれができる"と言いたいのです」。
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