1917年のリリース以来、性別を問わず万人に愛されてきた「タンク」。しかし、タンクを好んできたのは、むしろ男性だったのかもしれない。2021年に発表された新しい「タンク マスト」は、機能だけでなく、デザインでも男性を刺激する要素に満ちている。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2021年11月号掲載記事]
タンク、時代を超えて愛される理由
太いストラップと張り出したケースサイドを持つタンクは、そのイメージとは異なり、実のところ極めてマスキュリンな時計だった。そんなタンクを、数多くの男性たちが愛したのは当然だろう。アラン・ドロン、アンディ・ウォーホル、そしてモハメド・アリ。彼らはそれぞれの観点で、タンクという時計に魅力を見いだしたのである。
1917年に発表されたカルティエ「タンク」は、腕時計は女性用という常識を覆した時計だった。デザインのモチーフとなったのは、第1次世界大戦で活躍した戦車。レクタンギュラーのケースと太いストラップは、その名の通り、キャタピラが付いた戦車を思わせるものだった。
それ以前の腕時計は、懐中時計をベースにしたものに細いストラップを付けるのが定石だった。腕時計のデザインを打ち立てたとされるカルティエ「サントス」(1904年)も例外ではなく、ケースに比してストラップはかなり細い。対してタンクは、キャタピラをイメージした太いストラップを合わせることで、腕時計のデザインに一石を投じたのである。
腕時計のデザインが懐中時計の影響を脱するようになるのは、タンク以降のことだと言ってよい。また、タンクの太いストラップは、あくまで女性用と思われていた腕時計に、男性の目を向けさせるようになった。17年の時点で、タンクが持つデザインはまだ早すぎた。しかし20年代以降、タンクの太いストラップは男性用の腕時計には欠かせない要素となったのである。
これが、タンクというモデルが女性だけでなく男性にも好まれた一因だった。小さな腕時計が当たり前だった当時、太いストラップとケースサイドを持つタンクは他の腕時計に比べて、明らかにマスキュリンな見た目を持っていたのである。
タンクを好んだ男性は多いが、その中で際立つのは3人だ。かのアラン・ドロンは、プライベートでもタンクを好んだだけでなく、映画にもタンクを「出演させた」。72年、フランスの強盗映画「リスボン特急(原題Un Flic)」の撮影現場では、彼と脚本家のジャン= ピエール・メルヴィルが、タンクを誇らしげに見比べる様子が撮影されている。なお、彼が愛用したタンクのひとつは、ベゼルとケースサイドにラピスラズリを埋め込んだものだ。タンクに色気を見いだし、さらに色気を足したのは、いかにもアラン・ドロンらしい。
もうひとりは、言わずと知れたアンディ・ウォーホルである。彼はタンクについてこう述べた。「私は、時間を知るためにタンク ウォッチを着けているのではない。それが身に着けるべき時計だからだ」。事実、彼のポートレートの多くは、腕上のタンクが過剰なまでに目立っている。「普通のかっこよさが一番好き」と語った彼にとって、タンクとは普通の格好良さを体現する存在だったに違いない。
そしてもうひとりが、モハメド・アリである。彼は76年に購入したタンクを、以降も愛用し続けた。正統な装いを好んできたアリが、普通のドレスウォッチではなく、あえてタンクを選んだのも写真を見れば納得である。そのサイズは、鍛え抜かれたボクサーには小さいものの、太いストラップと、側面を太らせたマスキュリンな造形は、彼の腕に決して見劣りしない。タンクを選んだ理由は三者三様だ。しかし、タンクという腕時計が、女性たちと同じくらい男性たちを刺激したことは間違いない。
そんなタンクの最新作が2021年の「タンク マスト」ソーラービート™モデルである。「マスト」という名前が示す通り、これは1977年の「レ マスト ドゥ カルティエ」の精神を今に受け継ぐモデルだ。
70年代にカルティエの経営を引き継いだロベール・オックとアラン=ドミニク・ペランは、この老舗を若い人にも訴求するブランドに進化させようと考えた。ペランが注目したのは、半世紀以上前に誕生したタンクだった。
70年代に入ると、タンクは再び人気を集めるようになった。支持したのは大富豪や貴族ではなく、アンディ・ウォーホルのような若い世代である。タンクの人気を目の当たりにした新しい経営陣が、その可能性に注目したのは当然だろう。68年にカルティエは若い人向けの「マスト」を発表していたが、77年には「レ マスト ドゥ カルティエ」に進化させた。
その新しいタンクは、シルバーに金メッキを施した「ヴェルメイユ」ケースに、インデックスを省いた赤、青、黒の文字盤を持つ3モデル。続いて、シルバーケースにブルーインデックスのモデルが追加された。このモデルの世界的な人気を受けて、カルティエはマスト ドゥ カルティエにフォーカス。クロック、ライター、ペン、レザーグッズ、そして有名なトリニティリングなどを打ち出したのである。
77年のマスト ドゥ カルティエと、2021年の「タンク マスト」は、似ているようでまったく異なる。前者は、戦略的な価格を実現するために、貴金属を使わないカルティエ初の腕時計だった。対して後者は、魅力的な価格ながらも、オリジナルのタンクに近い造形を持っている。また、女性に人気だった前者に対して、後者は男性の着用も意識した腕時計となっている。
「タンク マスト」ソーラービート™の大きな特徴が、光発電で動くムーブメントだ。光発電は決して珍しくないが、このモデルは文字盤が違う。一般的な光発電時計は、光をソーラーセルに通すため、文字盤は透明なポリカーボネートやサファイアクリスタル製だ。対して「タンク マスト」ソーラービート™は普通の時計に同じく金属製である。しかし、インデックスの部分をくり抜くことで、光は文字盤下のソーラーセルに届く。文字盤の仕上げはほかのタンク マストとほとんど同じで、決して光発電時計とは分からない。
ムーブメントは、カルティエとリシュモン グループ傘下のムーブメントメーカーであるヴァル フルリエと、リシュモン イノベーションチームが共同開発したもの。文字盤全体が透過性の素材で作られる光発電の時計に対して、インデックスのみから受光するソーラービート™は、理論上の受光量が小さい。しかし、満を持してリリースしたことを考えれば、カルティエは受光性能に絶対の自信を持っているのだろう。光発電で蓄電する2次電池は、約16年間は交換の必要がない。気兼ねなく使える点で、これは最も進んだ高級腕時計と言えるのではないか。
併せて、タンク マストは見た目も改善された。1977年のレ マスト ドゥ カルティエは、ケース素材が軟らかいシルバーのため、完成度はお世辞にも高くなかった。このモデルの後継とも言うべき「タンク ソロ」(2004年)は、ケースはSS製になったが、戦略的な価格を実現するためか、タンクの特徴であるメリハリの利いた造形を失ってしまった。
戦略的な価格で、タンクならではの造形を再現した「タンク マスト」。その本命とも言えるのが、光発電ムーブメントを載せた「ソーラービート™」モデルだ。金属製の文字盤により、見た目はレギュラーモデルに相違ない。LMサイズ。ソーラービート™光発電ムーブメント。SS(縦33.7×横25.5mm、厚さ6.6mm)。予価32万5600円。他にも、SMサイズ(縦29.5×横22mm、厚さ6.6mm、予価30万200円)がある。
一方で、新しいタンク マストは、ケースも自製するようになった現在のカルティエが作り上げたものだ。ケースの12時と6時方向は、オリジナルのタンクを思わせるほど細くなり、ケースサイドの磨きは「タンク ルイ カルティエ」に肩を並べるほど良好だ。細身になった砲弾型のリュウズも、往年のタンクを思わせるほどメリハリが利いている。
戦略的な価格にもかかわらず、時計好きを刺激する要素と、正統派タンクのデザインを併せ持つタンク マスト。腕に置けば、ドロンが、ウォーホルが、そしてアリがタンクに熱狂した理由が、おのずと分かるに違いない。女性はもちろんのこと、男性にも愛されてきたタンクが、再び帰ってきたのである。
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