ジンの秀作「アニバーサリー スプリットセコンド クロノグラフ 910.JUB」着用レビュー

FEATUREWatchTime
2021.10.06

2016年に創立55周年を祝い、ジンは「910.JUB」をリリースした。複雑機構であるスプリットセコンド・クロノグラフを、リーズナブルな価格で展開した秀作であった。これを実際に手にしたクロノスドイツ版編集部のマルティーナ・リヒターによる着用レビューをお届けする。

910.JUB

2016年に世界限定300本としてジンから発売された「910アニバーサリー スプリットセコンド クロノグラフ 910.JUB」。
Originally published on watchtime.com
Text by Martina Richter
2021年10月6日掲載記事

スプリットセコンド・クロノグラフの安定した動きの構造

 ドイツ、フランクフルトを拠点とするジンは、スポーティーで機能性の高い時計を多く手掛けることでその名を知られている。中には、非常にエレガントなクロノグラフモデルもある。今回は「アニバーサリー スプリットセコンド クロノグラフ 910.JUB」をテスト機に選んだ。世界限定300本のみが販売されたこのモデルは、スプリットセコンド機能を備えたコラムホイール式のクロノグラフが6330USドル(日本円価格で税込み108万9000円)という手頃な価格で手に入るというレアなアイテムで、モニタリングしてみる価値があると考えた。

 これに匹敵するものといえば、オーストリアのフェルカーマルクトにある小規模ながらも精巧な製作で知られるハブリング2のダブル・フェリックスくらいだろう。手巻きの自社製ムーブメントを備え、価格は7750ユーロだ。これより上の価格帯を見ると、A.ランゲ&ゾーネのトリプルスプリットが14万7000USドルである。このモデルはトリプル・ラトラパンテとフライバック機構が搭載されている。

 スプリットセコンド・クロノグラフはラトラパンテ・クロノグラフと呼ばれ、経過時間を測定する秒針が2本あることから「ダブル」クロノグラフとも呼ばれている。この2本の針は、それぞれ独立してスタート、ストップ、ゼロリセットすることができるため、中間タイムを計測することができる。910.JUBの文字盤に書かれたSCHLEPPZEIGERという言葉はドイツ語で「ドラッグポインター」を意味する。これはスプリットセコンド・クロノグラフの特徴のひとつで、共に駆動する2本のクロノグラフ針のうち1本をストップさせても、もう1本ははそのまま駆動し続ける機能を指す。フランス語で「追いつく」を意味する「ラトラパンテ」は、この複雑機構のもうひとつの側面を表している。一旦停止した針が、もう1本の針に追いつき、一緒に経過時間の計測を続けるのだ。

910.JUB

910.JUBは積算計機能に加え、中間タイムの計測を可能にするスプリットセコンド機能を搭載する。

 スプリットセコンド・クロノグラフには、「一緒に駆動させる」にしても「追いつかせる」にしても、安定した柔軟性のある接続が必要であり、またムーブメントを動かすための限られたエネルギーを経済的に利用しなければならない。技術的な難しさは、2本の経過秒針の軸が非常に長いことから始まる。この軸はムーブメント全体と連動して、文字盤の上を運針していく。経過時間を計測する針はラトラパンテのハート型カムとつながっている。このハートカムはラトラパンテ用レバーとバネを備えた専用クロノグラフホイールと組み合わされ、中間タイムを読み取るために一時的に停止していた経過秒針を、先を行くもう1本の針に追いつかせ、同期して運針させる。この細い針を止めるという役割を担っているのがコラムホイールでコントロールされるストッパーだ。ストッパーが外れると、止まっていた針はスピーディにもう1本の針に追いつくのである。

 ここで簡単に説明したことは、技術的に非常に複雑であるため、結果として設計に費用が掛かるスプリットセコンドの構造に着手するマニュファクチュールは少なくなる。その数少ないうちの1社が、2012年からシチズンの傘下に入ったスイスのムーブメントメーカー、ラ・ジュウ・ペレで、既存ムーブメントの複雑な改造を得意としている。その改造のひとつが、ETA/バルジューのキャリバー7750に行われたもので、クロノグラフ機能を制御するコラムホイールと、ラトラパンテ機能のための2本の経過秒針を搭載している。ジンはこの改良型キャリバーを910.JUBに搭載した。過去にはウブロ、パネライ、ヴァルカン、ハンハルト、グラハムなどの時計に同様の改良が施されたものがあった。しかし現在では、スプリットセコンド・クロノグラフ全体に言えることだが、類似したモデルはほとんど存在しない。

ETA Valjoux 7750

裏蓋はトランスパレント仕様になっており、ブルーに仕上げられたコラムホイールなどを鑑賞することができる。

サファイアクリスタル製ケースバックから鑑賞可能なムーブメント

 直径41.5mmのケースは、グラスヒュッテを拠点とするSUG製のステンレススティールケースだ。トランスパレント仕様の裏蓋からはブルーカラーのコラムホイールに備わった7本の柱を見ることができるが、スプリットセコンド機構は残念ながらここから見ることはできない。ムーブメントにはGlucydur製テンプ、青焼きのネジ、そしてさまざまな装飾が採用されている。日差を測ったところ着用時には+3.5秒という結果が出ており、クロノグラフ機構の駆動中にも安定したレートを確認することができた。

 本機のクロノグラフ機構は、マッシュルームや逆さのトップハットのような形をした3つのプッシャーによって制御されている。3つ目のプッシャーは8時近くの位置にあり、スプリットセコンド機能のトリガーとしては珍しい配置だ。ラトラパンテ・クロノグラフを製作しているメーカーの多くは、このボタンを10時位置に配置するかリュウズと一体化させることが多い。なおハブリング2は10時位置だ。一般的なクロノグラフのように、2時位置のボタンを押すと、2本のクロノグラフ針が動き始める。しかし、クロノグラフをスタートさせる前に8時位置のボタンを押して、1本のクロノグラフ針をゼロ位置に留めることも可能だ。もう1度このボタンを押すと、停止していたクロノグラフ針は動いているもう1本に合流する。

910.JUB

直径41.5mm、厚さ15.5mmのケースはドイツのケースメーカー、SUG(ザクセン時計技術社グラスヒュッテ)製である。

 8時位置のボタンを押すと同期して動いていたラトラパンテ針は停止するが、もう1本は動きを止めることはない。スタート、ストップ、キャッチアップの各コマンドは、何度でも繰り返し操作することが可能だ。全ての操作はスムーズで、正確に動作する。4時位置のゼロリセットボタンのみが少々抵抗のある押し感だが、問題とするほどではない。クロノグラフのセンターにある経過秒の針と、3時位置のサブダイアルにある分針は赤色に着色されている。これにより、通常の経過時間に連動している針とクロノグラフの計測機能との見分けが容易だ。サブダイアルの経過分の最初の1分の目盛りが赤くなっているのは、クロノグラフ計測時にダイアル内周の高速から外周の低速への切り替えの目安とするためだ。すなわち計測が赤い目盛りの1分を超えてしまう場合は、二重タキメーターの低速である時速60kmから30kmまでを計測中であることを意味する。

 線のように細いストップセコンドの針は、幅広のリング上に配置されたふたつのタキメータースケールとともに、この時計に計器のような様相を与えており、スプリットセコンド・クロノグラフの主な用途のひとつであるスピード計測の側面を強調している。タキメータースケールのうちひとつは、時速30kmまでの遅い速度に合わせて調整されている。余談だが、ジンは自社チームを率いてクラシックカー・ラリーに参加することもある。ジンの時計にふさわしく、計測された経過秒は完璧な精度だ。長いインデックスの間にある3つの短い目盛りはテンプの振動数の4ヘルツと完璧に合致している。さらに両方の経過秒針は、きちんとこれらの細長い目盛りまで届いているのである。メインタイムの分針の先端は非常に細くなっており、ブラックのアワーインデックスの外周、つまり秒目盛りにも正確に届いている。緻密に調整された目盛り、非常に細い針、そしてベージュカラーの文字盤の全てが、この時計のレトロな外観を強調している。

910.JUB

ケースバックには55周年を記念した「1961-2016」という文字が記されている。

価格と性能のバランスが取れたレトロなストップウォッチ

 本モデルはライトブラウンのレザーストラップを組み合わせることで、さらにオールドファッションな魅力が付加される。このストラップの内部にはパッドが入っており、カラーコントラストの効いた手縫いのステッチで仕上げられ、先端には尾錠が付属する。このストラップにより、910.JUBは手首にしっかりとなじむ。その他にステンレススティール製ブレスレットが付属しており、これによって圧倒的なコストパフォーマンスが強調されている。

技術仕様

Ref.: 910.JUB
機能: 時、分、スモールセコンド、ラトラパンテ・クロノグラフ(センターの経過秒針により30分まで計測可能、センターのラトラパンテ針)、ダブルタキメータースケール
ムーブメント: 自動巻き(Cal.ETA Valjoux 7750)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。二ヴァロックス製ヒゲゼンマイ、Glucydur製ヘアスプリング、二ヴァロックス製耐震軸受け、2カ所の調整用偏心ネジ付き緩急調整装置を採用。直径30.4mm、厚さ8.40mm。
ケース: ステンレススティールケース、両面無反射加工のサファイアクリスタル製風防、内側無反射加工のサファイアクリスタル製ケースバック、10気圧防水
ブレスレット&クラスプ: ホースレザーストラップ(ステンレススティール製ブレスレットが付属)
サイズ: 直径41.5mm、厚さ15.5mm、ラグ幅22mm、重量93g(ベルトを除く)
価格: 108万9000円(税込み)

精度安定試験 (巻き上げ直後とT24の日差 秒/日、振り角)

巻き上げ直後 T24
文字盤上 +6.7 +4.0
文字盤下 +6.0 +5.1
3時上 +2.6 +2.6
3時下 +5.9 +5.7
3時左 +4.5 +3.5
最大姿勢差: 4.1 3.1
平均日差: +5.1 +4.2
平均振り角:
水平姿勢 337° 308°
垂直姿勢 310° 275°


Contact info: ホッタ Tel.03-5148-2174


ジン 41mmケースがもたらした Uシリーズ最高峰のユーティリティー

https://www.webchronos.net/features/51179/
特殊部隊のニーズに応えるタフさと取り回しの良さ ジン「EZM3」/気ままにインプレッション

https://www.webchronos.net/features/50360/
【インタビュー】ジン特殊時計会社 社長「ローター・シュミット」

https://www.webchronos.net/features/41833/