ゼニスが2021年に発表した中で最も注目すべきモデルは、革新的な1/10秒クロノグラフ表示を搭載し、エル・プリメロを搭載したシリーズを未来へと導くことを意図した「クロノマスター スポーツ」だ。トラディショナルなデザインに回帰しつつ、セラミックスベゼルの1/10秒表示や、驚くほど高精度な計測機能をそのままに従来に比べ約10時間延長したパワーリザーブなど、見逃せないアップデートが多々盛り込まれている。
Text by Mark Bernardo
2021年9月28日掲載記事
歴代モデルの要素をちりばめた、クロノグラフ アイコンの復刻版
ゼニスは常に機械式時間の精度の限界に挑戦してきた。ル・ロックルに拠点を置くゼニスは、過去の天文台コンクールにおいて2333個もの賞を受賞している。1969年、ゼニスはオリジナル・キャリバー「エル・プリメロ」を発表し、歴史にその名を刻んだ。このムーブメントは毎時3万600振動(5㎐)という高い振動数を特徴としており、1/10秒単位で経過時間を計ることができるものである。エル・プリメロは現代的なゼニスのアイコンとなった。しかし、この有名なムーブメントを搭載した時計の多くには、これほどの極小の計測値に適した文字盤が備えられていなかった。2021年、ゼニスはこの問題を解決するために、1/10秒の目盛りが刻まれたセラミックスベゼルを採用した「クロノマスター スポーツ」シリーズを発表したのだ。
ゼニスによれば、クロノマスター スポーツは「ゼニスのスポーティシックなクロノグラフの真髄であるエル・プリメロを搭載したクロノマスターの新時代の到来を告げるもの」であるという。エル・プリメロを搭載した最近のクロノマスターには、他に「クロノマスター リバイバル マニュファクチュール エディション」や「クロノマスター リバイバル エル・プリメロA385」などよりレトロな雰囲気のモデルがある。直径41mmのケースは初期モデルに見られたポンプ式のクロノグラフプッシャーが備えられている。また、1969年に発表されたエル・プリメロ搭載初期モデル「A386」と同様にブルー、アンスラサイト、ライトグレーの3色のインダイヤルが重なり合うトリコロールダイアルも採用されている。ケースの曲線やファセットにはサテン仕上げとポリッシュ仕上げが施されている。
ポリッシュ仕上げのプッシャーは指先でわずかな力を加えるだけで作動し、押すと軽い金属的な押し感がある。プッシャーの間に配されたリュウズにはゼニスのスターエンブレムがあしらわれている。リュウズは比較的小さく、ケースにぴったりと固定されているため、見た目には美しいが、実用面では指でつかんで回すのが少々難しい。歴史的なディテールとは対照的に、モダンな印象を与えるのがポリッシュ仕上げのブラックセラミックスベゼルであり、これには1/10秒単位のホワイトエッチングの目盛りが配されている。エッチングされたベゼルをよく見ると、読みやすさのために目盛りの数字の向きを微妙に変えていることが分かる。
ブラックラッカー仕上げの文字盤の細部を見ると、クロノマスター エル・プリメロの伝統的な要素がほぼすべて揃っている。ロジウムメッキを施したインデックスのうち3時、6時、9時はインダイアルに合わせて圧縮されており、4時30分位置には角に丸みを帯びた長方形の日付窓がある。 また、前述の凹型のサブダイアルはそれぞれがわずかに重なり合い、ルーペで見ないと分からないほどのスネイル仕上げが施されている。ロジウム加工された一部透かし彫りの針の先端にはスーパールミノバが施され、秒針(実際には「1/10秒針」と言った方が正確かもしれない)には星型のカウンターウェイトと赤い先端が付いている。
前述の通り、センター針とサブダイアルは「標準的な」エル・プリメロのクロノグラフとは若干異なる役割を果たしている。2時位置のプッシャーを押すと、中央の赤い先端のカウンターが電光石火の早さで動き出し、60秒ではなく10秒で文字盤とセラミックスベゼルの目盛りを一周する。中央の針が文字盤を6周するのと同時に、従来は経過時間を表示していた3時位置の小針が60秒目盛りを1周する。クロノグラフを駆動させると、スピードアップした中央の針のダイナミックな動きに目を奪われる人も多いのではなかろうか。もちろん2時位置のプッシャーをもう一度押すとすべての計測が一度に止まる。秒単位だけでなく1/10秒単位で経過時間読み取ることができることは、特にスポーツイベントで便利な要素であろう。
この前衛的な機能を実現するために、既存作のクロノマスターから失われたものは何であろうか? まず、1/10秒スケールは従来のタキメーターに代わるものであり、このため距離に応じた速度計算には使えなくなった。また、他のモデルでは12時間単位で計測可能なストップウォッチも、1時間を超えて計測することはできなくなった。しかしこれらの機能を恋しくてたまらないという人は少ないだろうと思われる。そもそも、ゼニスには他にも多くの現行モデルが用意されており、選択肢は依然として豊富である。
これらの進化の中心となる新しいムーブメントは、半世紀以上の歴史を持つエル・プリメロの進化形であるキャリバー3600である。これは最新の技術を駆使して部品の総数を減らし、パワーリザーブを増加させたものである。正確には、キャリバー3600のパーツ数311点は、ベースとなったキャリバー400の278点の部品よりは多いが、日付位置を4時30分から6時に移動させるための要素を追加したキャリバー400Bの326個よりも少なくなっている。
ムーブメントの組み立ては最適化されており、ネジや石などの小さな部品の種類は少なくなっている。カレンダー機能を構成する部品は同じだが、最も重要な部品である日付ディスクは、より多くのカスタマイズや装飾が可能なように最適化されている。またストップセコンド機能や、逆回転するリュウズの配列も追加されている。
ムーブメントの文字盤側の大きな変更点は、6時位置の積算計のクラッチとして機能していたコンベアが取り除かれたことだ。エル・プリメロの構造上、技術的にも視覚的にも不可欠な要素であるコラムホイールは大型化され、6時から12時の軸に沿ってより見やすい位置に配置された。視覚的に重要なのは、従来1枚の中間歯車(特許取得の設計)を備えていた水平クラッチに2枚の中間歯車が備わっている点だ。一方キャリバー400の2番車の軸に組みつけられていた歯車は、取り除かれている。
クロノグラフの計測能力の向上は、歯車の形状の改善にもつながっている。個々の歯車はそれぞれが独自の歯の形状をしている。これはコンピューターを使用したアルゴリズムに基づいた設計なのだが、結果として輪列のトルクを大幅に向上させている。この新しい設計により、クロノグラフのエネルギーは2番車ではなく脱進機の歯車から供給される。視覚的には、センターのクロノグラフ秒針は文字盤外周を10秒で1回転するが、正確に100分割された目盛りによって、ベゼル上で1/10秒単位の経過時間を直接読み取ることができる。
サファイアクリスタル製ケースバックから鑑賞できるムーブメントは、大きくなったブルーのコラムホイールと水平クラッチを動かすレバー、ゼニスのスターエンブレムがあしらわれたオープンワークのローターなどを視覚的に強調する構造になっている。特にコラムホイールとさまざまなレバー、くちばし状の水平クラッチとの一体感にそれが見受けられる。この近代的なムーブメントはストップセコンド機能を備え、エル・プリメロ キャリバー400よりも10時間ほど長い約60時間のパワーリザーブを保持している。
ゼニスのファンやコレクターの中には、2019年に限定版として発表された「クロノマスター2」ことクロノマスター スポーツを思い出す人もいるかもしれない。これはエル・プリメロの50周年記念の年である2019年初頭に発売されたものだ。今回の新しいクロノマスター スポーツはその作品の視覚的・技術的な合理化を表しており、セラミックスのベゼルがより目立つようになり、ケースサイズも直径42mmから41mmへとスリムダウンされている。また、限定モデルでは6時位置にあった日付表示は、クロノマスター スポーツでは伝統的な4時半の位置に戻っている。
今回の新しいクロノマスター スポーツは、ケースと一体型のブレスレットを備えている。これは1960年代のゼニスのモデルに採用されていたゲイ・フレア社製の歴史的なブレスレットに似せて作られたものだ。その他にもコーデュラ調の質感のあるラバーストラップモデルも用意されている。
セラミックスベゼル、トリコロールダイアル、ポンププッシャー、そして特徴的な3連ブレスレットは、ロレックスの「コスモグラフ デイトナ」と比較されることが往々にしてある。しかしクロノマスター スポーツはデイトナと「同類」の区画に入ることはなかろう。私たちは、おなじみの3色のサブダイアルや、世界初の1/10秒単位のベゼルスケール、そしてそれに対応するスターカウンターウェイト付きのセンター針などが、このモデルの独自性を語るのには十分であると主張する。忘れてならないのは、多くの初期のデイトナに価値とコレクション性を与えたのは、ゼニス独自のエル・プリメロ・キャリバーであったということだ。ある意味、ゼニスは数十年前に人気となったスタイルをシンプルに集約したといえるだろう。
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